第28話 魔の森に住まいしケモノ






 デルカ近郊に位置する魔の森と呼ばれる場所、そこでは数人のデルカに所属するハンター達が走っていた。


 そんな彼らが森を走る理由。

 それはラッドボアの上位種に当たる、クレイジーボアという魔物を追っているからだ。


 その魔物は油断出来ない程に強靭で発達した肉体を持っているが、下位種の頃から変わらず頭が弱い。単純な構造の罠ですら有効であり、簡単に仕留められる。そんな何てこと無い相手だった。


 彼らは今日もいつもどおりに罠を仕掛け、手早く狩る予定だったのだが――


「おいガキンチョ共、逃げろ!!」


 ――この日の森はいつもと違い、とてもピリピリしていた。

 その影響で罠を勘付かれたり、こちらが視認するよりも先に気配を察知されたり逃げられたりと……全員が上手く動けない日だったのだ。


「今日の森はやたら殺気立ってやがんな……」

「近くに強力な魔物が潜んでいるのかもしれん、警戒を怠るなよ」

「あぁ」


 今彼らが追いかけている個体が走り出したのも、そのミスの一つが原因となっている。

 更に運の悪い事に、クレイジーボアの目に偶然子供の姿が映ってしまった。そんな彼らを視認すると同時にクレイジーボアは走り出し、それに気が付いた仲間の一人が警告したのがついさっきの出来事だ。


 その様子を見てしまえば逃げられる彼らでは無く、全員で並走しながら攻撃を加えて必死に視線を自分達に向けさせようと努力していた。


 だが下位種以上に強靭な肉体を持つクレイジーボアは、前だけを見て走り続ける。

 その上に無駄な体力を付けたクレイジーボアはこちらの攻撃を物ともせず、魔の森を疾走し続けた。


「周りを警戒しなきゃならないのは分かってるんだが、それでもまずは……」

「あぁ、何としても奴の足を止めるんだ!」

「「「おう!!」」」


 そうして彼らは更に気合を入れたのだが、彼らの目には少し先を走る子供達が何か話している様子が映る。

 耳の良い仲間の一人がその会話を聞いたらしく、その仲間は顔を真っ青にした。


「不味い、この先は峡谷だ!!」

「何ぃ!? あそこはまだ先だろ!!」

「そんだけ俺達も走らされたって事だろ。……あー、クッソ! 先行してガキを拾えねぇか試してくる!!」

「頼んだ!!」


 彼らの中で一番足の早い人物がギアを上げ、ハンター集団とクレイジーボアの先を走る子供達の元へ急行し始めた。

 いつもはリスクを嫌う彼にしては、とても珍しい行動なのだが――


「クッソ、間に合わねぇ!!」

「なら戻れ、お前まで落ちちまったら二度手間だ!!」

「……ッチィ、悪いなガキンチョ共。絶対に戻ってくるから少し待ってろよ!!」


 ――間に合う事は無い。


 クレイジーボアに追いかけられていた子供達は崖下へ転落してしまい、一方の先行していた仲間とクレイジーボアはギリギリの所で踏み止まった。

 落ちた先で戦闘が起きない事を考えれば、クレイジーボアが落ちなかったのは不幸中の幸いと言えるだろう。


 急いで峡谷を下りて子供達を助けに向かいたい彼らだったが、それはクレイジーボアを倒して周囲の安全を確保してからでなくてはならない。

 そう決めて仲間の一人が街へ救援を呼びに行き、残りの面々で戦闘を始めた頃。


 彼らの耳には子供達の落ちた峡谷から狼の鳴き声のような音と、強い風の流れる音が届いた……






 ――――――――――――――――――――





「絶対に戻ってくるから少し待ってろよ!!」


 僕達が身長二つ分程落下した頃、魔物と一緒に走って来ていたハンターの言葉が僕達の耳へ届いた。

 でも――


「……いやいやいや、どうしろってんだヨォ!?」

「ひぃぃい!!」

「まぁまぁ、落ち着いて二人共」

「「お前ギルバード君は落ち着き過ぎ!!」」


 確かにまともに落ちれば大怪我……最悪は即死してしまうかもしれない。だが人間とは案外頑丈なモノで、頑張れば軽傷に留められるのだ。


 一応は保険として、マジックアーマーを作り出そうとしたその時……峡谷を落下する僕達の元へ、一筋の白い線が近付いて来た。


 その線は高速で衝突するかと思う程の勢いで近付き、僕達は身構えるが……そんな事は起きなかった。

 僕達に近づくと急に速度を落とした線……それはどうやら狼の様な生き物だったらしく、僕達三人を優しく捕らえると再び高速で走り始める。


 何も分からないままにしばらくじっとしていると、次第に狼は立ち止まり僕達を地面に下ろした。


「うぉっとっと、危ない危ない……」

「いてて……もう少し優しく降ろしてくれよ……」

「えっと、ここは……?」

『私の住処だ』


 僕達の声に反応したのは、僕達を拾い上げた白い狼だった。

 ロイもエミリーも固まるが、僕はとりあえず感謝の言葉を述べる事にした。


「えーっと、助けてくれてありがとう……で良いのかな?」

『気にするな、気が向いただけだ』


 帰ってきた言葉は実に素っ気ないモノだった。

 ちなみにこの間……エミリーは狼の綺麗な毛並みに手が向かうが、それは全て避けられている。


 こうして話をする僕達だが、狼の口元は一切動いていない。

 不思議に思っていると当人が『魔法を介して、貴様ら人間の言葉にしている』と教えてくれた。


「魔法で会話を行うって……お前まさか、フェンリルか?」

「フェンリルって……?」

「遠い昔、この世界に存在したって噂の種族だ。今じゃその姿は見られないと思われていたが……」

『そこの小僧の言う通り、私はフェンリルだ。名をフェンと言う』


 僕達を助けてくれた狼、フェンに続いて自分達も自己紹介をした。

 そしてフェンの種族を推理したロイは、更なる質問をフェンに投げかける。


「……折角の機会だから、アンタに聞きたい。何でフェンリルは世界から姿を消したんだ?」

『ほう、人間はもう忘れてしまったのか。ならば教えてやらねばなるまい、長い長い昔話だ……座して聞くが良い』


 フェンは僕達がが座るのを確認すると、自分も伏せた状態になり……少し悲しそうな顔で語り始めた。


『我らフェンリル一族は遠い昔、繁栄を極めていた――』


 フェンリルは元々、狼系の魔物を司る存在だった。

 だから他の魔物と同じように、全ての個体が無から生まれていたらしい。


 だがフェンリル達は次第に知能を高め、強靭な肉体と知能を兼ね備えた個体が長生きするようになった。

 そうするとフェンリル達には子孫という存在を残す術を身に着け、やがてフェンリルが無から現れる事は無くなった。

 人間と同じように、肉体を持った親から生まれるようになったのだ。


 そうして数が増えれば必然的に、人間との接触もするようになる。

 多くのフェンリルは未知の存在である人間に興味を示し、その世界を知るために人間のパートナーを持っていたらしい。

 決して多くはないが、少なくもないフェンリルが人間の世界へと飛び出していった。


 時には人間と共に闘ったフェンリルは、肉体が強靭で知能が高いだけでなく……上質な毛皮までもを持っていた。

 そこに目を付けたのもまた愚かで強欲な人間であった。


 とある貴族はその毛皮欲しさに、幾頭ものフェンリルをパートナーから奪い取り殺したという。


 やがてはフェンリルの毛皮が貴族の中で流行の一品となり、これを稼ぎ時と見た人々は成熟した個体だけでなく……時には未熟な子供までもを乱獲してしまった。

 時にはパートナーを心の底から愛し、共に世界を走り回っていたような人物からも相棒を奪い去る。


 フェンリルは人間の負の側面を叩きつけられ、その種の全てが人間の前から姿を消した。

 一説には絶滅した、人間を見限ってどこか遠い地へ行ってしまった等と色々考えられていたらしいが――


『――これが、貴様ら人間が失伝した過去の一つだ』

「なら、どうしてフェンさんは……私達を助けたんですか? そこまでの事があったのなら、それを忘れた私達や……人間を恨んでいるのでは無いのですか?」

『貴様には関係ない、気が向いただけだ。それに記憶や記録はいずれ消えてしまう、儚く脆いモノだ。私とてそれは例外ではないのだから、そこに文句を言うのは筋違いだろう?』


 ――なればこそ……こうして私と貴様等のように、知らぬ者が知る者に話を聞き、また知った者が誰かに教えてやれば良い。


 そうは言うフェンだが、やはり人間を深く恨んでいるらしい。

 話をする間の目付きは、非常に厳しいモノだった。


「じゃあついでにもう一つ教えてくれねぇか?」

『ほう……良かろう、答えてやる。小僧は私に何を聞きたいのだ?』


 ロイは語り部となったフェンに、一つの質問をする。


「世界樹は、この魔の森にあるのか?」





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