第四章 予兆

第49話 招待


「おい、ショウタ。そんな所でボーッとしてるんじゃない。いい加減諦めるんだ」


 王子が、呆然と立ち尽くす俺に対して呆れた顔して言ってくる。

 そうは言うが王子……、なぜ適当に誤魔化してくれなかったんだよ。


「そもそも、なんで俺まで呼ばれるんだ? 確かに最近色々と目立った事したが、有り得無いだろ」


 俺が今立っている場所は、この街一番の高級ホテルの玄関前だ。

 門番が俺の事を怪しげな目でジロジロ見ている。

 かなりの高層建造物なので、遠目には屋根を見た事が有ったが、こんな高級街には近寄った事さえなかったので、下から見上げるのは初めてだ。

 門番の目付きからすると、今は昨日に引き続いてきちんとした正装姿だからギリギリセーフの様だが、普段の格好で近付くとそれだけで通報されかねんっぽいな。


 で、なぜ俺が今こんな所に立っているのかと言うと、昨日あの後に国王からの使者とか言うのが急に王子の家に訪ねて来た事に起因する。

 女神が最後に国王に残した言葉。

 その時、俺には意味が分からなかったが、あの『友』と言う言葉は、どうも王子の事だったらしい。

 そう言えば、国王にコネが有るとか言っていたっけ。

 魔族の話も国王から聞くつもりだったらしいし。

 しかし、王子も王族とは言え、現役じゃなく国も滅んだ元王族だ。

 今は魔法学園の学園長でしかない。

 どうやって王家の秘密を聞き出すのかと疑問だったが、女神の言葉を受けて、使いを出して来るくらいの国王自身が認める友達だと言う事なのか。

 どんなコネなんだろうな?


 国王からの伝言は『女神からのお言葉に基づき明日の明朝、我が宿泊しているホテルに来て欲しい』との事だった。

 そこまでは良い。

 俺は使いのその言葉を聞いて、これで次の魔族の情報は安泰だなと思ったんだ。


 問題はその後だ。


 王子への伝言を伝えた後、使者の口から信じられない言葉が飛び出した。


『おぉ、ガーランド様も居られましたか。それは丁度良かった。貴殿のギルド教導役のソォータ殿へ伝言をお願いしたい。え? その人がそうなのですか?』


 くそぉ~! その場に居た全員が俺を指差しやがって!

 そして告げられた王様からの伝言は『ヴァレン学園長に同行して出頭する事』だった。

 いや、本当は『出頭』ではなく、『招待』との事だが、俺的には同じ意味に聞こえた。

 それを聞いたメアリが少し焦っていたが、遅いぜ! 全くよ。


 そんなこんなで不本意ながら、早朝から身嗜みを整えてこの高級ホテルの前まで来たって訳だ。

 国王の招待とは言え、晩餐会とかの正式な場ではないので、正装で街を歩いても構わないらしい。


 何だよソレ! ダブルスタンダードも良い所だ。


「違うぞ、ショウタよ。こと今回に関しては国家機密が絡んでいる。大々的に招待なんぞしたら興味を持つ者が現れるであろう。だからこうやって自らの足で向かうのだよ」


「へいへい。俺なんて逆に目立って今後数週間は近所の奴等から指差して笑われると思うんだけどな」


 なんせ俺が住んでる宿屋は正装なんてものにはトンと縁の無い下町に有るからな。

 正装姿を見た知り合い達に笑われちまったわ。


 街の様子は、祭り騒ぎが継続どころか更なる盛り上がりを見せて、早朝だと言うのに通りには人が溢れて居た。

 皆女神ご本人の降臨と言う奇跡に浮かれているようだ。


 まぁ当たり前だよな。

 先日の魔物撃退事件なんか霞んでしまう出来事な訳だから。

 このまま、ダイスが広めた俺の不当な評判や晩餐会のダンスの件も消え去ってくれたらいいんだが……。


「ヴァレンさん。俺体調不良で帰っても良いかな? 上手く言っといてくれよ」


「馬鹿者! 王からの誘いを断る奴があるか! 無碍に断ろうものなら、素直に会いに行く以上に普通の生活が送れなくなるぞ」


 王子はそう言って手錠に掛けられるジェスチャーをした。

 なんか元王族のクセに手錠のジェスチャーが妙に上手いな。


 あぁ、そう言えば国王殺しの下手人時代が有ったんだっけ?


 実体験から来る演技か……深いな。

 俺は護送車の檻には入れられたけど、手錠はされていないからな。


「それは勘弁だな~。しかし、俺が呼ばれる理由って何なんだ?」


「それは恐らく『踊らずの姫君』の所為だろうな」


「げっ! あの姫さん、自分の親父に通報したのか? しかし、本当に迂闊だった。嵌められたとは言え、真面目に踊る必要は無かったってのによ」


 護衛のねぇちゃんの話では昨日の内に帰っている筈だが、イタチの最後っ屁みたいに傷跡を残して行きやがったのか。迷惑な奴だぜ。


「私は知っていたのだよ。姫が……だった事をな」


 王子が耳を近付けて俺に姫さんの正体を言ってきた。

 勿論『踊れずの姫君』の事だ。


「なんだ知ってたのか」


「あぁ、国王の愚痴話に付き合っていた時、ポロッと言ってしまってな。絶対秘密にしておいてくれと頼まれていたのだ。だから姫の思惑も分かっていてな。本当に肝を冷やしたよ」


「あぁ、恐ろしい話だぜ。下手したら国外追放の憂き目に合う羽目になって待ってたからな。けどヴァレンさんと、この国の王が仲が良いのは分かったんだが、どう言う繋がりなんだ? 昔からの知り合いだったのか?」


 大陸が違うと言えど、王族なんだから交流が有ってもおかしくは無い。

 元の世界でも、海外の街と姉妹都市なんて交流も有ったしな。


「俺が二人を引き合わせたんだ」


 突然背後から声を掛けられた。


「う、うおっ! びっくりした!! って先輩かよ。どうしてここに居るんだよ」


 後ろを振り返ると、昨日の晩餐会の時より気合の入った正装をしている先輩が笑顔で立っていた。

 しかし、先輩のムキムキマッチョの体形じゃ、豪華な衣装な程、余計似合わねぇな。

 胸の所なんてパンパンで、『フンッ』って力入れりゃボタン全部弾け飛ぶんじゃねぇか?

 この世界には無いけど、タンクトップとか着たら凄く似合いそうだ。


「はっはっはっ。久し振りに親戚に会いに来たんだ」


「あぁ~、任命式目当てで国内外から大勢押し寄せてきたしな〜。って、ここに泊まってるって事は先輩の親戚って金持ちかよ。あっギルドマスターになったのも、そのコネのお陰なのか?」


「実力だ! バカ」


「ぎゃぁぁーー痛いっ! 先輩止めて!」


 例の如く、俺に特攻のアイアンクローで頭を締め上げられた。


「ショウタよ。遊んでないで早く行くぞ。約束の時刻はもうすぐだ」


 王子が俺と先輩のやり取りを呆れた声で嗜めて宿屋の入り口に向かって歩き出した


「遊んでないって。んじゃ先輩。その親戚の人によろしく」


 俺は慌てて先輩の後を付いていった。

 このホテルの門って、まるで城か宮殿かとしか形容出来ない豪華さで、俺が一人で入るのはかなり勇気が要るしな。

 いや、この姿でも顔がドレスコードに合わないとか言って追い出される可能性すらあるからな。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ふわ~! ホテルの中も何だコリャ? アメリアの城より豪華じゃねぇか?」


 内装は言った通り、何度かお邪魔した事があるアメリア王国の城より絢爛豪華な作りになっていた。

 外観もそうだが、内観はキンキラキンの成金趣味みたいだな。

 一階は受付とエントランスホールになっており、右手奥にカフェスペースが見える。

 ホール中央にはこれまた豪華な階段がズバンと中二階の位置まで繋がっていて、そこには巨大な絵画が掛けられていた。

 その絵画の壁を沿って左右に別れた階段が二階へと伸びている作りだ。


 巨大な絵画だが、そこには綺麗な女性が描かれていた。

 服装から王妃か王女か……。

 古そうな絵なので知ってる人な訳が無いのだが、どっかで見た事がある顔だ。

 なんかよく会う人物だと思うんだが、誰だっけ?


「こらショウタ。こんな所で大きな声を出して突っ立ってる奴が居るか! 周りの者が笑っているぞ! それに城の事は大きなお世話だ!」


 王子は、田舎者丸出しの俺の反応を叱り付けて来た。

 まぁ恐らく怒りの七割はアメリア王国の城より豪華って言った事対してだろうけど。


「しかし、こんな田舎で採算取れるのか?」


 絶対ここの宿泊費バカ高いだろう。下手したら一泊俺の二~三ヶ月分の収入より高いかもしれん。

 

「それだけこの街の魔法学園が凄いってこった」


 俺が素朴な疑問に頭を捻っていると、また先輩が声を掛けてきた。


「先輩まだ居たのかよ。そう言や、ヴァレンさんを国王に紹介したってのはどういう事なんだ?」


「ん? あぁ、すぐに分かる。それよりショウタ。その絵が気になるのか?」


 すぐに分かる? なに勿体付けてるんだ?

 しかし、先輩が言う通りこの絵はなんか気になるよな。


「どっかで見た事有る顔なんだよなぁ? 知らねぇか? 先輩?」


 俺の問いに何故か先輩は笑いを堪えている。

 う〜ん、さっきからなんだなんだ?

 今日の先輩はなんかおかしいな。


「ショウタよ、国王からの迎えが来たぞ」


 訳の分からない事ばかりに俺が更に頭を捻っていると王子が声を掛けてきた。

 そちらの方に目を向けると、王子の言う通り、二階から階段を降りてくる人影が見えた。


「ゲッ! なんであいつが居るんだよ」


 降りてくる人影には見覚えが有る。

 一昨日の晩餐会で、姫さんの罠から逃げられなくなった切っ掛けを作った奴だ。

 てっきり昨日姫さんと一緒に帰ったと思っていたが、姫さんお付きの任務は臨時だったって事なのか?


「ヴァレン学園著殿、良くお越し頂きました。上で王がお待ちです」


 開口一番、護衛のねぇちゃんは王子に対して挨拶をした。

 その後、少し離れていた場所に居た俺を見付け慌てて駆け寄ってくる。

 咄嗟に逃げようとしたが先輩にガッチリ掴まれてしまった。


「ガーランド様! ありがとうございます。ソォータ殿! 何故逃げるのですか!」


「いや、色々と嫌な思い出がな」


「うっ! 先日はすみませんでした。ソォータ殿があれ程見事なダンスの名手だとは思わず……」


 俺の言葉に護衛のねぇちゃんは反省したのかしゅんとして謝ってきた。


「ダンスの名手なんて止めてくれよ。あんなの素人芸だ」


「素人芸なんてとんでもない! あまりの素晴らしさに思わず見惚れてしまいました。それに……姫様の事も感謝しております」


 なんか凄い褒められたんだが、このねぇちゃん本当にこの前と同じ人物なのか?

 なんか厳ついオーラが消え去ってしまって調子狂うな。

 最後の言葉は、そうか、このねぇちゃんも『踊れずの姫君』を知っていたんだな。

 まぁ、臨時とは言え従者をやったんだから、姫さんの秘密を知っていたとしても当たり前っちゃあ、当たり前か。

 しかし、あの時は俺も知らなかったとは言え、王族に対して言葉使いが悪かったし、あれ位で済んで良かったと言えなくもない。

 俺の自業自得だな。これからは言葉遣いに気を付けよう。


「っと、いけませんね。王がお待ちです。では、私の後を付いて来てください」


 そう言って護衛のねぇちゃんは階段を登りだした。

 王子と俺はその後を付いて行く……、のだが、何故か先輩も一緒だ。

 途中まで一緒なのか?

 それとも一緒に国王に会おうと言うんだろうか?

 そう言えば、さっき王子を国王に引き合わせたとか言ってたし知り合いなのかもな。


 しかし、どこで知り合ったんだろうか?

 この国出身とは聞いていたが、一介の冒険者が一国の王と会うなんて……、いやそんな事言ったら俺もアメリア時代そうだったわ。

 目の前を歩いている人は王子だったんだからな。

 もしかしたら、先輩も昔似たような事が合ったのかも知れねぇな。



「一番奥のあの部屋で、王はお待ちです」


 この世界、エレベーターなんて気の利いた物なんて無いので最上階まで歩かされた。

 馬鹿と偉い奴は高い所が好きと言うのは本当の様だ。

 王様が何歳か知らないが、ここまで登るのは辛いだろうに。


 見た感じ、どうやら最上階であるこの階は全て貸切ってるようだな。

 廊下にはズラッと騎士達が並んでいる。

 そう言えば一つ下の階も騎士で溢れていたし、その階もなのかね?

 こんな高級ホテルを二層貸し切るなんざ、やっぱ王族は金持ってんな。


 相変わらず先輩は付いて来ているのでやっぱり一言挨拶でもするんだろう。

 しかし、俺達の連れとは言え、王様相手にアポ無しの飛び込みで会ってくれるのか?


「失礼します。ヴァレン学長殿にソォータ殿。それとガーランド様が到着しました」


 ん? さっきもちょっと気になったんだが、俺と王子が『殿』なのに、なんで先輩が『様』なんだ?

 魔法学園の学園長より、冒険者ギルドのギルドマスターの方が偉いんだろうか?

 よくわからんな。


『おぉ来たか。待っておったぞ。入るが良い』


 部屋の中から誰かの声が聞こえて来た。

 よく通る威厳のある声だ。

 恐らく国王なのだろう。

 昨日の授与式のプログラムでは聖女の称号授与の際に国王からの祝辞を述べる事になっていたので、結局国王の声を聞くのは今が初めてだ。

 その声には、さすが王族と言う力を感じる。


「では、失礼いたします」


 護衛のねぇちゃんが王の言葉に従い扉を開け、俺達に入室を促して来た。

 俺もそこまで空気が読めない奴じゃないので、母さんに教わった礼儀作法を振り絞って恭しい態度で入室した。

 確かこういう場合すぐに頭を上げちゃダメだった筈。

 先に入った王子もそうしてるし。

 ん? なんで後から入った先輩は頭を上げたままなんだ?

 礼儀知らずだな。

 

 ぷぷぷっ、まぁ脳筋の筋肉ダルマだから仕方無いな……。



「先生! ようこそいらっしゃいました! お会いしたかったですわ」


 え? この声って、もしかして……?


「って、なんでお前が居るんだよ!」


 あっ! またやっちまった……。


 先輩の礼儀知らず振りに気を取られて、ここに居る筈が無い姫さんの声を聞いたら、思わず素でツッコミ入れてしまった……。


 しかも、父親である国王の目の前で……。


 もしかして、俺……オワタ?

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