第22話 神の使徒


「小父様? どうされましたの?」


 はっ! いかんいかん。神への怒りで思わずトリップしていた。

 しかし、よく考えたら神がやった事を素直に信じて喜んでた俺が間抜けだったわ。

 神の作った攻略本なんて、『大丈夫! 神の攻略本だよ!』じゃなくて『大丈夫? 神の攻略本だよ?』じゃねぇか。

 記憶の中の母さんまで嫌いになってしまいそうで心が痛い。

 いや、それより今はメアリの事だ。


「す、すまん! ちょっと自分の間抜け具合に打ちのめされたていただけだ。そんな事よりどう言う事だ? 俺のその間抜けなミスは教会の時に既に気付いていたんだろ?」


「間抜けだなんて! そんな事を言わないで欲しいですの。小父様は素晴らしい方ですわ。理を破る者と言うだけでなく、先程の魔法の使い方の考察も含め、その考え方も興味深いですの。許されるならこのままずっと、小父様と魔法のお話をしていたいですの」


 メアリはそう言って、魔法オタク的なキラキラとした目で俺を見て来る。

 本当にこいつは魔法の事になるとダメだな。

 

「魔法談義は今度考えてやるから、取りあえず今はお前の事だ。どうもお前の言いたい事が繋がらねぇ。お前さん最初に『聖女じゃないと信じさせたい』とか言ったよな。それなのに俺の指し示した道に進む決心をしたとも言っていた。矛盾してないか?」


「す、すみませんですの。ついつい魔法のお話が楽しくて……。魔法談義の件、よろしくお願いしますの! 私のお願いについては確かに繋がっておりませんでしたの。片方は小父様とお話している内に、自分の気持ちを抑え切れず思わず口から出てしまった事で……すみませんですの。本日お会いしに来た本来の目的は一つでしたの」


 うっ、話を進める為に言った魔法談義がいつの間にか決定事項にされた。こいつ本当に魔法の事が好きなんだな。

 しかし、本来の目的は一つか。

 まぁ理を破る俺が『指し示した道』と言う事で一度は決心したんだろうが、聖女なんて色々と自由が無さそうだしな。

 面倒臭いと思っても仕方有るまい、なにせ俺がでっち上げた偽聖女で更にそのカラクリも分かってるんだしな。

 のんびり生きたいと思っている俺としてはその気持ち分かるぜ。


「本来の目的って、聖女を辞めたいって事だろ? 何だかんだ言って14歳の女の子だ。周りからのプレッシャーで嫌にもなるよな。いいぜ、俺に出来る事なら何でも力に乗ってやるぜ」


「え? いえ、そちらの方が抑えきれなくなった方ですの……」


「は? そんじゃあ、聖女として鍛えて欲しいとか? いやこれも繋がらねぇか。結局俺に何をさせたいんだよ? 分かる様に言ってくれ!」


 聖女になるのが嫌と言うのが俺と話して抑えられなくなったって?

 おじさん訳分かんねぇよ。

 あっ! いやアレか! 実際会ってみた俺が口の悪いちゃらんぽらんなおっさんって事に幻滅して嫌になったって事か?

 そいつはすまねェな。元より俺はお前に聖女としての生きる道を押し付けたつもりは無ぇんだ。

 そう言や、メアリの具体的な願いはまだ一つしか聞いていなかったな。

 何やらもう一つの道とは言っていたか。


「ほ、本当にすみません……ですの。ヒック」


 げっ! メアリの奴、顔真っ赤にして目に涙を溜めてやがる。

 しまった! 神の罠にイラついてたのをメアリにぶつけてしまってたか。


「あ~ゴメンゴメン! 泣くなって! おじさん別に怒ってねぇよ。元より俺が身代わりとしてメアリに迷惑かけたのが原因だ。お前の願いは何で聞いてやるから、な?」

 

「グスッ。ありがとうですの、小父様。でも私がいけませんでしたの。最初から順を追って話さなかったから。私の事をどうか嫌わないで欲しいですの」


「何言ってんだよ、嫌わねぇって。そもそもお前を嫌う奴なんて居ねぇよ」


「……(他の人の事なんてどうでも良いんですの)」ボソッ


 ん? 急に顔を伏せて何か言ったっぽいが聞き取れなかった。

 幾ら周囲から人払いをしているからって、昼間のギルドの酒場だ。

 普通に五月蝿ぇ!

 魔法にしても阻害と位相変移だ。外部の音は丸聞こえだ。

 こんな事ならセレクション取捨選択も使って外部の音を遮断しておくんだったぜ。


「今なんて? すまん周りのバカ達の所為で聞こえんかったわ」


「いえ、何でもないですの。本日小父様にお願いしに来たのは、他でも有りませんの。魔法の理を破りし者である小父様にその方法を教えて頂きたいと思って。本来ならそれを教えて頂けるのなら、聖女の道を進んでも良いと思っていましたの」


 あ~、そうかぁ~。もう一つの道ってそう言う事だよな。

 俺が魔法を使える事を知っている奴は、ダイス以外にも何人か居るが、両方使えるのを知っているのは、さすがにダイスだけだ。

 アレも俺の間抜けな失敗でバレたんだが、魔法と縁遠いあいつは、その凄さが分からずに『不思議ですね~』で済ませてたな。

 他の奴等には、必要に応じてどちらかしか見せていなかった。

 今回も念の為、片方ずつにしてたんだがなぁ~。


「あ~、それなんだが、俺は別に何かしたから使える様になった訳じゃ無ぇんだよ」


 神は『いずれ使える様になるよ~』としか言わなかった。

 その『いずれ』まで十四年掛かって、しかも切っ掛けは力の暴走だから、なにか特訓したから使える様になったと言う訳でも無いんで教えようが無ぇな。

 そもそも、俺はこの世界の住人じゃ無いから全てが当て嵌まらないんだがな。


「そう……なんですか。やっぱり小父様は使だからなのですね……」


 ……!!

 メアリが言ったその言葉に、俺は頭の中が真っ白になった。

 『神の使徒』だと?

 心の奥から怒りと言う名のマグマが吹き上げてくる。

 

「ど、どうしました小父様? 急に怖い顔をして?」


「違うっ!! 俺はあんな奴の使徒なんかじゃねぇ!!」


 あまりの怒りに俺の口からマグマの如き怒号を吐き出した。


「キャッ!! ご、ごめんなさい……ヒック」


 怒りを吐き出した後、少し落ち着いた目の前には両目から涙をボロボロと零して絶望したかのような顔で俺を見ているメアリが居た。


「すまん! メアリ泣かないでくれ。本当にゴメン」


「私、小父様に嫌われて……ご、ごめんなさい。う、うぅ」


 何やってんだ俺は! こんな小さい子の言った事に腹を立てて。

 しかもメアリは俺の事情も知らない、を普通に敬愛しているだ。

 『神の使徒』って言葉は普通に褒め言葉なんだろう。

 それなのに、クソッ!


「いや、嫌ってないって! 本当! おじさんメアリのこと大好きだから!」


「……本当……ですの?」


 メアリは泣き止み俺の言葉の真偽を問い質す様に聞いて来た。

 助かった……。このまま逃げ出されて疎外の範囲外に出られたら、さっきの暴動が再び起こり今度は止める術が無ぇ。

 聖女を泣かしたって事で街追放どころか国外追放……いや、死刑も有り得るな。

 俺も怒りに任せて女の子泣かすなんて情け無い罪で逃亡生活はさすがに精神的に死にそうだ。


「あぁ本当だよ。お前に怒ったんじゃないんだ。だから泣かないでくれ」


「良かったですの~。それに大好きだなんて照れますの~」


 メアリは泣いたカラスは何処吹く風と、なにやら嬉しそうに頬に両手を当ててクネクネと身体を揺らしている。

 良かったのはこっちの方だぜ。危うく情け無い理由の逃亡生活を始める所だったわ。

 しかし、こんなおっさんに大好きって言われて嬉しいもんかね?

 同い年の嬢ちゃんなら『キモイです。セクハラで訴えますよ?』とかいって来そうなものなんだが。

 思わず咄嗟で言ってしまったが、元の世界なら完全に事案で通報されてるわ。


 っと、他の連中には今のは気付かれて無ぇよな?

 ……よし、大丈夫だな。

 予め位相変移に周波数上限設定してたんで、一定以上の音量はサチるから大抵の事は大丈夫な筈では有ったんだが一応な。


「怒ったのはアレだよ。昔神を騙る奴に酷い目に会わされてな。それを思い出しちまったんだ。本当にすまん」


「まぁ、そうだったですの? 神をかたるなんて酷い人も居るなんて、許せませんですの」


「あぁ、とんでもないだ! 今度会ったらぶっ飛ばしてやる」


 ふぅ、何とか誤魔化せたな。

 しかし、『神の使徒』か。

 その言葉が間違っちゃいないのが腹が立つ。

 なにせ神本人がそう言ってたしな。


 確かあれは珍しくチュートリアルとしての役割を果たしていた時だ。

 その頃は記憶の中では母さんに魔法を教えて貰っていたが、一向に使えなかった。

 だから俺は神に聞いたんだ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 「ねぇ神様? 記憶の中では魔法の事教わったけどぜんぜん使えないんだけど何で?」


 記憶の中の母さんは、魔法が使えない俺にも怒らずに丁寧に教えてくれた。

 それに元の世界のお母さんと違って、とっても美人で優しかった。

 まさに理想の母親! って感じの完璧な母さんだったんだ。

 

《フヒヒフヒッ。そうかい、そうかい。そんなに美人で優しい母さんの事が恋しいのかい? そうだろう、そうだろうとも。フヒヒ》


「なっなんだよ! また頭の中見たな! いいじゃないか。だって記憶と言っても、死に別れて一ヶ月も経って無いんだから。神様酷いよ! ここまでリアルな記憶を差し込む必要有ったの?」


《それを言われると、私の胸も痛むよ~。一応君が今後この世界で生きていく術を教える為に、出来るだけリアルにする必要が有ったんだよね。本当にゴメンよ。でも実際色々と助かっただろ?》


 絶対胸なんか痛んでないと思う。

 けど、色々助かったのは事実なんだよな。

 父さんからの剣の手解きは魔法が使えない僕にとって、凄く役立っている。

 それに母さんからは魔法以外にもこの世界の一般常識を教えてくれたし……幾つか田舎者って笑われたのも有るけど、まぁ実際僕の住んでいた村はド田舎だったからしょうがないよね。

 でもそこら辺にリアルさは要らなかったかな。普通に都会の知識で良かったと思うよ。


「まぁ役に立ってるのはそうなんだけどさ」


《だろだろ? 私もあの時間はとても素晴ら……ゲフンゲフン》


「どうしたの神様?」


《いやいや、なんでも無いよ。こっちの話さ。それより魔法が使えないって話だけど、最初だけだよ。敵を倒していって経験を積めば、いずれ使える様になるよ。ゲームみたいにね。しかも喜んでくれたまえ! 全ての魔法をさ! う~んなんて太っ腹》


「全ての魔法かぁ。何か凄そう。母さんも治癒魔法とか言うのは使えなかったみたいだし。怪我した時も『こう言うのは唾付けたら治るのよ』って舐めて来たしね。アレだけはちょっと馴れなかったなぁ」


《母さんだってね、アレだ。一応この世界の住人をモデルとしているからね。フヒヒ。ほら君は使としてこの世界に連れて来たから特別なんだよ。本来なら色々と大変……いや、君には関係無いから良いか。まっ、この世界のルールを破るには君みたいに他所から連れてくるのが手っ取り早いって事さ》


 フヒヒってさっきから笑ってるけどちょっとキモイなぁ~。

 しかし、早く魔法が使える様になりたいなぁ~。

 魔法剣士って響きがかっこいいモンね。

 そして魔王とか倒して英雄……いや漫画とかゲームじゃ勇者だな。

 勇者 北浜 正太! うんうん良い響きだ。


「よし! いっぱい冒険して有名になって皆からチヤホヤされるぞーー!!」


《うんうん、頑張ってくれたまえ。私達も楽しみだよ》


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ……ふぅ、あの頃は夢に溢れていたよなぁ。


 何が『ゲームみたいに』だ。

 幾ら倒しても魔法はおろか強くさえならない。周りの皆は俺を置いて強くなって行きやがったのによ。

 それにあの『フヒヒ』って、今思うと絶対罠の事で笑いを堪えてやがったんだろうぜ。腹が立つ。


 しかし、どうしたものかな? 俺が使えるのは他の世界からの使徒として来たから使えるだけだ。

 この世界のルールには縛られないからよ。

 しかし、奴が言っていた通り、この世界の住民は本来なら……。ん?


 ?


 何だこの言い回し? それに何か言いかけて止めてたよな。

 その後『俺には関係無い』とも言っていた。

 そして、ルールを破るには俺みたいなのがだったな。


 と言う事は、だ。


「あ、あの~? 小父様、先程から独り言を仰っていますがどうしたんですの? 無理なら私諦めますの。あのその、その代わり……私……」


「メアリっ!!」


「は、はひ!!」


 俺が急に大声で名前を呼んだ事にびっくりしたメアリは、変な声を上げて目を丸くしている。

 何か諦めようとしていたが、そんな事は必要無い。


「無理じゃないかも知れねぇぜ!」

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