知的から恥的へ

 逢瀬川家から国道134号線に入り東へ、黒いミニバンで颯爽と駆け抜ける。松の砂防林を抜けるとパッと景色が開け、江ノ島が間近に迫っていた。


「わあ、江ノ島ってこんなに近いんだ!」


 聡一が運転するマニュアルトランスミッションのミニバンで、右側の後部座席に座る笑が言った。


「電車で行くとうちから1時間だけど、車なら10分、自転車だと30分もあれば着くよ」


 と紗織。


「藤沢駅で乗り換えがありますからね」


 思留紅が補足した。


「ふむふむ、距離と道のりってヤツですな」


「さすが笑さん! 頭いい!」


「えっへん!」


 笑が胸を張る一方、幸来は「これは嫌味かしら?」と内心で思留紅の心理を推察していた。天然で笑を敬っている場合もあり決めつけられないが、自分がそう言われたら間違いなく嫌味として受け取る。


 国道を右折し江ノ島に続く弁天橋べんてんばしを渡り、島内のコインパーキングに駐車した。これから再び本土に渡り、片瀬江ノ島駅へ向かう。


「あっちが茅ヶ崎で、車道の向こうが鎌倉だっけ」


 弁天橋の中間地点を歩いているとき、笑が言った。橋は波打ち際に架かっていて、足元数メートル下ではざぶんざぶーんと波が打ち寄せている。


「はい、西に見えるのが辻堂、茅ヶ崎で、東に見えるのが鎌倉や逗子ずし葉山はやま、湘南を出て横須賀などです」


「よくテレビで『湘南』って言われて映るのが東の手前のほうだね」


 思留紅が答え、紗織が補足。


「湘南って、やっぱり特別な地域なんですか?」


 幸来が言った。


「そうだね、歴史情緒ある鎌倉、江ノ島がある藤沢、数々の著名人を輩出した落ち着いた街、茅ヶ崎。人の心を惹きつける不思議な魅力が、この湘南にはあるようだね」


 聡一が答えた。


「不思議な魅力、ですか」


 聡一さんにも不思議な魅力があるな、と、幸来は内に秘めたる想いを頬に示した。


「そうだね、特に茅ヶ崎は『力の崎』とも言われるパワースポットでもあるんだ。君たちが最初にミュージックビデオを撮影したヘッドランドビーチは、特にパワーがみなぎっているのだとか」


「わかる! なんかアソコ、ビューッって飛び出てて、開放的でパーッとしてた! 烏帽子岩もビーン! って反り返ってて、宇宙のエネルギーを受け取るアンテナみたい!」


 知の趣に浸る幸来を、笑の能無し発言がぶち壊した。


 それを聞いた紗織は「そうだね、アソコに行くとなんだか力が沸いてきて、天然のバイア〇ラみたい」と言いたくなったが、未成年の前でそれは控えた。


 知と恥な会話を大勢の通行人と擦れ違いながら繰り広げているうちに、本土に上陸した。目の前の地下道をくぐれば、夢との約束の場所、片瀬江ノ島駅だ。

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