夢と才能
片瀬江ノ島駅で合流してわちゃわちゃした後、江ノ島の入口でかき氷を買って食べた逢瀬川家一同とラブリーピースは、夢を連れてすぐ家に戻った。逢瀬川家の車が7人乗りで良かった。
江ノ島を観光しようとも思った一同だが、家から車で15分弱、自転車で30分、電車で40分、徒歩1時間のいつでも行ける、むしろこれからでも出直せるくらい近いスポット故、今回は見送った。
「え、え、ええええええ!! な、なんですかここ!」
逢瀬川家の地下室に取り揃えられたバンド楽器類を見て、アニメキャラクターの如く大袈裟に驚く元アニメキャラクターの夢。一般家庭の地下室がライブハウスのようになっているのは、現実世界の一般市民にもそれなりのインパクトを与えるだろう。
「我らがラブリーピースと愉快な仲間たちの秘密基地なり!」
「良かったら夢さんも、私たちといっしょに音楽やりませんか。ちょうどドラムが欠員なんです」
自分でつくった部屋でもないのに胸を張る笑と、夢をメンバーに誘う思留紅。
「ど、ドラムですか!? 私そんな経験ありませんよお!」
「ダメェ?」
夢と思留紅の間に、なぜか大人の色気を醸し出して迫る紗織。
「え、あ、いや、だめってことは……」
紗織の思惑通りに圧される夢。
「じゃあちょっとだけ、ちょっとだけ、やってみようか。ちょっとだけね」
気さくな笑みを浮かべ、夢を巧みにメンバーへ誘い込む紗織。高校生のとき、教員である聡一を手玉に取ったときと同じ手法だ。
「あ、は、はいぃ……」
この子はきっと押しに弱いと見たうえでの紗織のお色気作戦が功を奏した。それを見ていた幸来は「なるほど、色気にはこういう使い方もあるのね」と一人学習していた。笑は特に何も気付かなかった。
「お、おお、意外と高い、視野が広い……」
ドラムスティックを握って椅子に座り、目の前の少し大きな打楽器たちと、そこからの眺望に、夢は軽く感動した。身長150センチほどの夢には、より高所にいるような感覚がある。
打楽器未経験の夢は紗織の指導、というよりはお遊び程度のレクチャーを受け、とりあえず軽く叩いてみた。
一通り叩いてみた後、夢は紗織のスマホの音楽プレイヤーに入ったサザンのバラードやロックを数曲聴かされた。続いてこの家の目の前にある球場で行われたライブのブルーレイの中で、スマホで聴いたのと同じ曲の演奏を見た。市販の音源とライブ演奏の聴き比べだ。
「な、なるほど、プレイヤーで聴くのとライブでは、こんなに違うんですね」
「生で聴くともっと違うよ。何が違うかは、わかったよね?」
「はい、ライブ音源は臨場感、楽器演奏の重厚感とセパレート感、ボーカルの生々しさ、どれも殻を突き破ったようなワイルドさと、この場限りたった1回しか演奏できない儚さを感じます。お客さんもそれに呼応するんですね」
「おお、すごいね、小学生でそこまで考察できたら大したもんだ。夢ちゃん才能あるかも!」
「良かったね夢!」
妹が褒められ、笑もニヤニヤ照れ笑い。
「そそそ、そんなぁ、私なんてそんなぁ……」
と言いつつ、嬉しさを隠しきれず夢はニヤけている。
逢瀬川家に半ば強引に連れられ、ほんの数時間で『ライブ』の臨場感を自分なりに吸収した夢。
それを踏まえたうえで、紗織は夢を再度ドラムの椅子に座らせた。
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