第36話 夢
「さぁ! 行くっすよ! 師匠ーーー!!」
結局、Cランクでもパーティーを組めば街の南側への依頼は受けていい事になった為、ギルド内は昨日のだらけムードとは打って変わって活気に満ち溢れていた。
そんな中、チコリーは久し振りに採取任務に行ける事が嬉しいのか、ギルドの出口に向かってほぼスキップしながら走っていく。
そうだよな、良く考えたら、Cランク以下のソロで近隣の採取依頼を請ける奴ってコイツくらいしか居ねぇじゃねぇか。
他の奴等は軒並みパーティーを組んで、小物討伐を選んでやがる。
何故かと言うと、はっきり言ってこの街周辺の採取対象は二束三文の儲けにしかならないからだ。
まぁ、当たり前だ。
街の近くなんだから依頼者本人が取りに行っても危険なんか滅多に無いしな。
なら、なんで依頼するかと言うと、ぶっちゃけ面倒臭いからだ。
そんな理由に大金払う物好きは居ない。
その為、近隣の採取依頼をやる奴なんざ、普通駆け出しの冒険者くらいのもんで、要するにこのギルドで一番新人のコイツ用の依頼と言っても過言じゃねぇな。
実際に公私共に、チコリーの奴は近隣の薬草採取しか興味無いので、最近マジで専用クエストみたいな扱いになっている。
とまぁこんな理由で、俺は今からチコリーの子守をする羽目になっちまった。
いや、自分で承ってやるなんて大見得切った手前、しっかりと仕事はするつもりなんだが、こいつ俺から自分の知らない薬のレシピ聞き出そうとアレコレと質問して来て面倒クセェんだよな。
「お~い! 勝手に先々行くなって。じゃあ嬢ちゃん。俺の装備出してくれ。まぁ近隣だから剣とナイフだけでいいや」
そう言ったのだが聞こえていないのか、チコリーはギルドの外に出て行ってしまった。
おいおい、浮かれすぎだろう。薬草採取の場所は町の北側だから俺同伴じゃないとダメなんだが……。
上機嫌のまま出て行ったチコリーに呆れながら、俺は嬢ちゃんにギルドのロッカーに預けてある俺の装備を出してくれるように頼んだ。
冒険者ギルドはギルドメンバーに対して、無料で装備を預かってくれるサービスを行っている。
この街には帯剣したままでは入れない施設が各所に有る為、そう言った場所に用事が有る際に、何処かに保管させておく必要が有るからな。
しかし、自宅を持っていない冒険者も多いので、こう言ったサービスをギルドは提供してくれてるんだ。
宿屋もこんなサービスしている所はあるが、そっちは結構な金を取られちまうしな。
「はい、ソォータさん。ちゃんとチコリーの事守って下さいよ? あと二人っきりだからって変な事しちゃダメですからね」
「しねぇーよ! ったく」
チコリーと二人で採取なんて今回が初めてじゃないってのに、嬢ちゃんは何突っかかってんだ?
何度も言っているが、娘でもおかしくない歳の奴に手を出すかよ。
と言うか、何よりチコリーの場合は間違って手なんか出そうものなら、母親の思う壺になりそうで怖いんだよ!
本当に昨日からこう言うやり取りが多いよな。
何だってんだ? 全く。
「まぁ、あいつの護衛ってのはしっかりやるさ。一応街の北側に行くんだしな」
あれから六日経ったんだ、討ち漏らしの大猿が居たとしても近くに居りゃ、既にグレン達の捜索隊が発見して討伐しているだろう。
しかし、いまだに目撃情報さえ無いんだから、そもそもそんな奴は居なかった可能性の方が高い。
ダイスの報告でも、魔術師による探知魔法の結果では穀倉地帯に居た大猿の中で行方不明なのは居ても一~二匹との事で、それ以上は森に残ってた奴が南下したとかじゃない限り居ないだろうとの事だ。
森に関しては俺が探知魔法で隅々まで探知済みだが、そんな奴は居なかった。
それに、ダイスの奴は穀倉地帯から森まで来たんだ。
移動中の奴が居たら遭遇しているだろ。
浄化された奴は北に帰って行ったし、魔物化した奴が残っていたとしても
第二王子達が殺し合いをしたとか言うのも、もしかすると女媧が溺死したから狂っちまった可能性も有るしよ。
バタンッ!!
「師匠ーーーー!!! なんでうちを放ってアンリと楽しそうにくっちゃべってるんっすかっ! うちを一人ぼっちになんかしたら泣いちゃうっすからね!」
「お前が勝手に出てったんだろうがっ!!」
俺達のやり取りでギルド中に笑いの声が広がる。
あぁ、こう言うのも昨日からかも知れんな。
馬鹿言って皆で笑い合うか……。
懐かしいな、それに悪くない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「わ~! 六日ぶりってのも有るっすけど、一昨日雨が降ったからいっぱい薬草生えてますね」
あの後、チコリーに無理矢理手を引っ張られて街から少し離れた草原まで連れていかれた。
街中をおっさんが少女に手を引っ張られていると言う絵面が恥ずかしかったので、離すように言ったんだが、『師匠は目を離すとフラフラしてどっか行っちゃうっすから、目的地着くまで離さないっす』とか言って離してくれなかった。
俺は犬かっ!
草原は季節柄色取り取りの花が咲き誇っており、チコリーの言う様に薬草もあちらこちらに顔を覗かせていた。
今日は雲一つないいい天気だ。青空も高く心地良い風が流れている。
昼寝するには絶好のコンデションと言う奴だ。
「お~い、俺はちょっと昼寝するからあんまり遠くに行くんじゃねぇぞ!」
「も~師匠ったら! うちの付き添いじゃないんっすか? 折角色々教えて貰おうと思ったっすのに~」
少し離れた所からチコリーが文句を言う。
まぁ、これはいつものやり取りだ。下手に近くに居ると本当に質問攻めに有っちまうからな。
チコリーも半ば諦めて依頼の薬草探しに加え、実家に持って帰る為の薬草の採取を始めた。
さあて、一眠りするか……。Zzzz……。
…………………………。
……………………。
………………。
…………。
………。
「私の可愛い正太ちゃん。今日、母さん達は手が離せないから、ちょっと麓の町までお使いに行って貰える?」
「うん、良いよ! 麓の町かぁ~。久しぶりだな~。で、何をすればいいの?」
母さんは僕の事をいつも『可愛い正太ちゃん』と呼ぶんだ。もう十三歳になったからさすがに恥ずかしいから止めてと言っても止めてくれない。
いつも『可愛い可愛い。フヒッ』と、ちょっと引いちゃうくらいの猫可愛がりをしてくるんで困ってるんだよな。
いつまで子供扱いをするんだろうか? もうすぐ十四歳の誕生日なんだし成人になるんだけど……。
いつになったら母さんは息子離れしてくれるんだろうか?
「この薬を薬局に届けて欲しいの。今回から可愛い正太ちゃんが作った薬も入ってるわよ。とうとうお店デビューね」
「えっ! そうなの? なんか恥ずかしいなぁ。じゃあ行ってくるよ」
「はい、いってらっしゃい。気を付けてね。愛してるわよ」
結構重いな……。
僕は薬の入った籠を背負い家を出た。
目の前には見慣れた村の風景。
僕の村は山奥に有るんで陸の孤島みたいなド田舎だ。
僕自身も滅多にこの村から出る事は無い。
だから、麓の町へ一人でお使いに行くなんて初めての体験。
ちょっとした冒険だな。
「正太君。おっきい荷物ね。何処に行くの?」
村から出ようとした時に、後から幼馴染の声が聞こえて来た。
少し恥かしいけど、将来を誓い合った大好きな女の子。
「あぁ、母さんのお使いでね。薬を麓の町まで届ける事になっちゃったんだ。とうとう僕の作った薬が店頭デビューするんだよ! けど帰るのは夜になるかなぁ? 遊ぼうって約束してたけどごめんね」
「ううん、いいのいいの。明日も明後日も時間は有るんだし。それより凄いじゃない! そっか~正太君の薬がお店で売られるのね。凄いなぁ~。あっ、引き留めてごめんなさい。早く行かないと帰って来られなくなるもんね。気を付けて行ってらっしゃい」
「あぁ、明日遊ぼうね。いってきまーす」
はぁはぁ……。歩き続けて三時間、やっと麓の町が見えて来た……。
僕の村、マジド田舎な件……。
冒険だ! と思って、はしゃいであちこち寄り道した所為でも有るけどね。
「えぇと、確か薬屋は広場の奥だったっけ? あぁ、あの看板だ」
ドォォォォン・・・・・・。
なんだ? 遠くから何かが爆発した様な音が……? 花火かな?
振り返ると、はるか山の向こうに煙と辺りを照らす赤い炎。
そして、遠近法を無視したかの様な巨大な空飛ぶ飛翔体……。
なんだ? あの山の向こうは僕の村がある場所……? なんなんだよアレ!
「あ、あれは『大陸渡り』じゃねぇか?」
「ほ、本当だ! あの姿は『大陸渡りの魔竜』だ。ヤバい! この国に来たのか?」
「あそこって、確か村が有ったよな? あの煙と炎……。奴にやられたのか?」
「おい、こっちに来るかもしれんぞ! 皆、非難しろーーー!」
町の人々が口々に何かを言っているが僕の耳には届かなかった。
なにアレ? なんで村が燃えてるの?
僕は背負っていた籠を捨てて村に向けて走り出した。
息が上がっても、横腹が痛くなっても、足が鉛の様に重くなっても僕は足を止めなかった。
そして、空が茜色に染まる頃、僕は同じくまだ周囲を茜色に染めている炎に包まれた村に辿り着いた。
「そ、そんな……。み、皆は? 母さんは? 父さんは? そして幼馴染のあの子は?」
僕は炎に包まれた村をただ茫然と見詰めるしかなかった。
いつまでも消える事無いドラゴンの炎を……。
………。
…………。
………………。
……………………。
…………………………。
「しょ……」
ん? なんだ? 何処かから声が聞こえる。
「……匠! 起きて……」
この声は、チコリー?
あぁ、俺は夢を見ていたのか?
「師匠! 大丈夫っすか!」
神に作られたこの世界の俺の過去の記憶。
くそっ、作られた記憶の癖に夢に出て来るなんて反則だろう。
この記憶の後、俺は前世の記憶を持ってこの世界に誕生したんだ。
気付いたら麓の町で保護されていた。
神の第一声、『ようこそラグナロックへ!』と言う能天気な声にも暫く応える事が出来なかったな。
「師匠! 師匠!」
あぁ、うるさいな。
「うるさいって、そんなに耳元で騒ぐなよ」
「あぁ良かった~! 急にうなされ出したんで心配したっすよ~」
「すまんな、ちょっと昔の夢を見ちまった……」
過去の嫌な夢は色々見たが、この夢は初めてだな。
長らく忘れていた。
あの日、俺が一人で麓の町に行った所為で俺は村の皆と死に別れたんだ。
もし、母さんにお使いを頼まれなければ俺は皆と一緒に死んでいたのか?
幼馴染みのあの子と一緒に……
……。
ははは、俺は何言ってるんだ?
これは神の野郎が作った記憶なんだ。
もしも、しかしも、案山子も無ぇな。
「そう言えば、師匠~? クレアって誰なんすか?」
「は? 何でお前が、その名前を?」
チコリーが口にした名前に俺の心臓が跳び跳ねた。
懐かしい名前だ。本当に……。
「寝言でクレア、クレアって言ってたっすよ? もしかして彼女っすか? ちょっと妬けるっす」
「バ、バーカ! 違うっつうの! そんな言葉忘れろ!」
クッ! こいつに聞かれるなんて一生の不覚だ!
まさかうなされるだけじゃなく、寝言まで言っちまうなんて。
サボろうとした罰なのか?
ザザァーーーーー。
「うおっ、急に突風が」
俺が不覚にも寝言で幼馴染の名前を言っているのを聞かれた失態を後悔していると、草原に一陣の風が吹いた。
っ!!
まるで先日の放牧場を彷彿とさせる様な突風だ。
そして、その風によって運ばれて来た匂いもまた……。
「おい、チコリー! お前はここに居ろ! あと周囲を警戒してろよ」
「え? どう言う事っすか? 師匠?」
俺の突然の言葉に怯えて辺りをキョロキョロと見回すチコリーを残し、俺は匂いの元へと足を踏み出した。
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