第6話 嫌な予感
「ふむふむ、魔物に襲われた現場は大きく分けて北と西か……。んで、重傷者は北の森近くの放牧場でやられた、っと」
俺は草原を北へと走りながら、先程街の正門で門番に教えられた情報を呟いた。
ダイスからの伝言で俺が通ったら伝えて欲しいと頼まれていたらしい。
あいつは本当に気が利く奴だ。たまに利き過ぎて面倒臭い所も有るんだが、あいつにはこのまままっすぐ英雄への道へと進んで欲しい。
俺みたいにならない事を祈るぜ。
で、ダイスの伝言にはギルドの作戦情報も含まれていた。
今回の事件は時系列で言うと、俺が今向かっている北の放牧場を皮切りに南西方向に被害が広がっているらしい。
そして、敵はやはりジャイアントエイプ。但し、何故か集団で居る所を目撃されている。
南西方向は広大な畑が広がる穀倉地帯となっており、街の住民が農作業に出向かう他、数十人規模の集落も点在しているので、そう言った人々が襲われているらしい。
因みにジャイアントエイプは肉食では無く、普段は果物やキノコ等と言った森や山の幸と言ったものを主食にしており、そりゃあ畑の作物なんか大好物だろう。
要するにジャイアントエイプは食い物の香りに釣られて北から西の農地まで流れて来たって事だな。
そこでギルドは北と西へ二つの部隊に分けて派遣し、挟撃する作戦に出たとの事だ。
部隊の内訳は西の穀倉地帯にダイスのパーティーを主軸とした大部隊を派遣して、現在ジャイアントエイプの侵攻を食い止めている警備隊に協力、そして、グレン……、あぁ昨日ギルドで俺を馬鹿にしていた教え子の名前だ。
そのグレンとCランクのパーティー2つの小部隊をまず北の放牧場に派遣して状況確認後に南西に進攻し敵の背後から奇襲すると言うのがこの作戦の大まかな内容だ。
まぁ、ここまでは良い判断だな。俺でもそうするし、基本的には間違っちゃいない。
恐らく皆は、北の森の更に北、ジャイアントエイプが棲家にしている大樹海で、何らかの不作が発生し、それが原因でジャイアントエイプが食べ物を求めて、この森まで南下して来たと考えているだろう。
教会での事を知らないからな。
いや、これは間違いか。なんせ教会の奴ら自体が瘴気の存在に気付いていなかったんだ。
どっちにしろ同じ作戦で行っていたか。
「ふぅ、Cランクパーティーじゃ荷が重すぎるな。グレンも生意気な馬鹿と言えども俺の元生徒だ。無事だと良いんだが」
俺は確信めいた嫌な予感にポツリと零し、凄まじいまでに通り過ぎる景色を、更に後方へ追いやる様に
全力のブーストによって加速された俺は背後に砂埃を巻き上げながら草原を駆け抜ける。
傍から見たらとんでもないビジュアルだろうな。
まぁ、誰も見てないし、例え旅人に偶然見られても、通りすがりの魔術師に掛けて貰ったとでも言えば良いし、何より街から放牧場は普通に走ると一時間ぐらい掛かるんで、真面目に走るのは馬鹿らしいので楽したい。
暫く後、前方に放牧場を示す旗が見えて来たのでブーストを解除して普通に走る。
ギルドの連中に見られるとさすがに誤魔化すのが面倒臭い。
「あれ? 誰も居ないのか?」
放牧場に着いて周囲を見渡したが、先に来ている筈のグレン率いる冒険者達の姿は無かった。
てっきり怪物と戦っている場面に遭遇するかと思っていたのだが、ざっと見渡した感じではそこでバトルが有った様な気配は無い。
それ所か、辺りには少し強いが心地良い風が南から吹いており、傾きかけた太陽の光を浴びキラキラと輝いて草原を揺らしている。
……う~ん、実に平和だ。
本当にここで惨劇が起こったのか? なんかこのまま寝転んで、これから茜色に染まっていく、緩やかに流れている雲でも眺めていたいんだが。
少し目を凝らして遠くを見回しても人影は見えないな。グレン達はもう南西に移動したのか?
追い抜いてはいない筈なんだがなぁ~?
と言う事は、嫌な予感は俺の思い過ごしか。
まぁ、悪い事なんて外れていた方が良いんだから、それはそれでいいんだが……。
俺の予想ではこうだった。
ジャイアントエイプ自身は瘴気なんて纏わない。
なので、瘴気を纏う何らかの存在が、ジャイアントエイプの住処に現れたのだろう。
そして住処を追われたジャイアントエイプが街の近くにやって来た? いやそれじゃ30点だな。
単独行動のジャイアントエイプを集団で追い払う存在。
そんな奴が居たとしたら、ジャイアントエイプだけじゃない、他の森で生活している獣や魔物も逃げ出しているだろう。
そこで、思い起こされるのが、ここ半年立て続けに起こっている怪物共の出没事件だ。
これら全てが繋がっていたとしたら?
しかし、これも満点の回答じゃない。せいぜい70点と言う所だ。
それは、何故か? ……ん、いや予想が外れたんだし、それは別にいいか。
怪我人が瘴気に侵されていたのは、別に今回の襲撃の所為と言えない場合も有るかもしれないしな。
過去に別の原因で瘴気に侵されて、それが今回の治癒に影響を与えたとかなんとか……。
いや、俺はそんな事例知らないが。
ジャイアントエイプの生態も人間が思っていたより色々有るのかもしれない、今回のような怪我の状態になる攻撃方法や集団で移動している事も、誰も調べていなかっただけで、あいつらにとっちゃよく有る事なのかもな。
う~ん、今回の事を論文にでも纏めたら、どこかの研究機関が買い取ってくれねぇかな?
「はぁ~、真相が分かればなんか一気に疲れたわ。俺一人で頑張りすぎじゃね? まぁ怪我人が出たから笑い事じゃないんだけどな。ジャイアントエイプだけならダイスやグレン達で何とかなるだろ。んじゃまゆっくり後を追いますか」
予想が外れて、安心した様な、残念な様な、そんな少し複雑な心境を振り払うべく、軽い愚痴を呟きながら、穀倉地帯の方へ足を向けた途端、急に風向きが大きく変わり、辺りに強風が吹き荒れ寝癖でボサボサの髪が更乱れる。
「うおっ! 春の嵐って奴か? ぺっぺっ。口に砂が入っちまったぜ……って、え?」
吹き荒れた風に文句を言った俺だが、その風に絡まる様に、微かな血の匂いが鼻孔を掠めたのを感じた。
その瞬間、振り払い霧散した嫌な予感が、再び頭の中で形を作り出し始める。
「今の匂いは何処からだ? あの重傷者の残り香か? しかし、それにしちゃあ、少しばかり新鮮だった……」
俺が匂いの元を探る為、風上に目を向けると、視界の先には小さく北の森の端が見えた。
方向的にはジャイアントエイプがやって来た方角だな。
『――――っかり……ろ』
さっきまでは聞こえなかったが、風向きが変わった所為だろうか、血の匂いと同じく微かに誰かの声が聞こえた。
しかし、小さすぎて場所の特定が出来なかった。
風に乗って来たなら北の方なのだが?
「あれ? そう言えば?」
声の主を探ろうと風上の方を見回した所で、目の前に広がる風景に違和感を覚える。
「家畜は何処だ? 放牧地なら居てもおかしくないだろう?」
一瞬一緒に避難したのかとも思ったが、教会での状況を顧みるにそんな余裕が有ったとは思えない。
自分達だけで逃げ出すのに必死だっただろう。
なんせ、走っても一時間は掛かる距離だ。あれだけの重傷者を連れて逃げるのに家畜の事まで気を回したとは思えない。
家畜達もジャイアントエイプに怯えて逃げ出したとも考えられるが、襲撃されてから何時間経った?
一頭や二頭戻って来ててもおかしくないだろう。
しかし、見渡す範囲家畜の姿は影すら見えない。
『―――-れか! たすけ…――-』
「!!」
また声が聞こえた。しかもどうやら助けを求めている声の様だ。
先程より大きい声なのか今度はおよその方角が分かった。
声だけか? 剣戟の音なんてのは聞こえないようだが?
「森の方だな。くそ! やっぱり嫌な予感程良く当たりやがる」
俺は吐き捨てる様にそう呟くと森に向けて走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます