第134話 神からの挑戦状
「しかし、どこだここ?」
一頻りの喜びの後、少し冷静なった俺は周囲の闇を見渡した。
地面はさっきまでの様に硬くなく、どことなくぶにぶにと柔らかい。
なんだか泥の上に立ってるみてぇで気持ち悪ぃな。
俺は周りを見渡す為、闇を払う
それによって周囲は照らされたが、この空間全てを明るくする事は出来ず、ここがどこなのかは依然分からない。
「地面の色は真っ白だな。かなりボコボコしてやがる。どこまで続いてんだこれ? 魔法灯の範囲外は真っ暗だぜ」
少し魔法灯の効果範囲を広げてみると遥か彼方の方に何かが見えた。
「ん~? あれって山か? 木々は生えてねぇな。地面と同じ真っ白いハゲ山だ。しかしでけぇ……。まぁ良いや、取りあえず高い所に登ってみるか。そしたらなんか見えるだろ」
このままここにじっと立っていても仕方が無いので、取りあえずボコボコぶにぶにの地面を山に向かって歩く。
何とかここから地上に戻らねぇとな。
そう思って歩いている途中、ふと脳裏に疑問が浮かんだ。
「しかし、ロキは本当に死んだのか? ……って、奴が死ぬとどうなるんだ?」
勢いに任せて倒しちまったが、確かあいつとんでもねぇ事を言ってなかったか?
『今この世界は僕一人で管理しているのさ』ってよ。
「おい! もしかして地上がやべぇんじゃねぇのか? 山に向かってる場合じゃねぇぞ! 早くここから戻らねぇと!」
俺は自分のしでかした事の重大さに今更ながら気付いた。
神の管理下から離れた世界を俺が戻ったからと言って何とか出来るのか分からねぇ。
だが、このままここに居る訳にはいかねぇんだ。
地上には俺を待っている奴等が居るんだしよ。
俺の所為であいつらを死なせる事なんて出来やしないぜ!
「くそっ! どうやったら戻れるんだよ!! ロキの奴め! 死ぬ前に俺を地上に返しやがれってんだぁぁーーっ!!」
俺は虚空に向かって声の限り叫ぶ。
だが、ここは既に誰も存在しない世界。
泣こうが叫ぼうが誰も答えてくれないのは分かっている。
でも―――。
<<え~お客様~。お帰りはあちらになりますぅ~>>
失意の中諦めかけたその時、突然背後から声が聞こえて来た。
しかも、とてものんきで人を小馬鹿にしたような声だ。
俺は慌てて振り返る。
「なっ……」
そこに立ってたのは、下卑た笑みを浮かべながら死んだ魚の様な目でどや顔をしているロキだった。
クイッと手を上げ掌でとある方向を差し示している。
その方に顔を向けると、そこにはいつの間に扉が存在していた。
あの扉から帰れるのか?
いや、それよりも……。
「お前なんで? 死んだ筈だろ……?」
俺は目の前に立っているロキに恐る恐る話し掛けた。
もしかして俺の焦りが見せた幻覚なんじゃねぇのか?
そう思ったが、ロキから放たれている存在感がそれを否定する。
これは確かにロキだ。
訳の分からねぇ力に紛れて俺の身体に息づいている四十四の神達の力も感じた。
<<ヒヒヒヒヒッ。キミは本当に馬鹿だなぁ~。あのね? 神があれくらいで死ぬと思ってるのかい? 神とは世界全てなんだよ? 幾らキミが神達の血肉で出来た神造体『カドモン』だとしても、僕の世界においてキミが倒せるのはせいぜいさっきの様な分身体くらいさ。ほら上を見てごらん>>
ロキは顎をクイッと上げて俺に上を見るように促した。
信じられない出来事に半ば呆然自失となった俺は言葉も無く、ただロキに従って頭を上げる。
「なっ……。そ、そんなまさか……」
そこには更に信じられないモノが存在していた。
一瞬いつの間にか空一面が真っ白になったのかと思った程だ。
けどそれは違った。
全空を見渡してようやく気付く。
それは超巨大なロキの顔だった。
おそらく俺達の世界よりもデカいロキの顔が、下卑た笑いを浮かべて俺を見下ろしていた。
「っ……! 嘘だろ……? 俺はお前の掌の上を歩いてたって事なのか……」
俺は改めて神の存在のデカさに戦慄した。
白い地面だと思っていたのは奴の掌の上。
俺が殴り掛かった時みてぇに、ただ俺をからかってたってのか?
くそっ、こんなの俺なんかが勝てる訳ねぇ……。
<<いやいや、さっきのは完全に僕が暴走してしまっていたんだよ。その所為でうっかりキミを殺してしまう所だった。正気に戻してくれてありがとうね。ヒヒヒヒ>>
「お前に礼を言われる筋合いはねぇよ……」
俺はそう言うのが精一杯だった。
『神は倒せない』
神に復讐するって事だけを生き甲斐としてきた俺にとっては、この事実は死刑宣告みてぇなもんだ。
これから何を目標に生きていけば良いんだ?
<<もう、そんなに落ち込まないでよ。ヒヒヒヒ。そうだ! 本来僕がキミをここに呼んだ理由を聞いたら少しはやる気が出るかもね>>
「なに? やる気が出るってどう言う事だ?」
今の俺に何を言ってもやる気なんて物は出ねぇと思うが……。
まぁ、どうせこんな現実を突き付けられちゃ生きてるのも辛ぇだけだし、末期の酒のつもりで話だけは聞いてやるか。
<<まず、魔族が持っているあの鍵。実は神界の門を開く為の鍵なんだよ>>
「神界の門? 開けたらどうなるんだよ」
<<僕と会える>>
「は? 今会ってるじゃねぇか。それにもう会いたくもねぇよ!」
<<違う違う。今キミの前に立ってるのは僕の分身体だ。上から見下ろしている僕もね。けど神界の門の先に居るのは本当の僕さ。神界においては世界の大きさなんて関係無い。キミは生身の僕に会う事が出来るんだ>>
「それはどう言う意味なんだ?」
生身ってのは意味が分からねぇが、どっちにしてもロキだろ?
もうお前の顔なんて見たくねぇっての。
<<もう! やる気出してよ。生身の僕に会ったら僕を殴る事が出来るんだよ?>>
『僕を殴る事が出来る?』
今こいつそう言ったよな?
え? つまり……。
「なんだって!! お前をぶっ殺せるのか?」
<<……そんな物騒な事を元気良く言われると悲しいんだけど。それに殺す系は無しの方向でお願いするよ~。僕が死んじゃうと『ラグナロック』だけじゃなく、僕の世界や、食べた神達の世界の生命まで消えちゃうからね>>
ちっ、そう言やそうだったな。
ついさっきそれで焦ったばかりじゃねぇか。
さすがに俺の復讐の為に全ての生命を犠牲にゃ出来ねぇか。
「仕方無ぇな。けっ、神のクセに人質取んじゃねぇっての! ぶん殴るので我慢してやるよ。けど、それ本当なのか?」
<<妥協してくれてありがとう。それに今言った事は本当だよ。なんたってキミは四十四神の血肉で生まれた神造体『カドモン』唯一の完成体『リーヴ』だ。そこに四十七の神の加護受けたらなんと! 神界において存在する事が許されるようになるのさ>>
四十七の神の加護? 魔族の数と同じだ。
そう言やさっきも魔族を倒す度に加護が貰えるって言っていたな。
つまり魔族を全員倒して鍵と加護を貰えば良いって事か?
「おいおい! それを早く言えよ!! 俄然やる気が出て来たぜ!! ぜってぇ魔族全員叩きのめしてお前をぶっ飛ばしてやる!!」
まるで命の炎が蘇った気分になった俺はロキに向かってそう叫んだ。
<<ヒヒヒヒ。楽しみに待ってるよ。しっかし、これくらいでキミがやる気になるなら魔物達に手を加えてなくても良かったかも~>>
ロキはそう言って『しまった~』と眉間に皺を寄せて困った顔をした。
こいつの仕草は一々大袈裟で癇に障るぜ。
「魔物達に手を加えなくても良かったってなんだよ。そう言えば本来俺を呼んだ理由がそれだって言っていたな。どう言う事なんだ?」
<<いやね、キミって魔族を二体倒しても全然表舞台に立とうとしないじゃないか。また逃亡生活を続けようとしたり、元恋人と心中しようとしたりね>>
ロキは小言を言う姑の様な態度で口を尖らせてそう言った。
いや、確かにそうなんだが、仕方無ぇだろ色々とあるんだからよ。
「けど、それと魔物に手を加えたってのとどう繋がるんだよ」
<<キミ。付喪神って知ってる?>>
ん? 突然どうしたんだ?
付喪神って言や、あれだろ? 俺の国に伝わる昔話だ。
長い事使われた道具に魂が篭もって妖怪になるって奴。
人形とかも魂が宿るってよく言われてるよな。
あ~そう言えば最近付喪神の事でアレコレ考察した事があったな。
何だったっけ? あっそうだそうだ。
丁度今みてぇに魔物の事を考えて……た……時?
「げっ! もしかして魔物達が意思を持ち出したのって本当にそう言う意味なのか?」
そうだよ、俺はその事を懸念していたんだ。
この世界には魂の総量が決まっている。
それを超えた魂が現れたらこの世界は崩壊するってな。
<<あぁ、制限時間を設けさせて貰ったのさ。魔物達が意思を持ち、それがやがて魂と呼ばれるモノに昇華するまでの時間って言うね>>
「おい! もう逃げねぇから解除しろって。世界が崩壊したら物語どころじゃねぇだろ」
<<う~ん、それは無理。一度意思を持ったらそれを解除する事が出来ないし、そこから生まれる子供も意思を持ち続けるんだ。あぁそれによって進化も変化もするよ>>
「やかましぃっ! くそっ! 魔物達はどれくらいで魂持つようになるんだ? 出来れば付喪神みてぇに九十九年くらい掛かってくれればいいんだがよ」
ロキは俺の問い掛けにポリポリと指で頬を掻きながら目を逸らせた。
あっ……これアカン奴や。
<<三年……かな?>>
「おい! 三年って思った以上に余裕ねぇじゃねぇか。いや、ちょっと待て。そもそも俺がそれまでに魔族ぶっ倒しても結局崩壊するって事はねぇだろうな? そうなったら意味が無ぇぞ」
<<それは大丈夫。キミには二つの選択肢が有る。一つは僕を殴りに神界に来る。すると世界が崩壊しようがキミは無事だ>>
「世界が滅んだら意味が無ぇんだよ! もう一つの選択肢はなんだ?」
<<もう一つは僕を殴るのを諦めて、全ての鍵と加護の力を供物として捧げて魔物が魂を持っても良いように世界のシステムを最適化するって選択肢だよ>>
世界のシステムを最適化……?
そんな事が出来るのか?
<<あぁ出来る。外から呼ぶのは無理だけど、魔物は元々この世界の存在だからね。この世界に最適化させる事は可能なのさ>>
「お前の力で今すぐそれをする事は出来ねぇのか?」
<<う~ん、それも無理だね。キミも気付いているかもしれないけど、食べちゃった他の神の力をまだ上手く使いこなせていないんだ。この世界は分担制で造られただろ? 魔物や魔族は僕の主担当だから付け加える事は出来たけど、システム領域に属する削除や最適化は僕の力だけでは無理なんだよ。四十七神の加護を受けて神界の座に存在が許される権利を得たキミじゃないとね>>
「ちっ! 使えねぇな。ならお前を殴ってから最適化ってのは無理なのか? これなら一石二鳥だろ?」
<<どうしても僕を殴りたいんだね……。残念だけどそれも無理かな。元々システム領域への干渉は神全員揃っていても難しい。だから単独でのシステム操作なんてイレギュラーが出来るのは、神々の力を持ったキミが神界に存在が固定される前のほんの一瞬『
「おいおい、なんだよそれ。って言うか最初から後者しか選択の余地なんて無ぇじゃねぇかよ! くそっ! だから『僕を殴れる』なんてにこやかに言いやがったのか! ハァ、これじゃ俺になんの得も無ぇな……、もう分身体でも良いや。思う存分今の内に殴っておくとするか」
俺はこのもやもやする気持ちを取りあえず目の前の分身体にぶつける事にした。
二~三回ぶっ飛ばせば少しはスカッとするだろう。
<<ストップストップ! 分身体と言っても痛いんだから止めてよ。いや~痛みって初めて知ったけど、本当に痛いんだね。ヒヒヒヒ>>
なにが痛いは本当に痛いだ。
嬉しそうに言いやがって。
はぁ~なんかこいつと喋ってるの疲れるぜ。
と言うか、マジで身体が重い。
なんだこれ……?
<<そりゃ当たり前だよ。無理な覚醒と力の使い方をした所為だ。脳内の興奮物質が分解されたら立っているのも辛くなると思うよ>>
「マジかよ? 力の反動って奴なのか?」
<<あと第二覚醒と言ってもここは僕の胎内だからね。ある意味神界に近いんだ。だからさっきみたいな結構無茶な力を出せるけど、下界では力が抑制される所為で、今までのキミより少し強くなったくらいなだけだよ>>
「なんだそうなのか、残念だな。しかし少しってのはどれくらいなんだ?」
この力が有りゃ何でも出来ると思ったんだが、現実はそんなに甘くねぇか。
<<そうだね。一般的な兵士千人分プラスした感じかな?>>
「ぶぅぅぅーーー!! めちゃくちゃ強くなってるじゃないか!」
兵士千人分プラスって元の俺のほぼ倍くらいになるんじゃねぇのか?
こりゃ残りの魔族なんて楽勝だろ。
<<こらこら、魔族を舐めてない? 女媧で死に掛けた事を忘れたの? キミってば結構おっちょこちょいなんだから気を付けなよ。ヒヒヒヒ>>
「ちっ、ご忠告ありがとうよ」
さっきからなんだこいつ?
復活してから妙に優しくなりやがって調子狂うぜ。
お前は俺の母さんかっての。
<<あ~、この分身体って配合ミスった所為で、ガイア分が多目になっちゃったみたいなんだよ。だからかな? 『ごめんなさいね。私の可愛い正太ちゃん』。ヒヒヒヒ>>
「やめろ……マジで殺すぞ。ガイア分多目か知らねぇが、ガイアみてぇに母さんの物真似すんじゃねぇ」
<<……。ヒヒッヒヒッ。そんなに本気にならないでよ。ちょっとしたジョークじゃないか>>
「ちっ、言って良いジョークと悪いジョークが有るんだよ! あ~イラついたらなんかマジで立ってるのが辛くなってきた。ちょっとだけ寝ていいか?」
質の悪いジョークの所為でどっと疲れが噴出し俺はその場に座り込んだ。
なんか瞼も重い。
このまま寝てしまおう……。
<<ダメダメ。あまりここで長居したりすると三年なんてあっと言う間に経っちゃうよ。僕なんてちょっとうたた寝しただけで起きたら五百年経ってたんだからね。あとキミが魔族討伐に積極的になってくれたご褒美に、クリア特典を増やしてあげよう。う~ん何が良いかな? ……そうだ! 僕が食べた神達を解放してあげるってのはどう? キミの活躍を見たら多分僕も満足すると思うんだ>>
「はぁ? いや神達はどうでもいいや。そのまま食べててくれ」
もう神なんてモノには関わりたくねぇよ。
ロキが喰って減らしてくれたってんならそれで十分だ。
それより今は眠らせて欲しい。
<<……僕が言うのもなんだけど、キミ酷い事言うね。んじゃこう言うのはどうだい? 鍵と共に解放されるクーデリアの心の欠片。あれを全て集めたら彼女を一人の人間として下界に下ろしてあげようじゃないか。キミの為に体を張って眠りに就いたお姫様だよ? 物語の主人公としてはこれ以上ないくらいのご褒美だろ? ヒヒヒヒ>>
なんだと? クーデリアを?
……と言っても基本的によく知らねぇ奴だしな。
助けてくれたとは言え、いまいち気が乗らねぇぜ。
お姫様を助けるシチュエーションってのは、そりゃ燃えるかもしれねぇが……。
現状お姫様と言えば、お姫さんとかその姉達と、それに嬢ちゃんもメアリも世が世ならお姫様だ。
他にも最近やたらと女性に好かれる事が多いから、ただでさえハーレムみてぇになっている。
既に俺の手に余り過ぎてもうこれ以上は要らねぇ……。
ポカッ!
「いてぇっ! え? な、なに? なんか後ろから頭叩かれたぞ?」
突然後ろから殴られた。
多分グーで。
眠たくなっていた頭に活が入ったみたいに一気に目が覚める。
慌てて後ろを振り返っても誰もいない。
もしかしてロキの仕業か?
「お、おい! 急になにすんだ!」
俺が抗議の声を上げたが、なぜかロキは哀れなものを見るような目で俺の事を見ていた。
そしてハァと大きな溜息を吐く。
<<……キミ本当に酷いね。キミは今何個鍵を手に入れたと思ってるのかな?>>
「ん? 鍵? 二個だろ? ほら」
俺は懐から女媧とクァチル・ウタウスのプレートを取り出した。
それをロキに見せつける。
するとロキはまたもや大きく溜息を吐いた。
<<ふぅ。まぁ、良いや。取りあえず僕がキミを呼んだ理由は分かって貰えたと思う。言わば僕からの挑戦状だ。三年以内に全ての魔族を倒してくれ>>
「あぁ分かったぜ。神からの挑戦状を受けてやる! てめぇをぶん殴れないのは癪だがな」
<<う~ん。じゃあ、それも特典として考えておくよ。なら良いだろ? あぁそうだ。他の神全員共々ね>>
「おいおい、そりゃ豪勢だな。よっしゃやる気出て来た! 首洗って待っていやがれ!」
<<はいはい、本当にキミは現金だなぁ~。さっき言った通りお帰りはあちらだよ。場所は『世界の穴』の出口。キミが最初にこの世界に降り立った場所の麓にある町に設定しておいたから。小さな勇者もキミの帰りを待っているよ>>
そう言ってロキがもう一度扉の方に掌を向けた。
「コウメは無事なのか! そうか良かったぜ」
コウメが無事と言う事を知った俺は早く地上に戻ろうと扉の方に顔を向けた。
それと同時にガチャリと言う音響き扉が開く。
開かれた扉の向こうから光が溢れて来た。
それが下界の光と言うのが分かった。
俺はその光の方へ向かって歩く。
その先には俺の故郷が待っている……。
そう言えばこいつ変な事を言わなかったか?
俺が最初にこの世界に降り立ったのは、その麓の町だっての。
<<ヒヒヒヒ。じゃあ、これからも神のおもちゃとして頑張ってくれたまえ>>
「うるせぇーーっての! それより約束破んじゃねぇぞ!」
俺はロキに文句を言って光の中に飛び込んだ。
◇◆◇
<<ヒヒッヒヒッヒヒッ……>>
正太が光の中に消えた後、下界への扉が閉まり再び辺りは闇の世界となった。
その闇は悪神ロキそのもの。
周囲には分身体の姿は無く、ロキは既に
ただ小さく途切れた笑い声だけが闇の世界に響いていた。
<<あぁ、楽しかった。あの子とのお喋りは本当に楽しかった。……けどあっと言う間に終わっちゃった。もっと……もっともっともっともっと喋っていたかった! 酷いや他の皆は十四年間も一緒に居たと言うのに……>>
突然そんな言葉が闇に響く。
そして闇が少し胎動した。
それは喜びか悲しみか怒りか分からない。
<<愛しい。とても愛しい……愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい。あの子は僕を助けてくれた。僕をその腕で優しく抱き締めてくれた。ずっと独り。自我に目覚めてもずっと独りだった僕の心を癒してくれた。あぁ、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。この身が憎い! ガイアが、ウラノスが、ゼウスが、タニトが、エンリルがニンニル神農イナンナネイトアンシャルキシャル、その他皆皆皆憎い! なぜ? なぜ僕だけ離れないといけないんだ……>>
声から発せられる振動はその勢いを増し、この世界全て余す所なく轟き渡った。
それによってこの神の胎内で生きとし生けるもの全ての魂が粉砕される。
だが、その一瞬後には刻が巻き戻ったかのように元通りとなっていた。
ただ見た目は同じでもそれは崩壊前の周回ではなく全て別の魂。
神に
ただ有るのは永遠の孤独による
<<……そうだ。そうだよ。僕も皆みたいに下界に降りればいいじゃないか>>
幾度かの
それと共に闇の胎動が激しくなる。
もはやそれは胎動ではなく
<<ヒーーーヒッヒッヒッヒッ! ヒーーーヒッヒッヒッヒッ!>>
一段と高く狂った笑い声が響いたかと思うと、次の瞬間そこには静かな闇だけが広がっていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ここは某時刻の某所。
地下に建設されたある人物の為の寝室。
ただ一切の静寂。
寝息さえ聞こえない程の無音であった。
壁に取り付けられた魔道灯がうっすらと辺りを照らしていた。
その灯から伺い知れる部屋の様子は寝室と言うには似ても似付かわしくないとても広く荘厳な造りのまるで神殿と言うべき様相を呈している。
いやここは確かに神殿なのだ。
しかも深い深い地下の遥か上には、この世界の宗教の総本山である大聖堂が建てられていた。
カツン、カツン―――。
遠くからこの寝室の静寂を破るように何者かが近付いてきた。
手にはランタンを持ち、その装いは修道士のローブを羽織っている。
やがて寝室の最奥、寝台にランタンの明かりが届く所まで近付いてきた。
そして寝台の上に横たわっている尊き人物の姿を拝もうとランタンを少し上に掲げる。
しかし、その時になって修道士はいつもと違う様子に気付き、思わず手に持ったランタンを投げ出して寝台へと走った。
大理石の床に落とされたランタンはその容器から油が零れ床に広がっっていく。
それに火が移り炎が上がった。
しかし、修道士はそれに気づく様子もない。
今は大理石の床を焦がすような些細な事に構っていられないのだ。
寝台の側に辿り着いた男は辺りを見回した。
悠久の昔からそこで寝ているはずの尊き方を
起きる筈がない。動く筈もない。
尊き方と呼んではいるが、それは人ではない。
いや生物でもないのだ。
診察魔法では『生きている』とされているがただの土くれ。
しかし、いくら見回してもその姿は見つからない。
もしや伝承は正しかったのか?
伝承にある終末の刻を思い出し修道士は恐怖にかられ叫びながらその場から逃げ出した。
「教皇様!! 大変です!『落とし子』……『神の落とし子』様がっ!!」
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