第5話 こ、コイツにいったいどんな力が……

「でかっ!!」


 そう叫ばずにはおれないほどの馬鹿でかい建物が俺の目の前そびえ立っていた。


 召喚から一夜明け、朝食後に王様自らによって案内されたのは、王城の外縁に設けられた先代勇者が眠るという大霊廟。文字通りデカかった。


 いやいや、デカすぎだって! 高い壁に囲まれた施設はドーム球場一個がすっぽり入るであろう程の大きさがある。入り口なんか大型トラックの搬入口だよ! 本当に同じ世界から来たのか先代さん!?


「いくらなんでもデカすぎだろ!」

「この大きさでなくては入りきりませんので……」

「はあ? 何が!? 先代勇者が? 先代勇者どんだけデカいんだよ!!」


 狼狽する俺に猫耳メイドのエイブルさんのフォローにならないフォローでは、動揺が治まるわけも無い。だって、その大きさだと勇者の大きさは伝説巨人位の大きさになるじゃんか!


 そんなトンデモな想像をする俺をよそに、ファドリシア王が両開きの大扉の脇に設けられた通用口の前に進み出る。エスコート役がまさかの王様とか、やはり、かなりの重要施設ぽいな。やっぱ勇者の墓だからかなぁ。


「ああ、すいません。王様自らの案内とは恐縮です」

「気にするな。この扉を開けることができるのは王族だけなのだ。後ほど義雄殿には管理者権限を付与しておくとしよう。そうすれば大霊廟への出入りや他の者の入出の認可も自在となる」


 いやいや、そんなに何度も墓の中に入りたいとは思いませんけどね。まさか、ここに住めとか言い出すんじゃないでしょうね? する事ないからって墓守はご遠慮したいです。


 王様が扉に埋め込まれたプレートに手をふれると扉が音もなく開く。魔法的なものでプロテクトがかけてあるんだろうなどと考えながら、その後に続くと、エイブルとベイカーも俺の後について来た。


「大霊廟……」

「ここに全てがあるのですね……」


 いや、君たち、ここお墓だから。なんだろう? 後ろの二人が妙にソワソワしているように見えるぞ。


 王様について、中に進むとタイミングを合わせたかのように照明が室内を照し出した。


「こ、これはこれで……なにコレ?」


 そこには俺の想像とは違う景色が広がっていたのだ。そう、ただの墓じゃあなかった。


 大霊廟の中は、俺の背丈の倍はあろうかという棚が、どこの物流センターだとばかりに並んでおり、その棚は全てが様々な物品で埋め尽くされていた。そのどれもこれもがこちらの世界のものではなく、俺が前の世界で見かけた覚えがあるものが占めている。デザインが微妙に古臭いが間違いなくメイドインジャパンだ。


「義雄様、これこそ……」

「これこそ先代勇者の遺されたーーその御力により生前、異界よりお取り寄せになられた物が全てがここに収められております!! しかも、これらはその全てがこの世界に顕現した時点でアーティファクトとなっております!」


 エイブルの説明に無理やり割り込むと、すげードヤ顔で解説してくるベイカー。説明を邪魔されたエイブルの眉がピクリとつり上がる。空気読めない奴は彼女ができんぞ。まあ、それはともかくだ。


「アーティファクトって何?」

「アーティファクトとは! 本来、魔法付与された物品や、希少金属や魔獣などの希少素材で作られた物品です。特殊な魔法が使えたり、高い攻撃力や防御力を発揮します。ただし、転送者の携行品や、異世界より召喚された物品は全てアーティファクト化します」


 今度はちゃんと説明しきれたエイブル。フンスと得意げに鼻を鳴らす姿に思わずほんわかする。なんか意外と可愛いな。って、今、結構すごい事さらりと言ったよね。


「え? じゃあここにあるものが全てがアーティファクト……」

「はい」


 マジか!? なにげに手にした便所タワシ。コレもアーティファクトってことか!? 俺はマジマジと手にした便所タワシを見つめる。


「こ、コイツにいったいどんな力が……」


 どうやら先代勇者の勇者チートは【アポーツ】というもので、物品取り寄せの事らしい。活動状態の生物以外ならイメージや情報量次第で引き寄せることができるらしいのだが、見た限りこちらの世界のものではない。

 

 そのほとんどがさっきも言ったメイドインジャパン。元の世界からとはいえ、異世界から取り寄せるとかチート過ぎる。しかもこれは……


 俺は近くの棚にあった家庭用ゲーム機のカセットを手にした。


 召喚された70年前には無いものを知識もないのにどうやってとりよせたんだ? その答えは意外に簡単に判明した。


「ここから先は書庫となります。先代勇者様が異界より取り寄せた大量の書籍が保管されております。ここはまさに叡智の結晶……はふぅ」


 解説するエイブルの顔が心なしか紅潮している様に見える。猫耳がピクピク動いてるところを見ると、かなり本好きかいな?


 さらにその先の、案内されたエリアを見渡して、先程の俺の疑問は払拭された。


「なるほど……そういう訳か」


 そこにあったのは大まかに年代別やジャンル別に整理された、大量の書籍、雑誌、新聞。どうやら先代は手に入れた最新の書物の情報を元に、その時代における最新の物品をリアルタイムで手に入れていたらしい。


 まだまだ先がありそうなので俺は立ち止まらずに進む。どうしたのだろう? エイブルの歩みが遅れ気味になる。余程気になる物でもあるのかな?


「ん? どうかした?」


 振り返ると猫耳メイドさんが一冊の本を手に固まっていた。その目は大きく見開かれ、手は震えている。猫耳はさらに大きくピクピクしている。


「これがグリモワール……写本は見た事はありますが、原書はやはり大霊廟に収められていたのですね……」

「ちょっと待て! グリモワールって! 魔法とかの秘伝が書いてあるやつか? なんでそんな凄い本まであるんだよ!?」


 俺の知るところの【グリモワール】といえば、世界各地の神話伝承、宗教における魔法、呪法、秘儀を書き記した書籍、詩篇の事だ。それ自体が魔力や異界の力を秘めたアーティファクト(呪物、魔道具)である物もあり、その多くは秘奥とされて一般の目に触れることはない上、現代ではその多くが散逸し、口伝や引用のみでその存在が伝えられるってヤツだ。


「ハイ!! 私達の世界とは別の魔法大系が描かれた偉大なる書です。極めれば天をも堕とすのです!」


 どれどれ、俺にも見せて……!

 エイブルの手にしていたのは……俺も持っていたヤツだ。胸に七つの傷がある末っ子が兄貴と兄弟喧嘩するやつな。俺も昔、ハマったわ~。今でも技のいくつか覚えてるし……(遠い目)


「元に戻しときなさい」

「ああ~っ、読み解けば究極奥義が……」


 いや、手に入らないからな。


 強制的に本を棚に戻され、あからさまに落ち込むエイブルをなだめすかして先に進む。振り返り、振り返り、後を付いてくる姿を見ると、よほど未練があるらしい。あまりに可哀想なので暇な時にでも読み聞かせてやろうかと思ってしまう。


 そうこうしていると、大霊廟の真ん中に、他とは違う物が立っているのが見えた。


「ここに先代勇者がお眠りになっておられる」

「これは……墓ですか?」


 王様に案内されたのは、施設の真ん中辺りに建つ石造りの碑。碑銘は日本の文字で掘られており【帝國陸軍中尉 有馬晴信】のみ、そのシンプルさが逆に先代さんの偉大さを彷彿させる。まあ、偉大さはともかくサイズは俺と同じ大きさだった事が分かってホッとしました。巨人じゃなかったよ。


 石碑の手前に設けられた祭壇の上に置かれたのは、丁寧にたたまれた古びたカーキ色の軍服と一振りの軍刀。おそらく先代さんがこっちに来た時に身につけていたものだろう。


「はふぅうう~ん」

「な!?」


 突然聞こえた気色の悪い溜息に隣を見れば、感慨深げに石碑を見上げ、恍惚とした表情を浮かべるベイカーがいた。よほど感極まったのか誰かに言うでなく呟く。


「魔獣討伐の後、先代勇者様は復興がひと段落つくと官職を全て辞退し、子供相手の菓子屋を始めたそうです。子供が笑えん国の行く末に未来は無い。と、先代勇者様は常にこの国の将来を気にかけておられました。その薫陶は今もこの国に、私達の中に生きております!」


 ベイカーの反応はともかく、この国の民にとって、今も先代さんはヒーローなんだなぁ。生暖かい目でベイカーをひとしきり見つめて、再び石碑へと目を移す。


「ん?」


 先代さんの遺品であろう軍服の胸ポケットからのぞいた手帳に気づいた俺は何気に手に取ってみた。表紙の文字はかすれて読めなくなっているが、中を見ると軍隊の身分証明書みたいなものらしい。軍歴の最後の赴任地は米軍と激闘を繰り広げ、双方に多くの戦死者を出した島の名前が記してある。

 

 さらにパラパラとめくっていくとページの最後に、セピア色に色あせた写真が挟んであった。それは優しく微笑みかける、幼い少女を抱いた女性の姿だった。


 奥さんと娘さんかな? なんで帰らなかったんだ?


 写真を裏返してみるとかすれてほとんど判別できない文字が時の流れを感じさせる。アーティファクト化したとは言え肌身離さず携えていたのだろう。


「……先代さんはこちらに家族は?」

「おりません。色々と縁談はあったのですが、頑なにお一人を通されました。ただ、そのお人柄を慕われ、周りには常に多くの人がいたそうです」

「家族は……いない、か」


 なんとはなくに察した俺は手帳を元のポケットにそっとしまった。先代さんが此処に居場所を見つけられたのならいいな。そして、その魂が家族の元に帰ったなら……遠い異界の地で眠る先代勇者に思いを馳せ、しんみりとしてしまう。


 ああ、思えば遠くに来たもんだ。

 

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