第3話 なーんの期待もしておらん。



 なんだろう? 肌に触れる空気を感じ、人の囁き声が耳に伝わる。例えるなら五感が戻るような感覚に、ゆっくりと目を開くと、いかにも異世界な風景が目の前に映し出された。


 なんちゃらロードを貫いて、着いたところは総石造りの部屋だった。


 状況を確認すべく辺りを見渡すと、足元には磨き上げられた一枚岩の床に、刻み込まれた魔法陣とか言われるやつが蛍光グリーンの光を発していた。その光は目的を終えたのか徐々に消えつつあり、見渡すと、俺の周囲には、いかにもなローブに身を包んだ人たちが取り囲み、さらにその周囲にはこれまた貴族っぽいギャラリーが俺を熱い目で見つめて……?


 んん?なんか雰囲気が怪しいな。そう、『ざわっ』な感じなのですよ。


 俺を見つめる人々、特にギャラリーの方々の瞳は一様に驚愕の色を浮かべており、誰一人として声をあげるものはいない。そう、ただようのは不穏な空気というやつ。


 遠巻きに俺を見守る王様っぽい御方が呆気にとられた顔で俺を凝視しており、背後では顔を赤らめたご婦人が目元を隠しながらもチラ見してるし。何、この晒し者感?


「お主……」


 ようやく王様っぽい方が前に進みでると俺に語りかけて来た。おお! 言葉がわかるぞ。あざす神様! ナイス勇者補正! 感動する俺をよそに王様らしい方の指先が俺を指し、その指先がすっと下に向けられる。


「何故に全裸なのだ?」

「はい?」


 言われるままに俺は自分をーー主に下を見る。


「なんじゃこりゃああああああああっ!?」


 おっす! オラ全裸!!


 反射的に局部を覆い隠し、イヤ~ンなポーズを取った。俺はババーンな格好で立てるほど自信家じゃ無いっす。つか何? こんな出会いはお断りだぞ! これで世界を救えとか何様だよ!! いきなり晒し者にされて最悪だよ!!


「なんじゃこりゃとか、それはこっちのセリフだ。これはどういう事だ魔導師長? 召喚は失敗か?」


 声をかけられたのであろう、他の者より高級そうなローブのじいさんが王様な人の前にかしづいて答える。


「お恐れながら王よ」


 王? 王様? やっぱり? その前で全裸とか不敬罪で召喚早々にいきなり無礼打ちとかないよな?


「これは【転送陣】ではなく【転生陣】を使用したためかと」


 へ? 俺にも分かるように説明してくれ。


「予にも分かるように説明せよ」


 グッジョブ! 王様。さあ言えじいさん!!


「転送陣は異界より対象を直接召喚いたしますゆえ、その時のいでたちのままこちらに召喚されまする。故に莫大な魔力を必要とし、おいそれとできるものではございません。それこそ我が国の様な小国では国が傾きかねません。対する転生陣は、魂のみを召喚し、こちらにて肉体は顕現いたします故、文字通り身一つにての召喚となるので御座います」


「ふむ。そうなのか」

 納得のいく説明にうなづく王様。


 ふむ、そうなのかと、俺も納得。

 さらにじいさんの説明は続く。


「故に転送陣に比べ、転生陣は移動にかかる消費魔力量が少なくリーズナブル。我らの国のようなソルティアの加護を得る術を持たぬ辺境の小国では普通、転生陣一択と相成ります」

「成る程、召喚に失敗して変態を呼び出したわけでは無いのだな」

「御意。決して意図的に変態を呼び寄せたわけでは御座いません」


 変態変態って、あんたらが呼びつけといてなんちゅう言い草だよ。


「という訳だ。ファドリシア王国へよくぞ参られた勇者殿!」

「……」

「勇者殿?」

「ブエックショイッ!!」


 返事の代わりにひときわでかいくしゃみで答えた俺に、驚きつつも王様の指示が飛ぶ。


「だ、誰か勇者殿に着るものを!!」


 暖房無しの総石造りの部屋は全裸にはことのほか寒かった。今更ながら俺は大慌てで駆け付けた侍従さんやらメイドさんによって服を着させられ、改めて、謁見の間にて正式な謁見となったわけだが……



「という訳で、ファドリシア王国へよくぞ参られた勇者殿!」


 そこからやりなおしますか。どうやら先程の俺の醜態は無かったことにされたようだ。


「この世は人族と魔王率いる魔族が、互いの覇権をかけていつ終わるとも知れぬ争いを続けておる」


 おお! お約束ですねー。魔王のせいで世界が滅びかけてるから助けてくれ。神の爺さんの言ってたのはこの事なのかな? 勇者じゃ手に負えないとか言ってたけど既に滅びかけているんだろうか?


「成る程、それで俺を召喚し魔王を討てというわけですかね?」

「いや、我が国のような貧乏国の勇者に他の列強国はなーんの期待もしておらん」

「へ? どういうことですか?」


 風向きが怪しいぞ。それじゃあなんで俺は呼ばれたんですかねぇ?


「この国は大陸の端の端。辺境の一小国にすぎないのです」


 俺の?な表情をくんだのか、俺の背後に控えていたメイドさんが耳元でそっとフォローしてくれた。……ってこのメイドさん猫耳だ! 肩口で切りそろえられた銀色の髪とアイスブルーの瞳がまた似合いすぎる! 理想的な美少女メイドに猫耳付きとか付加価値マシマシですか!


 興奮と感動を抑え込み、俺は猫耳メイドさんの言葉に耳を傾ける。


 それによると、この国は大陸の極東に位置する小国で北側と西側を通常は踏破不可能、魔獣の巣窟の大森林地帯に、東側をどこまでも続く大海に囲まれ、交易路は南の陸路と陸地沿いの海路のみの為、人の往来も少なく、さらにこれといった交易品も無いという、あまりの貧乏ぶりによその国からも相手にされていないらしい。まさにボッチ国。


「俺、なんで呼ばれたんです?」

「何故に、勇者殿を召喚したか……これは高度な政治的かけひきなのだ。事の始まりは、この世界で最大唯一の宗教勢力の頂点であるソルティア法王国が新たな召喚陣を生み出した事にある」


 ソルティア……さっきも出た名前だな。加護がどーとか……神の爺さんは管理者が消息不明とか言ってたが、ソルティアの神様ってのは管理者の一人じゃ無いのか? あと、もう一人はどうなった?


「それまで莫大な費用と魔力を必要とした転送陣が主流であったが、ソルティアの加護により、新たな転送陣が生み出されたのだ。それは転生陣のコストをも下回る、もはや召喚の価格破壊と言っても良いくらいのローコストで勇者召喚を行える優れものでな、各国はこぞってソルティアの新型転送陣を手に入れ、次々と勇者召喚を行ったのだ」


 んん?『次々』? なんか話の雲行きが怪しいな。話の展開に嵐の予感がひしひしと伝わってくる。


「度重なる勇者召喚で各国は気づいたのだ。勇者の【質】に優劣——当たりもあればハズレもある事にな。各国はより質の高い勇者を求めて争うように次々と勇者を召喚し始めたのだ」

「マジで? それ勇者リセマラですよね!? リアルでやるとか世知辛すぎるでしょ!」

「リセ……? いっている意味がわからんが、こうして各国が誇る最強の勇者パーティーを筆頭に数万の勇者が召喚されたと聞く」

「マジですか……」


  ドン引きするとともにフツフツと怒りが湧いてくる。それって無差別大量誘拐じゃねーか! どう見ても俺たち側から見れば犯罪だ! 日本の年間の失踪者は一万人強とか聞いたことがあるけど、どんだけこっちの世界に来てるんだよ? ふざけんな異世界!


「で、俺が呼ばれたのも、あんたの国がそれに乗っかったからか?」


 こっちの世界の自己中っぷりに腹が立ち、自然と俺の態度と口調は荒くなる。あたりは剣呑な空気に包まれるが知った事か! 

 不機嫌さを隠そうとしない俺の気持ちを察してか、王様は俺を咎めること無く言葉を続けた。


「いや、それだけ勇者がいれば、もう我が国が勇者を呼ぶ必要は無いであろうと思ったのだ」

「はあ? そう言っておいて、俺はここに居ますよね? 言ってることとやってる事が違うよね。どうなのさ?」


 俺の追及に実に申し訳なさそうに王様が答えた。


「他の国がそれを許さなかったのだ。魔王との戦いに足並みを乱す国の存在は許容出来んとか、国家の体を成すなら最低限の義務を果たせ。とかな、まあ、多くの異世界の人々を無責任に呼び寄せた自分たちの後ろめたさを誤魔化したいのであろう」


 ひでえ。まんま一人だけ良い子は許さないとか、イジメじゃんか。


「とはいえ、辺境の弱小国だ。いよいよ列強の圧力に屈し、我らも勇者を一人は呼び寄せなければならなくなった。仕方なくソルティア法王国に新型転送陣の導入を打診したのだが、これがにべもなく断られたのだ」

「なんで? 建前、魔王を倒すという共通の目的が有るなら断る理由がないだろう?」

「信仰が足りんそうだ。我が国は国教を持たん。信仰は各自の自由意志だ。それがソルティアの教えを世界にあまねく広めるなんて抜かしておる法王国からすれば面白くないのだろう。大体、余がソルティア教徒でないしな。ぶっちゃけ嫌がらせだ」


 そう言いすて、やるせなさそうに苦笑いを浮かべる王様。


「ソルティア教はまず、人族以外を認めん。余には亜人の血が混じっているのだ。たとえ血の一滴といえど先祖を否定する事は出来ん。それは自らを否定し我が国のありようを否定する事になる。ましてや、民を無理矢理ソルティアに帰依させるなどお断りだ」


 おおっ! 漢ですね王様。俺の中で一転、好感度アップですよ。


「我が国には辺境の地だけに、信仰の自由を求め故郷を追われた者や、種族への迫害や差別から逃れてきた者も多いしな。圧力に屈したとはいえ、民のためにも他国に弱みを作るわけにはいかん。そこで自前の転生陣を使っての勇者の召喚となったわけだ……傲慢だな。結果、勇者殿には迷惑をかけてしまった」


「あんたの……いや、貴方の王様としての行いは正しいです。俺は他でもない、ここに呼ばれた事に感謝しますよ」

「勇者殿……」

「おう!」


 俺はとびきりの笑顔で立てた親指をグッと突き上げる。


「ところで……」

「なんですか?」

「勇者殿、君の名は?」

「今頃かよ!!」


 こうして勇者義雄は無事ここに爆誕と相成りました。今後はこの国を拠点に神様からの依頼——まずは、こっちの神様見つけ出して世界を救う手立てを探ってみようかなと思う。たちまち魔王退治に駆り出されることはないようだしね。

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