第67話 次の魔族へ
「ふ~、これで一安心」
俺は空中に浮かんだままのコウメを小脇に抱え、魔族のバトンである光の玉が丁度俺の雷光疾風斬による跡の射軸線上になる位置までやって来てコウメを地面に下し、腕やら足やらを動かし剣を構えるようなポージングさせた。
なんとか時が動き出す前に全ての作業を終えて俺はホッと胸を撫で下ろしそう呟く。
すると、それが合図かの様に、風が、音が戻って来た。
どうやら、時が正しい流れを刻み始めたようだ。
「あれ? 僕なんで剣を構えてるのだ?」
俺が戻った時を確かめる為、周囲を見回していると、そんなコウメの声が聞こえて来た。
目を向けると手に持った剣を不思議そうに見ている。
「いや~、凄かったぜ。さすが勇者だな」
俺は待ってましたとばかり、そう声を掛けた。
「え? 先生? どう言う事なのだ?」
「いや、どうしたもこうしたもねぇよ。魔族が現れた瞬間、お前が急に光ったかと思うと魔族を攻撃し出したんだぜ? 覚えてないのか?」
俺の嘘の説明に、コウメはキョトンとした顔をして首を傾げている。
「お、覚えてないのだ。先生それ本当?」
「ああ、そして凄まじい光と共に奴を消し去ったんだ。ほら見てみろ、その跡を」
俺は、雷光疾風斬による樹海と火山に刻まれた傷跡の方を指さした。
「え? これを僕がやったの……?」
「あぁ、それにほらそこに有る光の玉を見てみろよ。あれが魔族の成れの果てだ。いや~凄かったぜ」
そう、これはまだ俺の正体を明かしていないコウメに対して、魔族討伐の手柄を全て押し付けて俺の事を彼方此方言いふらさない様にする為の策略だ。
コウメはまだまだお子ちゃまで、少々頭が緩い所も有るし、勢いでスゴイスゴイと煽てたら信じちまうだろう。
フフフフ、完璧だぜ。
コウメの様子を見ると、何故か黙ったままその光の玉、正確には魔族のバトンをマジマジと見詰めている。
少し不思議に思ったが、確かにあれだけの破壊をもたらした技を自分が放ったと言うのは実感が湧かないのかもしれないだろうと納得した。
まぁ、なんにせよコウメが急に走り出してそれに触ったりしない内に、不本意だが次の魔族へ送ってやるか。
恐らくこの魔族のバトンは何をしても破壊も消去も出来ず、俺が触らない限りこの世界に有り続けるのだろう。
乗っ取りが女媧固有の能力の可能性が高いんで、これを他の奴が触った場合に新たなクァチル・ウタウスになるとは言えねぇが、ダイスの国に伝わっている伝承にも触ったら次の魔族に成ると言われてるんだし、少なくとも良い結果にはならねぇ筈だ。
それにこれも恐らくだが、どんな手段を使ってこいつを人目から隔離させようとしても、神による干渉で表舞台に出て来るのは容易に想像出来る。
火山の火口に落としても、噴火してどっかに飛んでいくとか有り得そうだぜ。
なにより、ロキがこいつに言った『最強の力を与えた』ってのが本当なら、他の奴等と相手している方が幾らかマシだろう。
今回だってギリギリだったんだ。
二か所以上触られた時点で終わりって事は既に学習されちまったしな。
下手に復活なんかされちまうと、いつ不意打ち受けるか分からねぇ。
そんなのんびり出来ねぇ様な恐怖に怯える日々を暮らすのなら、とっとと次の魔族に送ってやった方が得策ってもんだ。
俺は魔族のバトンのもとまで歩き、おもむろに手を伸ばした。
ここは開けた場所とは言え、周りは樹海で見通しは悪いからせめて方角だけは確認しておかないとな。
出来れば従者の二人が確認してくれている事を祈るぜ。
「先生っ! それに触っちゃダメなのだっ! それは神の……」
「え?」
もう少しで触れる瞬間、突然コウメが大声で叫んだ。
急な事に俺は驚いて、そちらの方を振り向いてしまったが、手は止まらずそのままバトンに触れた。
「おい、どうしたんだよびっくりするだろ?」
「え? 先生大丈夫なの? 紋章が『それは神の使徒以外が触れると魔族に乗っ取られる』と言っているのだ」
あっ! そうか、こいつには紋章が有ったのか!
もしかして、倒したのも自分じゃ無いと言うのが分かっちまうのか?
しまったな、それは考えていなかったぜ。
取りあえず勢いで誤魔化すしか無ぇ。
「俺ならピンピンしてるぜ。そんな事より、この光の玉の中になんか浮いてるぜ。お前も近くに寄って見てみろよ」
「え? でも……紋章が」
俺の言葉に戸惑いながらも、やはり魔族の残した者に興味が有るのか恐る恐る近付いてきた。
よしよし、女媧の時と同じなら後数秒で光が飛んでいく筈だ。
そしたら、勇者に恐れおののいて逃げて行ったって言や、何とか納得するだろ。
恐らくだが、この魔族に関して勇者に弱いと言う情報に関しては、神からのポップアップヒントであるその紋章が教えてくれるだろう。
なんせ、魔族のバトンについての解説までしてくれるんだからな。
しかし、俺がその神の使徒と言う事は喋らねぇみたいだし、世界のシステムに関しては勇者権限の範囲外って事なんで、その間を適当に補完すればいける筈だ。
バシュッーーーー!
「うわぁーー! 飛んで行ったのだ!」
案の定、コウメが近付き覗き込もうとした瞬間、魔族のバトンは次の
ちゃんと方角を確認しないとな。
う~ん、真北が火山の方だから、西? いや、やや南だな、西南西ってとこか。
と言う事は、大陸の東部北寄りに位置するこの国からすると、この大陸ほぼ全部の国が対象になるじゃねぇか。
更にアメリア王国が有った東の大陸も視野に入れねぇとな。
先が思いやられるぜ。
「コウメ、魔族の奴はお前にビビッて逃げちまったみたいだぜ」
「え? あっ、紋章もここの魔族は勇者の技が弱点だったって言ってるのだ。と言う事は逃がしちゃったのだ~。どうしようなのだ~」
コウメは逃がした事を自分の所為だと思ってしまったようだ。
その泣きそうな顔を見ているとなんかすごい罪悪感が湧いてくる。
「お、おい、そんな気を落とすなって。取りあえず今は倒した事を喜ぼうぜ。なっ?」
「で、でも~」
そう言って目に涙をいっぱい溜めて俺を見上げて来るコウメ。
うう、そんな目で見ないでくれ。
今はまだ本当の事を言う訳にはいかないんだよ。
「ほら、泣くなって。次頑張ろうぜ。俺も手伝ってやるからよ」
「うん……、分かったのだ。先生がそう言ってくれるなら頑張るのだ」
コウメは俺の言葉に何とか納得してくれたようだ。
泣くのを止めて、少し笑顔が戻って来た。
魔族討伐の旅にこいつを連れて行くのは、正直命の危険が有るので気が引けるが、もし本当にそうなった場合は全力で守ってやるとするか。
俺は笑顔のコウメを見ながらそんな事を思っていた。
「そう言えば、先生はなんでパンツ一丁なのだ?」
「へっ? あっそうだった! こ、これはアレだ。お前の技の威力に巻き込まれてな。服が吹き飛んじまったんだよ」
すっかりパン一なのを忘れていたぜ。
このまま二人で戻るのは危険だ。
児ポ的な意味で。
従者二人は真相を話せば納得してくれるだろうが、案内人は絶対にダメだ。
あんな口の軽い奴に見られちまったら俺の人生ロリコンの烙印を押されることになっちまう。
かと言って、真実を話しても噂が広がるだろうしな。
どっちにしてものんびり暮らす事なんて出来なくなりそうだぜ。
「そ、そうなのか? ごめんなのだ」
「いや、良いんだ。それよりすまねぇが休憩所に戻って俺のバックパックを持って来てくれねぇか? あの中に俺の着替えが入っている。靴も無くなったから森の中を歩けねぇしよ。お願いできるか?」
「分かったのだ! すぐに行ってくるのだ」
ホッ、何とか納得してくれたぜ。
これで一安心だ。
「道は分かるか? ここをまっすぐ行った先だ。なんだったら帰って来る時は爺さんを連れてきたらいい。あっ治癒師のねぇちゃんや、案内人は絶対にダメだぞ?」
「なんでなのだ?」
「なんでってほら、年頃の女性にこの姿見られるのは恥ずかしいし、状況知らねぇ案内人に見られるのもちょっとな。その点、爺さんなら俺のギルドの関係者だったからな。まだ気が許せる」
「むぅ、僕も女の子なんだけど……。でも分かったのだ。そうするのだ」
女性に見られるのが恥ずかしいと言う言葉に、少し不服そうなコウメだったが、俺の言った言葉の意味は分かってくれたようで何とか納得してくれた。
「あっ、すまん。一つ言っておくことが有る」
「何なのだ?」
「取りあえず、今はまだ魔族を倒したって事は内緒にしててくれ」
俺の言葉にコウメは首を傾げる。
「魔族はトップシークレットなんだよ。下手に倒したって事を言い触らすと、魔族の存在が身近に居ると思った民衆が怖がるからな。だから事情を知っている爺さんにだけ『アレの件』って言ってくれたらいい。それだけで伝わるからよ」
「なるほど~。そ、それに今回逃がしちゃったし奴を倒すまで、皆を怖がらせない為に内緒にしておくのだ」
コウメの取り逃がしたと言う罪悪感を利用する様で心が痛むが仕方が無ぇよ。
なんたって、これは俺の身バレだけじゃない、魔族の存在は極力民衆に知らせるべきではないのはダイスも言っていたし、魔族の存在の秘匿はこの世界の王族の共通認識らしいしな。
納得したコウメはまっすぐと薄暗くなった森の中を光の魔法で照らしながら走っていった。
元封印の祭壇となったこの場所に一人残った俺は、足元に転がっているプレートを拾い上げた。
これで魔族の名札は二個目になるな。
女媧の名札で発動した神のギフトとやらがいまだに何なのかは分からねぇが、こいつも何某かの効果は持ってるんだろうか?
「
俺はクァチル・ウタウスの名札に鑑定を掛けた。
まぁ、どうせ効果は秘密とかだろうが、何らかの違いが有るかもしれねぇし、期待してねぇがな。
さて、さっき遺跡を鑑定した時はなんか気持ち悪い声だったが、今回はどんな声が聞こえてくるか。
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