第94話 聞き込み
「居ねぇな。ここで間違いないのか?」
ジュリアは首を傾げながら頷いていた。
その日は丁度オフだったらしく、この先に有る商店街へ買い物に行く道すがら、その占い師を見かけたとの事だ。
時間は大体今と同じ正午頃で、道の端に机と椅子を置いて簡易な露店を開いており、数人の列が出来ている程度に客はいたらしい。
当初は職業柄『営業許可は取っているのか?』とか思いながら訝し気に暫し観察していると、占ってもらった客からは『当たってる!』とか『すごいすごい』等の言葉が漏れ聞こえて来て、気が付くと自分もその列に並んでいたんだと。
やっぱりどこの世界でも女性の占い好きは変わらねぇみてぇだな。
占い師は女性で結構な美人だったとの事だが、少なくともジュリアは今までこの王都では見かけた事が無かったので、自分の番が来た時に『旅の者か』と尋ねた所、『えぇそうよ』と答えたらしい。
それ以上素性を聞くのは野暮なので、そのまま占ってもらったそうだ。
まぁ、それは仕方無ぇよ。
旅の占い師なんて大陸の隅っこである俺の街でも良く見掛けるし、そんなに珍しいもんじゃねぇ。
ギルドの酒場に来た時なんて、嬢ちゃんやチコリーみてぇな若い娘だけじゃなく、女冒険者連中も列を作って占って貰ってるしな。
普通の日常の一場面だった。
ただ、それは俺がまだ魔族連中の事情を何も知らなかった頃の話だ。
今思えば占い師が街に訪れた際の、それを見る先輩の目付きが鋭かった気がしていたが、ありゃ恐らく女媧の事を警戒していたんだろう。
人間モードの時の女媧は手に宝玉を持つ占い師として人前に姿を現し、その力で過去現在未来に付いて全て正確に言い当てたって話だ。
本当に占っていたのか、眷属化の能力で過去を知り、そして未来においてそうなる様に仕向けたのかは、今となっては分からねぇけどよ。
で、今回ジュリアの前に現れた占い師なんだが、ただの占いにしちゃその結果が具体的過ぎる。
偶然なんて言葉で語るには無理が有るだろう。
ただ、俺はそいつが魔族ってのは選択肢から外している。
なんせ、次なる魔族に関しては、『旅する猫』から情報を入手済みだ。
第三話の内容がタイカ国に酷似している事から間違いないと思うし、王子もそこに出て来る描写の幾つかに心当たりが有ると言っていた。
そして、そこに書かれている魔族の描写からは、女占い師と言うイメージは微塵も感じねぇからな。
占い結果の対象が俺以外ならただのすげぇ占い師で通るが、俺の行動をドンピシャで当てたんだ。
高確率で神か、それの縁者に違いねぇだろう。
「居ませんねぇ? 今日はここではやってないんでしょうか?」
ジュリアが当たりを見回してそう言った。
今日は休みとでも言うのか? それとも俺が来ることを察して身を隠したんだろうか。
「あっ、あの机と椅子……、間違いありません、ソォータ殿。占い師はあのテーブルを使っておりました」
ジュリアが指差した先を見ると、少し離れた場所に建っている宿屋の一階の表に机と椅子が幾つか並べられていた。
どうやら一階に併設された食堂の表のカフェテラスってやつだろう。
今昼飯時と言う事も有ってか、その殆どの席が埋まっており、各々客達がテーブルの上に並んでいる料理を美味しそうに食べてやがる。
腹の虫が少々騒いだが、今はそれどころじゃねぇな。
「と言う事はだ。あそこにそいつが泊まっている可能性が高いな」
宿屋が客でもねぇ旅人に、自分ん所の所有物をそうそう貸すとは思えねぇ。
これ程昼飯時に客が集まる店なんだから、特にだろう。
「そうですね、行ってみましょう」
俺達は占い師に会うべく宿屋に向けて駆け出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「え? 二日前にこの街から旅立ったっと言うのか?!」
現在俺達は宿屋の主人に聞き込み中だ。
主人の話だと、どうやら入れ違いで既にこの街には居ねぇみてぇだ。
ジュリアの問い掛けに主人が頷く。
宿泊客のプライバシー保護はこの世界でも守られている。
俺なんかが聞いても答えてくれねぇ。
しかし、相手が騎士なら話は別だ。
特にジュリアはその中でもエリートである近衛騎士の一員なのだから、この王都で真っ当な商売をしている連中の中に逆らえる奴なんていないだろう。
しかも、捜査の為と言われちゃ黙っているだけで、匿った共犯者として捕まる可能性が有るので尚更だ。
「テラさんは、一週間くらい前にここに姿を現したんだよ」
宿屋の主人が占い師がやって来た経緯を語りだした。
占い師の名前は『テラ』と言うのか。
響き的に引っ掛かる所も有るが、今は情報収集が先だな。
「なんでも旅費を稼ぐ為に、軒先で占いする事を許可して欲しいって言われてね。けど占いなんて最初はうさん臭くて、机は貸すから少し離れた所でやってくれって言ったんだよ」
まぁ、賢明な判断だな。
店の前で怪しげな事の営業許可なんて普通やらないだろうし。
けど、今の主人の顔は怪しい輩の事を語っていると言うより、まるで占い師が怪しくない事を証明したいと言うような印象とも取れる。
「けど、その占いがすぐにすごく当たるって評判になってね。うちで食事したら占い料半額になるとか言うキャンペーンをしてくれたお陰で客が増えたんだ。勿論テラさんの宿泊料を半額にって条件でね」
あぁ、なるほど。
所謂win-winな関係ってやつか。
それに評判になるって事は少なくともインチキ野郎ではないって事だな。
「ちょっと、横から済まねぇ。そいつの事なんだが……」
「む? あんたは誰だい? よそ者には客の事なんて喋らねぇよ」
うっ、ジュリアと違って俺に対してかなり威圧的な態度を取りやがるぜ。
やはり俺ではプライバシー保護って奴でまともに話してくれねぇのか。
「……おい、主人。この方はこのような格好をしているが、王直属の諜報員なのだ。話をしてくれないか」ボソッ
「えっ? えぇ! ……むぐぐ」
ジュリアが声を潜めて俺の素性をそう説明する。
その言葉に驚いた主人が驚いて声を上げたが、すぐに自分の口を塞ぎ黙った。
諜報員と言う言葉で、喋ってはいけないと言う事に気付いたんだろう。
俺としては王直属の諜報員ってのは引っ掛かるんだが、まぁこれで聞き込みし易くなったので、ジュリアの機転に感謝するか。
「すまねぇな、と言う事だから教えてくれ。そいつの事なんだが、言動はどんな感じだった? なんかおかしな所は無かったか?」
そいつが神だとしても、魔族だったとしても
ガイアに関しては、貧乳少女な姿とぶっ飛んだ喋りで浮世離れしていたし、女媧については目撃者である王子によると、王宮に現れた時から神秘的で怪しい雰囲気を纏っていたって話だ。
どちらの関係者にしても、どこかボロを出している可能性は有るだろう。
「おかしな所? う~ん? 旅慣れた感じは有りましたけど、特におかしな所は無かったと思うんですが……? 美人なのにとても気さくで優しい方でしたよ。このままこの宿で看板占い師として働いて欲しいって、かみさんと言っていたんですけどねぇ」
主人の奴、俺が『王直属の』って知った途端、急に丁寧な言葉になりやがった。
まぁ、それも商売人って奴なんだろう。
しかし、今聞いた話では特に怪しい感じでは無かったって事か?
宿屋の主人って言や、沢山の旅人達を見て来てるんだ。
俺の下宿先の主人達も言っていたが、俺の実力がバレていたのと同じように人の見る目は肥えている筈。
思い浮かぶ所が『美人で気さく』程度って事は、余程一般人を上手く演じているか、それともただ単に神からの預言を聞いて、それを喋っている
前者なら良いが、後者ならあまり良い情報は期待出来ねぇな。
神の声が聴けても、神の奴もこの世界の仕組みまでは教えねぇだろうしよ。
「それなのに先程も言った通り、二日前の朝に『お金が貯まったので旅に出ます』って言われてね。行かないでくれって止めたんだけど、『会いたい人が居るから』って断られたんです」
「『会いたい人』? 誰だそれ? なんか聞いていないか?」
「いえ、この国に居るみたいなんですが、誰と言うのは教えてくれませんでした」
この国に居る奴に会う為に旅立っただと?
それは俺……ではないよな。
そいつがジュリアに俺が来る事を伝えたんだし、俺を探しているんならわざわざ旅立つ必要も無ぇだろ。
念の為、二人の隙を突いて隠蔽魔法を使い鑑定を主人に掛けてみたが、嘘は付いてねぇし、洗脳もされてねぇ。
主人自体は占い師の言葉を普通に信じている様だ。
まぁ、『会いたい人』って言うのが、実は『会いたくない人』って言う嘘なら話は別だがよ。
今聞いた占い師の話にゃ特に怪しい所は感じなかった。
もしかして俺の早とちり? そんな言葉が脳裏に過ぎる。
「行き先は聞いてねぇか?」
「いえ、特には……。あの人何かしたんですか? そんな悪い人には見えなかったんですが」
「えぇ、その人は……う、うぐ」
心配そうに俺にそう聞いて来た主人に対して、ジュリアが探している理由を告げようとしたのを俺が止めた。
主人の様子からすると、その占い師の事を信用していたのだろう。
少なくとも悪感情を持っているようには思えない。
喋ってくれた情報に関しても特に不審な点は無ぇ様だ。
人々に不安を煽るような事もしてねぇし、客を洗脳している様にも見えねぇ。
それを俺の勝手な推測だけで悪人なんて言っちまうと、この主人に悪い気がしてきた。
「いや、そう言う訳じゃねぇんだ。俺の知り合いに似ていたもんだから気になってな」
俺の言葉に、主人は安堵のため息をついている。
かなり黒に近いグレーな状態だが、無関係な奴にある事無い事を吹き込む必要はねぇだろし、これでいいか。
「邪魔したな」
俺はそう言って宿屋の入り口に向かって歩く。
ジュリアが訳も分からず俺の後ろを付いて来た。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ソォータ殿! どう言う事ですか? あの占い師は詐欺師って言っていたじゃないですか。知り合いだったって言うのはどう言う事です?」
店を出るなりジュリアが突然話を終わらして出て行った俺にそう言った。
「いや、その疑いは晴れた訳じゃねぇよ。ただ、今の所そうと言い切れる要素が無いってだけだ。それに主人は嘘を付いてる様子はねぇし、占いの結果ってのも誰かを騙して金品ガメようとしてねぇしよ。行き先も知らねぇんじゃ、これ以上話すのは無駄だから出たんだ。知り合いってのはただの言葉の綾だぜ。気にするな」
「な、なるほど」
少し釈然としない顔をしているが、ある程度は納得した様だ。
「それにな、自分が信用した相手ってのが悪人だなんて言われちまうと、あの主人が可哀想だろ? 少なくともあいつの前ではちゃんと占い師してたんだからよ」
「そ、そう言う事でしたか! ソォータ殿はお優しいのですね」
俺の言葉に何やら感動してキラキラし出したジュリア。
クソッ! また汚っさん属性好きが発動してきやがったのか?
何かこのまま一緒に居ると泥沼に嵌りそうだからここらで離れるか。
「とは言え、俺が来る事を知っていて、お前に教えたと言う疑惑は晴れてねぇよ。目的は……あれだ。奴はどこかの国の諜報員で、俺の動きを知ってそれをお前に占いの形で伝え、それが当たったとして自分を信用させようとしたって線はどうだ? お前って有名人なんだろ? 諜報員なら最近名の上がった俺と知り合いってのも調べてる筈だぜ」
「なるほど……、それで占い師を信用した私は、その後現れた奴に促されるままに悩みとして国の機密を話してしまうようになると……」
俺の言葉を上手い事拡大理解して話を纏めてくれた。
まぁ実際にはその可能性はとても低いだろう。
俺から逃げたってのも、先程の主人の話からすると矛盾だらけだ。
もし探し人ってのが本当なら、俺とは無関係と言う事になるしな。
「あぁ、だからお願いがあるんだ。すまねぇが、その占い師に追っ手を手配してくれねぇか? ただし、あまり大々的にはしないでくれ。俺の早とちりだったなら迷惑が掛かるしな」
「分かりました。私の部下に至急通達します。大々的にしないって言うのは、占いに浮かれていたなんて私の恥にもなりますし……任せて下さい」
ジュリアはそう言って最後は恥ずかしそうに頬を染めた。
そりゃそうだよな。
情報漏洩のコマに使われそうになったって言うのは、騎士として恥ずべき汚点だろう。
それに単純に恋占いの結果にドキドキしていたなんてのも騎士として如何なもんだって話だよな。
「まぁ、どっちにしても見付けたら俺に連絡くれねぇか? 詐欺師だったにしても、本当に凄腕の占い師だったにしても、少しばかり聞きたい事が有るんだ」
詐欺師ならとっ捕まえて、何故俺の動向を知っていたのか問い詰めてやる。
本物の占い師だったなら……、神の行方を聞いてやるぜ。
まぇ、そいつが神の可能性も有るけどな。
「分かりました。見付け次第ご連絡します。……あの、もし、もしですよ? 彼女が本当に凄腕の占い師だったとしたら……」
ん? ジュリアの奴、急にどうしたんだ?
何かモジモジしだしたぞ?
「おい、なんだよ。凄腕の占い師だったら何だってんだ?」
「凄腕の占い師だったら……。やっぱり貴方が運命の人……? ポッ」
…………。
「『ポッ』じゃねぇーーしっ!!」
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