幻想九尾の転生録《プロローグ》

暦月

第零 嘆きの聖女姫篇①


 大陸の東も東、高い山々と樹齢500年を超える木々が乱雑に生える秘境の地、人々はそこをアトラス大森林と呼ぶ。

 それを横断する形で延びる人気の無い街道に、この場には不釣り合いなほど仰々しい行列が歩を進めていた。


「王都まで残りどれくらいでしょうか?」

「はっ。イザナ藩を出て二日は経ちますので、残り三日程かと。狭苦しいやもしれませんが今暫くのご辛抱を」


 その中で一際目立つ金糸の髪と翡翠の眼をした少女が、女性ながらも高身長な従者に声をかけた。


「ふふ、大丈夫です。こういった遠出にも慣れてきましたから。むしろ私の我が儘のせいで皆さんの方がお疲れでしょうからゆっくりでも構いませんよ?」

「ありがとうございます、アルシェ様。しかしそれこそ無用の心配というものです。私も、それに部下も伊達に鍛えてはございませんので」

「そう? もし何かあれば言ってね、私が治療しますから」

「勿体無きお言葉」


 この行列で唯一存在する馬車に乗る少女――アルシェは、窓越しに馬を曳く赤毛短髪の従者サーナに話しかけた。

 サーナは馬車の傍で指揮を取りながら癖っ毛と共に流れるような動作で最愛の主君に誠意を払う。彼女はそれに微笑を浮かべると別の窓から代わり映えの無い風景を見て慈しんだ。


 今回の移動は何時にも増して長く、それに比例して危険でもある。重い物資と甲冑を身に纏って追従する兵士たちは姫である彼女からすれば苦行のようにも見えるし、何より街から離れてしまえばそこは盗賊と魔物のテリトリーだ。

 王家の紋がある馬車なので下手な事に及ぶ愚か者はいないとは思うが…魔物には関係ない。常に緊張感を持たねばならぬので、肉体的にも精神的にも辛いのだろうと思う。

 しかし彼らも訓練を重ねた立派な兵。この程度の行軍は朝飯前だし、前線で何十日と死線を潜ってきた彼らからすればたったこれだけの護衛で弱る程落ちぶれていない、筈なのだが……


「あー、イテテ。脚がつった~!」


 アルシェの言葉を聞いた途端、兵士の一人が倒れて痛みを唱えた。それを見ていた何人かの兵士も慌てたように倒れこみ、各々症状を訴える。


「イテテ。急に頭が」

「あ~、俺も脚つった」

「いっけね。肩が…」

「おっと首が…」


 耳敏く聞いていた一部の兵士が痛みを訴える中、その余りにもわざとらしい視線に苦笑を浮かべたアルシェの隣で先程の女剣士、サーナが剣を抜き軽く威圧を放つ。


「ほほ~う? 私が鍛えてやったその身体が、よもやこの程度で音を上げるとは思わなかったぞ。これは鍛え直さなければな」


 薄く笑みを溢すが、その目は笑っていない。その事に慌てた彼らがハッとした面持ちで互いを見据える。


「な、治りました、治りましたよ隊長! いやぁ、あはは。姫様に手を煩わせる程でもありませんな」

「ええ全く!」

「ただの勘違いでした!」


 そういうが彼女が止まる気配はない。それどころか先程よりも深い笑みを浮かべていて…


「あぁ大丈夫だ。ちゃんと治療はしてやる。私がその脆弱な部位を斬り落としてそこを治すついでに強くすれば良いのだろう?」

「いや、隊長あの……自分首なんですが…」

「ばっ! お前ヤメッ…!」


 仲間の一人が制止をかけるが……もう遅い。


「よし首だな? 動くなよ、後でくっつけるのが大変になる」

「ちょっ!? 待ってください隊長っ!」

「問答無用!」


『『『ギャアァァァァ!』』』


 その後、サーナの粛正は行軍を遅らせない程度に済むのだが、アルシェはそれをどう治めるかでずっとオロオロしていた。



 その光景を遠方より俯瞰している視線があった。その数一、二、三……およそ五十人近くにも及ぶ。

 屈強な身体を持つ彼等は旅商人や道行く人々を襲う、所詮いわゆる盗賊といわれる者達だ。人としての道徳など持ち合わせていない集団は時に一国の主にも牙を剥ける。


「それでは頼むぞ。目標は伝えた通りだ」

「あぁ。頼まれたぜ」


 その先頭にいる盗賊団の頭である男と、厚手のコートにフードを被った男が最後の確認を終えた。


「よし行けお前ら。目標はアルシェ姫だ。山の奴等が仕掛けたら突撃しろよ」


 指示を出した盗賊の男と、それに群がる手下共。彼らが騎士団と剣を交えるのはもうすぐだ。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 命懸け? のやり取りは結局兵士の土下座とアルシェの説得により一応は治まったが、粗相を働いた彼らは帰還後の訓練量倍ということで話がついた。

 その際に愕然とした表情をしていた彼らだが、直後にサーナが満面の笑みで「ん?」と返すので、頬を引き攣らせて頷くしかなかった。


「ふう。今回も無事に終わりそうですね」


 馬車の中では暇を持て余したアルシェが首から下げたネックレスを指で弄り、その美しさに見惚みとれていた。

 それは装飾品としては少しばかり大きく、そして加工も施さず嵌めただけのシンプルな宝石だった。透明な淡青色のそれは王族が身に付けるには些か地味過ぎる気もするが、この色が放つ神秘的な輝きがアルシェは大好きだった。

 今アルシェが着ている青白色のドレスは彼女の要望を聞いて一流の職人に仕立ててもらったモノだが、それもこの宝石と一緒に着飾る為にある。


 父である国王が彼女の身の安全を想い、御守り代わりとしてくださった大切なモノだ。本来ならば病弱で伏せがちな父こそ持つべきだと唱えたが引き下がらず、必ず返すと約束して預かっている。

 王族である父とアルシェ、それに彼女の姉と弟しか持つのを許されないライトブルーの宝石を年齢の割に非常に豊かな胸の前で軽く握りしめ、無事に到着できる事を願った。


しかしその願いは、直後に脆くも崩れ去る。



「ん? 何だ」


 アルシェの馬車の周りで警護していたサーナが一早く異変に気付く。


「どうかしましたか、サーナ?」

「いえ、何だか聞こえた気がして…」


 サーナの声は最後まで聞き取れなかった。彼女が言い切る前に、左にある山の斜面から轟音が飛び出してきたのだ。


ズドオォーーォン!


『なっ!?』


 アルシェとサーナの声が重なった。

 いや、彼女たちだけでなくその他の兵士大勢も似たような反応を示していた。


 音の正体は丸く削られた大きな岩だった。それが傾斜を利用し、次々と転がり落ちては兵を引き倒し、隊を分断させる。


「慌てるな! 落ち着いて対処しろ!」


(クソッ! 探知兵は何をしている!?)


 職務怠慢を行った部下に怒りが込み上げるが、そんな暇はない。今は場に指示を与え、主を護るのが彼女に求められる役割だった。

 ザッと状況を確認し、未だ混乱している兵達に声を荒げて迅速に対応する。


「騎士部隊一班・二班は岩を退かして下敷きになった奴の救助を! 魔導部隊は山から来る落石を壊せ! 残った者は私と共に姫の護衛だ、急げ!」


 サーナの指示と同時に全員が動き始め、落ちてくる岩に対策できない騎士たちは岩を退けるため全体に散らばり、魔導士たちは一列に並んで詠唱を唱える。


「サーナ、怪我人は私が診ます。護衛の人達に私の所へって伝えて!」

「…畏まりましたっ!」


 本来ならアルシェには最後域で身を固めてもらいたいが、治癒魔法の使い手で彼女以上の適任者が居ないのも事実。

 おまけにこういう時は制止したとしてもおよそ聞かないだろうから、時間的猶予と肉体的労働力を惜しんで即決した。


 騎士達が順調に負傷者を運んでいると、第二波が襲いかかる。だがその時には最前列を務める魔導部隊が準備を終えていた。


「“燃やし尽くせ”《火球弾ファイアボール》!」

「“切り捨てろ”《水刃圧ウォーターカッター》」

「“砕けろ”《豪風》」

「“落ちろ”《陥穽かんせい》!」


熱を宿した火球が岩を砕き、細い刃状の水が真っ二つに切り裂く。不可視の風が岩ごと飲み込み、突如空いた落とし穴に岩が吸い込まれた。

 その後も落石を処理していく魔導士たちを横目に、サーナは馬車の周りに集められた負傷兵を見回した。


(これで全員か、早くせねばな。魔導士たちの魔力が切れれば襲撃者共も襲ってくる筈だ)


 サーナは既にこれが自分達の戦力を削るための作戦であると気づいていた。王家の紋章を携えた馬車を襲うなど危険を犯す理由までは分からなかったが、早くこの場を立ち去るべきだと考えている。

 これが自分達だけなら返り討ちにしているところだが、最大の護衛目的であるアルシェの安全確保の為には引くしかない。

 そしてその事はアルシェも思い至っていた。


「“悠久よ、我を知り彼らを癒したまえ”

廻復帰天領域エターナルフィールド》」


 術を唱えたその瞬間、彼女を中心とした半径十メートル程の円が出現し、中にいた兵達の傷を癒していく。中には骨を何本も折る者もいたが、それさえ術が消えたときには何事も無かったように元に戻っていた。

 一級魔導士5人掛かりで行う上級魔法をアルシェは詠唱省略して発動した。正しい過程を踏んでないが為に魔力をかなり持っていかれたが、出発の時間を早める事は出来た。


「これで一先ずは大丈夫な筈です。後は……っ、また来ます!」


 しかしそこに間髪入れず脅威が迫っている事に気が付く。後の処置を護衛に任せて速やかに後ろに下がろうとしたところで山上から第三波が押し寄せて来たのだ。

 それだけならば別に魔導部隊が片を付けるだけで済むのだが、如何せんその規模が問題だった。前二つの波を合わせても足りないくらいの物量で此方に転がり落ち、もしこのまま直撃すれば詠唱が間に合わず部隊が壊滅、良くても分断されてしまう。

 それを察知した全員が表情を一変させて即座に防御体勢に入ろうとする。


「皆を守って。【物理結界フィジスト】!」


 しかし予期していた衝撃は訪れなかった。衝突の寸前に全員を守るようにして巨大な立方体が出来上がったのだ。


「おおっ、姫様!?」

「助かりました姫様!」


 彼等は知っている、その結界が誰によるモノなのかを。そしてその魔法が誇る圧倒的な防御力も。


「えぇ……皆さん、お怪我はありませんか…?」

「全く問題ありません! 今ので最後だったみたいです」


 兵士の一人からその報告を聞き、安堵の息を吐いた。そして魔法を解除する。だがそれを見たサーナが眉間に皺を寄せる。


(不味いな……あの大きさのを発動したとすると、アルシェ様と言えどかなり消費した筈だ)


 実際アルシェの顔には疲労が窺えた。慣れない長旅に加え、結界の防御以外にも力を割いている。こうしてる間にも治療の手は止まず、そうなれば如何に桁外れな魔力を誇ってても人である限り限界は来るのだ。


(これは早急に離れるべきだな)


 そう思い至り即座に命令を出す。


「全兵に告ぐ、撤退するぞ! 急いで準備しろ!」


 言うが速いかすぐにそれは行き渡る。

 アルシェの魔法に浮き足立っていた兵たちもサーナの檄にハッとし、治しても気絶している以外の者は大急ぎで準備を始める――


「がっ!?」

「ぐぇっ!?」


――がしかし、ここで最大の誤算が生じる。動き始めたと同時に彼らの首が胴を離れ、胸に剣や槍が突き刺さった。


「……えっ?」

「盗賊!? 馬鹿な、何処にいた!」


 突如、何も無い所から数十人の盗賊が現れた。岩の対処に当たっている魔導部隊と治療を行ったアルシェ達の間に割り込むような形で出現したのである。これにはサーナも驚きを隠せず混乱した。

 だが混乱は続く。今度はその左側――逃げようとしていた方向にこれまた急に盗賊が現れた。


「ぐっ!」

「がはっ!」


 盗賊が現れてから落石がピタリと止んだ。しかし背を向けていた魔導士たちは咄嗟の事に反応できず次々と屠られる。元々接近戦には向いておらず、魔力も消耗した状態では太刀打ち出来ない。

 その光景を呆然と見ていたサーナ達だったが、前と横から迫る盗賊を見て我に返り、応戦しようと武器を手に取る。


 しかしここで最悪の事態が訪れた。


「ぁぐッ!?」


「っ! サーナ!」

「隊長!」


 剣を手にし味方を援護しようとしたサーナの腹を剣が貫いていた。そして背後から現れたのは…


「へっ、呆気ねぇ。騎士様もこいつ・・・の前じゃ無力ってか」


 厳つい顔つきにヨレヨレのレザーアーマーを着た、190㎝以上の体躯を誇る盗賊団のかしらだった。


「ぐっ……貴様、ら!」


 サーナは眩暈を振り切って身体を前に倒し、無理矢理剣を抜いた。開いた傷口から自分の血で腹部が真っ赤に染まるのを無視し、親玉をキッと睨み付ける。

 だが、その目が男が手にするモノを見た瞬間驚きに見開かれる。


「なっ! 古代級魔道具アーティファクトだと!? どうしてそれを盗賊如きが持っている!」

「さ~て? 最近の盗賊には必要なモノだったりしてな!」

「巫山戯るなよ! そんな訳があるか!」


 男の軽い態度に苛立ちが募る。そんなサーナを一笑に付すと、剣を高々と上げて嫌みな笑みを晒した。


「はっ、冗談が通じねぇ姉ちゃんだぜ。まぁ良い。用があるのはそっちの姫さんだ。テメェは死んどけ」

「っ!」


 そう言って膝をつくサーナ目掛けて自前の剣を振りかぶる…


「させません、【物理結界フィジスト】!」

「ぬおっ!?」

「っ、姫様!」


 だがそれはサーナを守るように現れた正六面体に阻まれる。そして男が怯んだ隙に自身が設けた結界に干渉し、次々と中級と上級魔法を発動させていく。


「いきます! 《治癒干渉インサイドヒール》《速利補助クイックサポート》《聖纏空鎧ホーリーブラッド》《身体能力超強化ハイパーフィジカル》!」


「ちっ! 流石だな『聖女姫』、アンタが一番厄介だよ!」


 結界内にいるサーナの腹部が劇的に回復している様子や、他にも何か施している様を見てアルシェを危険だと判断したのだろう。順番を変えて先にアルシェを捕らえにかかる。


「させるかっ!」

「邪魔くせぇんだよ!」


 当然アルシェを守護する騎士達に邪魔されるが、手にもった古代級魔道具アーティファクトを再び発動させ、騎士の視界から消える。


「ぐっ…」


 人がいきなり消えるという事に困惑している彼らを勢いそのままに斬り捨て、眼前に迫ったアルシェの細く白い首を片手で掴み持ち上げた。


「…ぁ……ぅぐ…」

「ったく、とんでもねぇ姫様だぜ。まさかあんなスゲー魔法の後に四重詠唱カルテットの詠唱破棄までやってのけるとはな。俺等みてーな外れ者にまで名が回って来るわけだ」

「カハ……ァ…」

「悪いが終わるまで眠っててもらうぜ。アンタが動くと面倒だ」

「ッ……」


 アルシェから抵抗する力が失われていくと、そっとほくそ笑んだ。しかし…


  ドスッ


「ガっ!? …んだ、とぉ!」

「その手を離せ下郎。貴様如きが触れて良い御方ではないぞ」


 誰もいない筈の背後から古代級魔道具アーティファクトの効果で姿を消していたサーナが出現し、先程の仕返しとばかりに同じ箇所を貫かれた。

 手に持った“それ”は此方に来る前に手近にいた盗賊から奪っておいたモノだ。


「う”っ! …がふっ!」


 それを認知したら無意味と分かっててもサーナを睨み付けた。


(おいおい、幾ら何でも治るのが速すぎねえか!?)


 突然の事に動揺した頭がアルシェを掴んでいた手の力を緩め、地面に落ちる前にサーナが優しく受け止めた。


「ッ…ゲホッ、ゲホッ!」

「申し訳ございませんアルシェ様。私の不甲斐なさが招いた結果です」


 閉じていた気道に空気が入ったことで肺に酸素が入り渡る。アルシェは霞む意識の中でぼんやりとサーナを見つめて瞼を落とす。

 中級魔法と言えど詠唱破棄と四重詠唱カルテットを同時にやってのけたのだ。人より多い魔力も尽きかけ、肉体的疲労がアルシェの精神を上回ったのだろう。


「クソ、がっ……もう回復しやがったか…!」

「当然だ、アルシェ様から直々に施しを頂いのだからな。それに応えぬ私ではない。何より…」

「っ!?」


 目の前にいるサーナから大瀑布のような圧を浴びせられ、背筋が凍りついた。


 治したと言ってもあの短時間で腹に空けた傷が完治できる筈もない。穴は塞がったようだが、受けたダメージは確実に奴を追い込んでいる。

 しかし感じる。自分と奴との圧倒的な“格の差”を。一生賭けても埋められないであろう格の違いというやつをだ。


「お…お……おぉぉぉぉぉ………!」

「何より…貴様は姫を傷付けた。その事実がお前を殺す」

「おおぉ…おぉぉぉ~~~っ!」


 頭が震える、脚が震える、声が震える、全身が震える。


「覚えておくと良い下郎。世界には喧嘩を売ってはいけない者達が三種類いる」

「オ”オ”ォ”ォ”ォ”ォ”~~~~~ッ!」


 腱が震える胃が震える心臓が震える脳が震える…


「一つはこの世を治める神々、又はその手足たる天使と。もう一つは悠久の時からこの世に生きる神獣達だ。そして最後の一つが…」

「~~~~~~~~やめッ!」


ドパンッ!!


「この世を満たす『通常能力ノーマル』よりも更に上、【特殊能力ユニークスキル】を持つ私達だ。……っと、もう死んだか。覚える必要が無かったな」


 そこに有ったかつて人だったモノは口から血を吐き、肉が裂けて骨が覗き、股間の辺りもビショビショに濡れてしまっている。

 普通なら大の男でも直視することを避ける光景も、サーナは冷めた眼を向けるだけで何も感じていなかった。

 ただこれを敬愛する主に見せる訳にはいかないので、その事だけは気を付けねばと思った。


 辺りを見渡すと事態はほぼ沈静化している。盗賊が持っていた古代級魔道具アーティファクト。あれは確かに厄介であったが、盗賊が使うにはやはり過ぎた代物だった。実際手にとってみてみて確信した。

 『気配遮断』『身体強化』はまだしも透過能力まで備えていた。普通に売れば一個数百万はくだらないだろう。

 しかしそれに比例し魔力消費も馬鹿にならなかった。常日頃から訓練された自分の兵なら兎も角、奪うことしか能がない盗賊では所詮宝の持ち腐れだ。


 現に今も何人かは魔力枯渇を起こして立つこともままならない。サーナが盗賊らの親玉を殺したのもあるだろう。最初の勢いは消え、四十人程いた奴等も今では半分ぐらいまで減っている。


(もう治まるな。ならば私はアルシェ様の安全を…)


 サーナはアルシェを抱えたまま歩を進めようとする。

 しかし…


 ざわッ――


「ッ!!?」


 突如前方より放たれる隔絶した魔力に脚を縫い付けられる。

 先に見せたサーナのプレッシャーよりも遥かに上。そう思わせるだけの強烈な気配が此方に向かって来る。それはサーナに限らずこの場にいた全員が同じらしく、兵も盗賊も攻撃の手を止め一概にその方向を見ていた。


「ほう、もう立て直したか。古代級魔道具アーティファクトまで使ったのに役に立たない連中だ。いや、こういう場合そちらの護衛団と隊長が素晴らしかったと讃えるべきか」


 兵を挟んでサーナの反対側。そこに現れたのは黒コートにフードを被った謎の人物だった。声からして三十代以上の男であると推測できる。

 だがそれ以上は分からない。強いて上げるならこの男が敵であること。そしてもう一つが…。


(コイツには勝てないっ!)


 サーナをもってしても勝利の見込みが薄れいということだった。

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