第三章 降臨

第33話 作戦会議


「小父様! ようこそいらっしゃいましたですの!」


 聖女返上作戦の打ち合わせをする為に王子の屋敷に来たのだが、応接していたメイドを押しのけてメアリが満面の笑みで挨拶して来た。


「おっ、おう。元気良いなメアリ」


 あまりのメアリの勢いにタジタジになりながらも挨拶を返した。

 その言葉に更に嬉しそうに俺の手を掴んで屋敷の奥に引っ張っていく。


 おいおい、凄い力だな。そんなに急がなくても良いだろう?

 返上計画の打ち合わせに来た俺に喜ぶなんて、聖女にならなくて良いってのがそんなに嬉しい事なのかね?

 まぁ、聖女になりたくない理由が、好きな人と結ばれたいと言う乙女チックな願いなので、思春期の女の子としてはそりゃ嬉しいか。


 早い内に嬢ちゃんまで好いていると言うそのな奴が誰かを突き止めて保護しないとな。

 何せギルドマスターと魔法学園の学長の娘に惚れられると言うな奴だ。

 親父二人にバレたらどんな目に遭うか……。ぶるるっ。


「アンリのお父様は、もういらっしゃってますの」


「ギルドマスターはもう来てたのか。俺も珍しく約束時間の前に来たんだが……」


 第一回目の作戦会議の為、一応先輩にも来てもらう事になっている。

 勿論返上計画自体はギルドの皆にも内緒だが、ギルドに式典の警備任務の依頼が来ているらしく、その情報を元に当日の計画を練ろうと言う訳だ。

 その事についてはメアリにも話がいっているのだろう。

 俺に先輩が来ている事を告げた時、声を落としてウインクをして来たからだ。

 

「あ~、メアリ。昨日は怒鳴って済まなかったな」


「え? 何の事ですの? あっ、私が小父様の事を『…の使徒』と、言ってしまった事ですの?」


 くぅ、俺を気遣ってわざわざ聞こえない様にするなんて、なんて健気な子なんだ。

 おじさん、罪悪感で胸が張り裂けそうになったわ。


「あぁ、そう言う『おとぎ話』をヴァレンさんから聞いていたんだろ? そうとは知らず。本当に済まん。ただ言っておくが、俺はそんなんじゃないからな?」


 昨日確認すると、王子はやはり自分が王族と言う事は娘のメアリにも伏せていたようだ。

 王子の潜伏中にメアリ、それに嬢ちゃんも生まれていたのだが、二人共両方の母親と共に離れた街で身分を明かさず普通の庶民として暮らしていたらしい。

 まぁ、嬢ちゃんの母親は姉御だし、ある意味最強のボディーガードが付いてると言えるので、王子と先輩も離れていたが安心だったと言っていた。


 王家の伝説についてはこの街で一緒に暮らすようになって、おとぎ話として語った事が有るらしく、メアリのお気に入りとの事だ。

 そんな大好きな話に出て来る『神の使徒』を俺に重ねると言う事は、俺に対しての信頼の表れだったのだろう。

 何せ教会での事は思い出しただけでも泣き出す程の絶望を味わったんだ。

 それを助けた俺に『神の使徒』を重ねるのは当然の成り行きだったと思う。


 まぁ実際その『神の使徒』では有るのだが、それは内緒にしておこう。

 これ以上、純粋で心優しいメアリに尊敬の眼差しで見られていると、汚れた俺の心が太陽の光を浴びた吸血鬼みたいに、灰になってしまいそうな気分になるしな。


「いえ、良いんですの。それに言葉にしなくても……分かっておりますの」ボソッ


 メアリの最後の言葉は俺の耳には届かなかった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「おお! ショウタ! 遅かったじゃないか」


「先輩が早すぎるんだろうが! 俺は珍しく時間前に来たんだぜ?」


 メアリに引き摺られてやって来た、書斎に入るなり先輩が失礼な事を言って来たんで言い返す。

 聖女に仕立て上げてと言うか、神の策略の様な気がしないでもないが、メアリの人生を勝手に決めてしまった責任を感じて、約束の時間+一時間をモットーにしている俺の信念を曲げてまで三十分前に来たと言うのに!


「ショウタ? 先輩?」


 俺と先輩のやり取りに出て来た言葉にメアリは不思議がっていた。

 あっ、昨日一日『ショウタ』を連呼されていた所為で、違和感無く答えてしちまってたぜ。


「あっ、あぁ、言っただろ? ギルドマスターは昔の知り合いだったんだよ。そんでショウタってのは当時の俺のあだ名だ。あぁ、それとメアリの父親とも知り合いだったんだよ。なぁ? ヴァレンさん」


「さよう。まだこいつが駆け出しの頃に色々とな」


「まぁ、そうでしたの。それは素晴らしい事ですの! 昨日知らないと言っておられましたから……」


「あぁ、こんな筋肉ダルマの先輩とメアリの雰囲気から醸し出される父親像がライバルって言うのが結び付かなくてな。それに冒険者と言うのに拘ってたし、まさか王……ゲフンゲフン」


「おう……? なんですの? お父様は冒険者じゃなかったんですの?」


「なっ何でもないのだよ、メアリ! おう……、そう王立魔法学校の教師だったと言う事だ。なっ? ショウタ?」


「あっ、あぁ。いや~はははは」


 やばいやばい。思わず王子ってのを喋っちまう所だった。

 いずれ王子が語る時は来るかもしれないが、それは今俺の口から言うべき事じゃねぇや。


「おい? ショウタ! 誰が筋肉ダルマだって? ふ~ん、なるほどなぁ。 お前はずっとそう思っていたのか」


「え? ちょっと、言葉の綾だから! 先輩……落ち着いてくれ。止めろって手をワキワキさせてにじり寄るのは。それトラウマなんだからよ。 あっ! おう……ヴァレンさん! なんで後ろから羽交い絞めしてるんですか! 言い掛けたのすいませんって! 先輩…止めろって。イタタタターーーー!」

   ・

   ・

   ・

   ・

   ・

「はぁはぁはぁ。相変わらず先輩のアイアンクローは必殺の威力だな……ガクッ」


 うっかりメアリに王子の素性をばらしかけてしまった事へのお仕置きを兼ねた先輩のアイアンクローから解放された俺は、その場に倒れ込んでしまった。

 大抵の攻撃を受け止める体になっている俺だったが、先輩のアイアンクローは当時と同じく途轍も無く痛かった。

 姉御のパンチもそうだが、二人の血を引いている嬢ちゃんの攻撃が俺に効くのは確実に遺伝だな。


「おい! ショウタ! 早く起きろ! 俺も暇じゃないんだからな。会議を始めるぞ」


「はいはい分かりましたよ。ったく」


 俺は寝そべっていた床から起き上がり席に着いた。


「まず警備に関してだが、広場に設営された式典舞台の周りに教会付きの騎士達が警護に当たる事になっている。そして広場の周囲には、警備隊が広場に繋がる通り毎に配置され、不審者が乱入しない様に見張るとの事だ。で、俺達ギルドに関しては警備隊の補佐がメインだな。街の巡回警護の依頼も来ている」


 先輩がギルドに届いている警備計画の全貌を話してくれた。

 これって、本来かなり機密の筈なのだが、ここまで喋って本当に良いのか? ギルドマスター先輩さんよ。


 と、そんな疑問も湧いてくるが、助かるのは確かだ。

 しかし、警護に関して思ったより厳しいな。

 広場内での工作は、ほぼ無理だろう。

 俺達は机の上に広げられた街の見取り図を見ながら頭を捻った。


「ふむ……。ショウタよ。お前は昨日見えない場所から遠隔で超広範囲の浄化を行うと言う常識外れの事をやってのけたが、今回はどうだ?」


 う~ん、確かに範囲浄化みたいな魔法なら発動地点が見えなくとも、座標さえ分かれば使えるんだが……。


「え? 小父様! 昨日そんな面白い事をされてたんですの? 私を置いてお父様達だけで? ズルいですの! 私も見たかったですの!」


「うおっ! ゆ、揺らすな揺らすな」


 そ、そうか、魔法オタクのこいつなら、そりゃ興味有るよな。

 俺達が隠れて魔法で遊んでいたと思い込んだメアリが俺の腕を掴んで駄々っ子みたいに引っ張って来た。

 魔族の事は王国に繋がる話なので勿論内緒にしているから、昨日の事も詳細はメアリに話しておらず、勘違いされても仕方が無い。


「分かったって、今度見せてやるよ。それより、今回のはさすがに視認出来ないときついな。舞台の上で動かれたら対応出来ねぇし。まぁ、距離に関しては見えてさえいれば良い。とは言え、あまり遠いと魔力がきついっちゃきついし、その距離分、魔力供給を悟られる可能性も出て来るな」


「そうか……。ガーランドよ、何処か良い所は無いか? 警備が薄く周りに気付かれず、程よく近くで舞台が見える様な場所は」


 う~ん、かなり都合の良い要求だよな。

 けど、確かにその条件の場所が有るなら失敗しないだろうけどよ。


「そうだなぁ~。地図で言うと広場はここで、舞台は教会の反対側のここに、教会を正面にする形で設置される。式典の最後に司祭が教会に向かって祈りを捧げる為にな。と言う事はだ。それまでは見物客含めて教会を背に式典が進められる。だから、ここならどうだ?」


 先輩がにやりと笑いながら地図の有る地点を指で指し示す。


「ああ、なるほどな。それはいい」


 皆その場所を見て満足そうに頷いた。

 先輩の情報通りなら、その場所以上におあつらえ向きな場所は無いだろう。

 そもそも今回の様に、神に喧嘩売るような罰当たりな事を仕出かすには特にな。

 それに、そこからの眺めは最高だろう。初めて見た時から一度は登ってみたいと思っていたんだ。

 そこはこの街で一番高い場所。


 そう、この街の名物である教会の尖塔だ。

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