第83話 困った奴等


「何か見付かったのかショウタよ!」


 俺のツッコミを聞いた王子が慌ててやってきた。

 王子も一緒に『世界の穴』に関する手掛かりを探ってくれている。

 ただ、またまた申し訳無いがそれも無駄な労力で終わりそうだ。

 『旅する猫』の一巻読んで答えが分かっちまったからな。


「こらっ! 学園長! 図書室は静かに! です!」


「す、すまん……」


 あぁ、王子まで司書さんに怒られた。

 学園長なのに威厳無ぇな……。



 『城喰い』の野郎と遭遇した次の日、念の為祭壇跡を散策したが思った通り既に何の痕跡も残っちゃいなかった。

 先輩の話では、あの均された地面に関しては『城喰い』の言い伝え通りらしい。


 それは確かにそう思う。

 天空から突然降ってく『大陸渡り』、大洋を自由気ままに泳ぐ『島削り』。

 そんな、神出鬼没で居場所が特定不可能な他の『大災害』と違い、こいつの移動手段は大地の中を掘り進む事だ。

 穴が開いたままだと簡単に位置の特定が可能だろう。

 何も自分が行く必要は無ぇ。

 自動制御のゴーレムなんかに追わせてるだけでいい。

 だから自らの移動の痕跡を消し去りながら移動しているんだな。

 まぁ、あんな巨体がクァチルウタウスが言っていたように誕生してから一万二千年間も地中の中を移動していたら、今頃世界中が穴ぼこだらけで人類なんぞ今頃滅んでいた事だろうさ。

 ロキとか言う野郎もさすがにそこら辺はちゃんと考えてたんだな。


 んで、そのまま帰る事になったんだが、まぁあれだけの騒ぎだ。

 俺だけバース放牧場には寄らず途中で分かれて、こっそりとこの街まで戻って来た。

 一応、『城喰い』との遭遇に付いては、あの場に居た全員の同意によって緘口令を引く事にした。

 何故かと言うと、ジョンが興奮していた通り『世界三大脅威』と真っ向から対峙して生き残るなんて奇跡。

 この国どころか大陸、いや世界中に広まってしまうだろう。

 そうなった場合、ちゃちい嘘なんかじゃ誤魔化し切れねぇ。

 どれだけ他の皆が俺を庇ってくれたとしても、激しい追及からいつかはバレちまうだろう。

 下手すりゃこの国自体が俺の存在を隠して独占していたと糾弾されて、教会のみならず世界の国から敵と認定される事だって大袈裟な推測じゃねぇ筈だ。

 だから、俺達はその場には居なかった。

 そう、遠くで見掛けて慌てて逃げ出した。

 要するに、『城喰い』の奴は勝手に現れて、勝手に騒いで帰って行った、と言う事にしたんだ。

 多少苦しいが、何も知らない奴等はそれで納得するだろう。

 なんせ、『三大脅威』から生き延びる奴なんて今まで居なかったんだからな。


 皆から分かれて戻って来た俺だが、一応最近街を開けていた理由に関しては偽装済みで、受付嬢の嬢ちゃんでさえ俺は『急遽西の国にダンス講師として呼ばれた』と言う事になっていたので、特に疑われる事も無かった。

 まぁ、一応街にも『城喰いの魔蛇』出現のニュースが既に広まっていた様で、心配はされたんだがな。


 そして、俺はその足で、西の国の土産話を強請る嬢ちゃんとチコリー達と別れ、すぐさま王子に事情を説明しに行ったんだ。

 手掛かりを探させておきながら勝手に魔族を倒した事に付いて色々と小言を言われたが、最後には目に涙を浮かべて『よくぞ、生きて帰って来てくれた』と抱き付かれてしまった。

 筋肉ダルマ先輩程じゃないが、おっさんに抱き付かれるの暑苦しいぜ。


 たまたまお茶を運んできたシルキーにその現場を見られちまって焦ったんだが、悲鳴を上げるかと思いきや、あいつやけに良い笑顔をしてやがった。

 もしかして腐的な趣味でも有りやがるのか?

 おっさん同士なんて勘弁してくれよ。

 

 まぁ、俺が気付いた事の答えを聞きたがっている王子をこれ以上待たすのは止めておくか。

 このままじゃ、耐え切れなくなった王子がまた大声を出して司書さんに怒られるのが目に浮かぶぜ。


「あぁ、大体はな。やはりこの絵本に出て来る『世界の穴』って奴は存在する」


 これは確かだ。

 絵本でも書かれている通りだな。

 幾つか気になる所も有るが、概ね言いたい事は分かる。

 この国の口伝と比べりゃ可愛い物だぜ。


「な、なんと。童話と言えども侮れないのだな」


 ちなみに王子は『旅する猫』の話はこの国に来てから知ったらしい。

 メアリが大好きで絵本も全巻揃えているし、この街の劇場でもこの演目が時折公演されるらしく幾度観劇した事が有るそうだ。

 やはり、この大陸にしか伝わって無いようだな。

 良かったぜ、俺がただの田舎者の常識知らずって事じゃなくてよ。

 実際はそう言う訳でもねぇんだが、やはり田舎者ってレッテルは面白くねぇしな。


「あぁ、さっき伝えた通りだ。この絵本にヒントと言うか答えが書いて有った」


「そ、それは……。教えてくれぬか」


「ここじゃ色々と不味いな。場所変えようぜ」


 俺は親指を立て、ある方向を指す。

 そこには司書が腰に手を当て睨み付けている姿が有った。


「そ、そうだな……」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「おかえりなさいませ旦那様。それにショウタ様。先程は十分な挨拶も出来ませんでしたが、よくご無事で戻られましたね」


 王子の屋敷の玄関が開き、シルキーが相変わらずの感情をどこかに置き去りにした様な顔でそう挨拶をしてきた。

 最後の言葉は、恐らく祭壇から戻った事を言っているのだろう。

 こんなんでも一応俺が生還してくれた事を労ってくれているつもりなんだな。

 多分祭壇調査に関してはこいつも知っている筈だしよ。

 なんせ、ブレナン爺さんと俺達三人で打ち合わせしていた際に、元お庭番衆で現この屋敷の執事であるこいつの父親も同席していたんだ。

 と言っても、壁際で控えていただけだが。

 親子だし、王子にも関係する事だから情報共有しててもおかしくねぇ。

 それにこの街で素性を隠していた俺の事だって、ずっと前から知っていたようだしな。


 何故王子の屋敷に居るかと言うと、当初学園長室でもと思ったが、何処に他人の耳が有るか分からない事も有り、結局王子の屋敷に行く事となったからだ。

 まぁ王子の屋敷なら、お庭番衆一家が四六時中目を光らせているし、何よりもし盗聴の魔道具なんて物が仕掛けられていたとしても、アメリア王家の能力で立ち所に感知しちまうだろうからな。

 世界中探しても、セキュリティに関してこの屋敷以上の場所はそうそう無いだろう。


「小父様! 良くご無事で!! 心配していましたですの!」


 部屋に一旦戻ると言って二階に上がって行った先輩と別れ、シルキーに案内され応接間に入った途端、後ろから追う様にメアリが部屋に飛び込んで来て、俺の背中に抱き付いて来た。

 

「おぉ、メアリ。久しぶりだな。元気にしてたか……って、うぉ! どうした! そんなにしがみ付くなよ」


 メアリは俺に抱き付いたまま離れず、背中に顔を埋めたままだ。

 俺の力の事は知っているが、今回の件の行き先は知らせてはいなかった。

 余計な心配をかけちまうしな。

 王子にも口止めしていたんで知らない筈なんだが、『ご無事』とか『心配してた』ってのはどう言う事だ?

 俺が離れないメアリに困惑していると、シルキーが羨ましそうにジト目で見てくる。

 そんな目で見られても不可抗力なんだが、事情が分からないのでアイコンタクトでシルキーにどう言う事か尋ねてみた。

 まぁ、こいつがそれに反応してくれるとは思わないけどな。


 ん? なんだ? シルキーの奴、急に目を合わせなくなったぞ?

 それにピューピューと口笛噴き出しやがった……。


「おい、なんだそのあからさまな誤魔化し方は! お前もしかして?」


 これ、完全にこいつがメアリのおかしな行動の元凶って事じゃねぇか!

 何しやがったんだ?

 それにしても、お前そんなひょうきんな仕草出来たのかよ。


「小父様! シルキーを責めないで欲しいですの! 私がシルキーに小父様の本当の行方を教えて欲しいって頼んだんですの!」


 俺がシルキーを問い詰めようとしたら、メアリがしがみ付く腕に更に力を込めてそう叫んだ。


「なんだよ、メアリ。本当の行方って。お前俺がダンス講師で西の国に行ったんじゃないって知っていたのか?」


 メアリはもう一度腕に力を込めて来た。

 どうやら肯定の意味らしい。

 一体いつバレたんだ?

 王子が喋ったんだろうか?


「噴火したあの日。お父様が酷く慌てられたのを見てもしやと思ったんですの。お父様に聞いても答えてくれませんでしたの。そうしたらシルキーもいつもと違って真っ青な顔して落ち着かない事に気付いて……」


「で、喋ったってのか?」


 こいつが真っ青な顔で落ち着かないってのを想像出来ねぇぜ。

 シルキーは少しバツが悪そうな顔をしている。

 

「仕方無いじゃないですか、私がお嬢様の上目遣いのお願いを拒否出来ると思いますか?」


「知らねぇよ!! この駄メイドめ!」


 くそ、お庭番衆って響きから、死して屍拾う者無しみたいな、情報漏洩されねぇもんだと思っていたぜ。

 メアリのファンか知らねぇがザルじゃねぇか!

 う~む、セキュリティー対策万全と思っていたがこんな落とし穴が有ったとは……。


「そんな事言って、小父様が街に帰って来たって知らせを聞いた時のシルキーの顔。フフフ」


「おっ、お嬢様! な、なにを言うのです! 私は普段通りでしたとも!」


 メアリの言葉に普段の無表情は何処へやら。

 顔を真っ赤にしたシルキーが、大量の汗を掻きながら慌てた様子でメアリの言葉を一生懸命否定している。


「おいおい、どうしたんだシルキー? お前のそんな姿初めて見たぜ。無表情じゃなくいつもそんなんなら可愛いのによ」


 俺の言葉でシルキーの顔は更に赤くなり、口があうあうと言葉にならない声を出していた。

 うん、やっぱり表情ある方が可愛いなこいつ。


「あ、あ、あ、あ、あなたはまたそうやって……。も、もう知りません!」


 そう言って部屋から飛び出て行ってしまった。

 『また』? どう言うこった?

 そう言えば、俺は覚えていないんだが、シルキーの奴はアメリア時代に俺と会った事が有るって言ってたな。

 なんか当時と姿を変えてると言っていたが、お庭番衆ってんだから変装でもしているんだろうか?

 どっちにしても城に子供が居たら目立つと思うんだがな。

 それともシルキーの奴、若作りしているだけで見た目と違って本当はもっと年齢が上だったりするのか?

 

 いてててて!


「メ、メアリ! 痛ぇよ! あまり締め付けるなって!」


 何故だか知らねぇが、急にメアリの手に込められている力が更に強くなってきやがった!

 無茶苦茶痛ぇ!

 地龍の攻撃でさえここまでダメージは受けなかったぜ!

 先日つねられた時もそうだったが、やっぱりメアリにも嬢ちゃん一家の様な俺特効の力が宿っていると言うのか?


「いまシルキーに可愛いと言いましたね?」


 語尾に『の』が無ぇ! マジ切れモードだ!

 なんでこんなに怒ってるんだよ!


「い、いやそれはアレだ。話の流れから出た言葉の綾って奴で……」


 バンッ。


 ゲッ! 誰か入って来やがった!

 メアリに抱き付かれてる所なんてのを見られたらやべぇぞ。

 特に王子なんかに見られたら……。


「おうおう、二人とも仲が良いな。良い事だ」


 って、入って来たのは王子かよ!

 なにほのぼの見てやがるんだ?

 いつもの親馬鹿モードはどこ行った!

 あぁ、先輩同様まだ俺の生い立ちに同情してトチ狂ったままだってのか!

 

「ヴァレンさん何言ってやがんだよ」


「あらあら本当に仲が良いわね」


 フォーセリアさんまでか!

 ったく、どいつもこいつも困った奴等だぜ。

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