恐怖! 村に迫る危機!

「六郎……聞きなさい六郎」


「うおっ、誰だ?」


 夜中に目を覚ました六郎は辺りを見渡す。


「声はすれども姿は見えず、夢か?」


 見えなくとも何かがいるような感覚がする。


「夢ではありません、私はバステト」


「なに!? バステト神か!?」


 突然の神との交信に動揺を隠せなかった。


「今あなたがいる世界に脅威が迫っています。あなたはその脅威と戦う運命にあるでしょう」


「脅威だと? なにか危険な怪物とでも戦うということか?」


「それはまだわかりません、しかしいずれわかります。フィオナの家族を探しなさい、そうすればあなたはその運命にたどり着くでしょう」


「しかしこの世界の脅威であれば、この世界の人間に任せるべきではないのか?」


「たしかにそうかもしれません。しかしその脅威がその世界を破壊しつくした場合、あなたの世界にも影響を及ぼす可能性もあります。それはあなたも望んでいないはず」


「なっ、もしそんなことになれば大変だ。バステト神よ、あなたの言葉は確かに受け取った」


「今日の話はここまでです。また近いうちに私から道を示します」


 話を終えると気配は消えてしまった。


「俺が寝ぼけていなければいいが……」


 六郎は再び眠りについた。









「大変だーーっ!」


 翌朝、村人の声で目を覚ます。


 なにが起こったのか、急ぎ六郎は村長の家から飛び出した。


 六郎の目に映ったもの、それは武器を構えた二十体程の人型の化け物達の集団であった。その中にはエジプトを徘徊していたミイラ達の姿もあった。


「なんだこいつらは!?」


 六郎はいった。


「六郎! こっちだ!!」


 物陰からポリデュクスとフィオナが六郎を招きよせた。


「やつらはなにものだ?」


 六郎は言った。


「あれは多分ネクロマンサーの私兵ね。あの死霊達を操っているなにものかがいるはずだけど」


 フィオナは言った。


「死霊だと? じゃあやはりあれは全て死体だっていうのか?」


「ええ、ネクロマンサーは死体を蘇らせ使役するの。この村は小さくて警備も少ないから目をつけられたんだと思うわ」


「村人だけでなく俺の仲間も捕まってしまった、皆が寝静まった頃を狙うとは卑怯なやつらめ」


 ポリデュクスは悔しそうに言った。


 死霊達の向こうに捕らえられた村人が見える。


「敵は二十人、こちらは三人だからな、多勢に無勢というやつか」六郎は言った。 「焼き討ちしよう、油はどこにある?」


「油なら倉庫にあるはずよ」


 フィオナがそういうと、三人は油を集め攻撃の準備を始めた。


 その時死霊達の中から一人の男が出てきた。


「ん~ふ~ん、もうほかに村人はいないようね~ん♡」


 露出度の高いローブを着た痩せ型の男がそう言っている。どうやらこの男が噂のネクロマンサーらしい。


「あなたが村長さんかしらん♡?」ネクロマンサーは村長の顔を覗き込む。 「なかなかいい男ねん♡」


「顔を近づけないでくれーーっ!」


 村長は底知れぬ悪寒に身悶えた


「あら、まだ殺しはしないから安心していいわよ♡ それともあなただけは生かしておいてあたしの家で飼おうかしら♡」


「いやだーーーっ!!」


 おぞましさが伝わる村長の矯正、このままでは村長の貞操が天に召されてしまう。


「やつが黒幕だな」


 六郎は言った。


「間違いないだろう、攻撃を開始するぞ」


 ポリデュクスはそう言うと武器を構え始めた。


「随分変わった武器だな。鉄砲の一種か?」


 六郎は言った。


「もっと古い、これは名匠カリニコスが作った武器「ギリシャの火」だ」


 ギリシャの火とは古代に製作された火炎を発射する攘夷兵器である。古くは海上での使用を想定されたものであり。一度燃え始めれば長時間燃え続けることから画期的な攻撃武器であったという。その技術が受け継がれているとすれば小型にして兵士に持たせることは不可能ではなかっただろう。


 ポリデュクスは死霊達の密集地帯に向けて打ち込んだ。乾燥して可燃性の高い死体達には効果的なのか打ち込まれた火炎は十数体の死霊達を容易に焼き払った。


「ちょっと! なによ!?」


 ネクロマンサーは叫んだ。


「フィオナ、給油を頼む」


「わかったわ!」


 ギリシャの火は多量の油を必要とする。そのため攻撃ごとに給油が必要になるが絶えず給油できるのであれば爆発的な火力を発揮するのだ。


「驚いたな、こんな面白い道具があるとは」ギリシャの火を見て六郎は続けた。 「俺も見せてやろう、火遁、火炎放射の術!」


 六郎は炎の塊を放つ、残った死霊達は残らず焼き払われた。


「魔法が使えるの!?」


 フィオナは驚きながら言った。


「魔法ではない、忍術だ」


「シンジ! カヲル! etc...よくもあたしの可愛い死霊達を! だれよあんたたち!?」


 ネクロマンサーは言った。


「俺達はこの村に世話になったものだ。それにお前が作り出した死霊がエジプトで暴れている。その借りを変えさせてもらうぞ」


 六郎は言った。


「いいぞーーっ!!」「がんばれーーーーっ!!」


 村人達は二人の活躍に興奮し声援を送った。


「さてはあんたたち、異世界から来たとかいうやつらね?なかなかいい男じゃない♡」


「お前もな!」


 六郎はナイフを投げつけるがネクロマンサーは難なくかわす。


「あらん、素敵なアプローチね♡ ますます気に入ったわ♡」ネクロマンサーは続けた。 「だから殺して私のお人形さんにしてあげる♡! とっておきのサービスよ!」


 ネクロマンサーは呪文のようなものを唱え始めた。


「なにをする気だ?」


 ポリデュクスが言った。


 三人が警戒して身構えると、それに答えるかのように死霊達が起き上がった。


「起きなさい、シンジ、カヲル、リョウジ、etc...」


「なんだと!? 体を焼かれながらも蘇るとは!?」


 六郎は言った。


「あらん、あたしは死霊使いよん♡? 死者は二度も殺せないわ♡」ネクロマンサーはミイラに頬ずりしながら続けた。 「あぁ……相変わらず逞しいわゲンドウ♡」


「もうだめだぁ……」「お終いだぁ……」「勝てるわけがない……」


 村人は口々に声を上げた。


「くそ、これではきりがないな」


 ポリデュクスはぼやいた。


「あたしのかわいい死霊達、そいつらを殺しなさい♡!」


「まずいな、一旦逃げるぞ!」


 ポリデュクスが言った。


「いや、逃げる必要はない」印を結びつつ六郎は続けた。 「風遁、暴風の術」


 六郎が術を唱えると、暴風が吹き荒れ死霊達を襲った。


「なんだ!? すごい風だ!!」


 村人達は驚き戸惑う。


 一般に人が吹き飛ばされるには風速40mが必要だといわれている。六郎が起こした風はそれよりも少し弱いものであった。しかし人間より軽いものであればそれで十分である。


 暴風は焼け焦げて乾いた死霊達の体を空に打ち上げ、そのままどこかへ攫ってしまった。


「ちょっと! なんなのよこれ!!」


 ネクロマンサーは酷くうろたえる。


「これでお前を守るものはいないぞ」


 六郎は言った。


「諦めろ、もうお前の負けだ」


 そう言いながらポリデュクスは前に出た。


「あたしのハーレムがっ……!!」ネクロマンサーは血の涙を流しながらこちらをにらみつける。 「来なさい!あたしの最高の闘士!」


 ネクロマンサーの声に答えるかのように地面の中から一体の死霊が這い出してきた。その死霊は身長五メートルはあろう筋骨隆々の怪物。茶色い毛に覆われたその巨体は牛の頭を持っていた。


「馬鹿な!?こいつはミノタウロスじゃないか!!」


 ポリデュクスが言った。


「この子は最近手に入れた掘り出し物なの♡今までに見たどんな死霊よりもすぐれた肉体を持っているわ♡ 更にこの子の体には鉄板を埋め込み防火処理を施しているのよん♡ あなた達に倒すことは不可能だわ♡」


 ネクロマンサーは自慢気に説明する。


「おいおい、ミノタウロスってあんなにでかいのか? 清海の倍くらいあるな」


 六郎が言った。


「初めて見たときよりもさらにでかくなっている……」


 ポリデュクスは言った。


 瞬間ミノタウロスのパンチがポリデュクスをめがけて打ちこまれる。


「うおっ!」


 間一髪回避するが、ミノタウロスの拳は地面に大穴を空け砕けた岩石の破片がポリデュクスに襲い掛かる。


「うおおおおおおっ!」


「大丈夫か!? ポリデュクス!」


 無残にもその体は破片に引き裂かれ大怪我を負ってしまう。


「まずったな……」


 倒れながらもポリデュクスは息も絶え絶えに口を開いた。


「ポリデュクスさん!」


「えらいわ、ミノちゃん♡ 他のやつらも殺しなさい♡」


 ネクロマンサーは言った。


「風遁、暴風の術!!」


 六郎は再び風を起こした。


「馬鹿ね、ミノちゃんの体重は八百キロ、吹き飛ばすつもりならあたり一帯はおろか村人ごと吹き飛ぶわよ!」


「俺が同じことをすると思うか?」


 六郎が起こした風は凄まじい暴風で小動物は吹き飛び、木の葉を散らす勢いだ。


「無駄よ!いい加減にしなさい」


 しかしネクロマンサーの顔色が変わった。暴風は村に置いてあった材木を持ち上げ、ミノタウロスに襲い掛かった。


「どんな巨大な熊でも槍で突き刺せば死ぬ! 巨大な材木が体を貫けばダメージは免れないはずだ!」


 木材はミノタウロスの体に勢いよくぶつかり、刺さりよろめかせる。


「ブモオオオオ……」


 しかしミノタウロスには大してダメージもないようだ。やはり死んでいるせいか。


「あきらめなさい♡ この不死身の巨体を倒そうなんて無駄よ、無駄無駄♡」


「くそ、今の俺にこいつを倒すすべが無い……!」


 六郎は悔しそうに拳を打ちつけた。


「さぁ死になさい♡! あたしは優しいから、苦しまないように殺してあげるわ♡!」


 ネクロマンサーはそう言い放つと、ミノタウロスに再度攻撃の指示をだした。


「諦めるな、六郎!!」大量に出血し身動きも取れないポリデュクスが叫んだ。 「地面だ、地面を狙え!」


「地面……? そうか、わかったぞ!!」


 六郎は印を結び、精神統一を始めた。


「んもぉ~、まだなにかするつもりなの~? さっさと死になさい!!」


 無慈悲にもミノタウロスは六郎の方へ向かい走る。まともに拳を受けてしまえばひとたまりも無いだろう。


「六郎! 逃げて!!」


「水遁、豪雨の術!!」


 突如暗雲が空を多い視界を奪うほどの雨が降り注いだ。


「うわーーーーっ! スコールだ!」


 村人は口々に叫んだ。


 雨が止んだころ、あまりの雨量に一帯は湿地と化した。


「ちょっと! お化粧が落ちちゃったじゃない! もぉ~~~皆殺しよ! み・な・ご・ろ・し!」


 そのとき、再度走り出したミノタウロスの体が地面に沈む。


「なによ!?」


 足を進めようとするほどミノタウロスの体は土にうまる。既に足元は地面ではなくぬかるみとなっていた。体重八百キロを超えるミノタウロスの体はみるみると沈んでいき完全に身動きが取れなくなった。


「嘘でしょ!? あたしの最強の闘士が!!!」


 ネクロマンサーは叫んだ。


「やれやれ、紀元前の兵器の知識が役に立つとはな、タバコが濡れちまったか……」


 ポリデュクスは少し残念そうに口を開いた


「すごい……!」


 フィオナは驚きの声を隠せなかった。


「さぁ終わりだ。観念しろ!」


 六郎は言い放った。


「なんなのよ! なんなのよあんた達!?」


「ヘレポリスだったかな、紀元前に俺の国でそいつよりはるかに巨大で強力な攻城兵器が使用された。圧倒的な力を持っていたが、ぬかるみに足を踏み入れた瞬間役立たずになったよ」ポリデュクスは止血をしながら続けた。 「お前の死霊なんざ、俺達の世界ではとっくに攻略してるぜ」


「そういうことだ、残念だったな。」


 六郎はネクロマンサーに近づきケペシュを構える。


「ムキーーーっ! 近づかないで頂戴!」


 ネクロマンサーは懐からナイフを投げようとするが、その腕に矢が刺さる。


「イヤアアアッ!」


「させない!」


 フィオナはネクロマンサーの手足を次々と打ち抜き、地面に磔にしていく。


「さすがだフィオナ。これで終わりだ」


 六郎はケペシュを構える。


「いやよ! あたしの酒池肉林の夢が!! いやーーっ!」


 哀れネクロマンサーの体は切り裂かれた。


「冥府で裁かれるんだな、お前が弄んだ者達が待っている」


 ネクロマンサーはその場に崩れ落ちた。


「やったーーっ!!」「ありがとーーーっ!」


 村人は歓声をあげる。


 敵を退けた六郎達は村人達を救出した。幸い村人に死傷者はいなかったようだ。


「うわーーーっ! なんだ!?」


 突如空から死体が降ってくる。どうやら先ほど打ち上げられた死霊らしい。


「み、見ろ! 死体が地面の水分を吸っているぞ!」


 大量の乾燥死体はみるみるぬかるみの水分を吸収し、付近を元通りの地面へと変えた。


 残ったのは水分を吸いイケメンに戻った死霊達だけであった。


「やったーっ!」「これで元通りだ!」「ちょっとあの死霊イケメンじゃない?」


 村人は口々に思い思いを口にした。






「いてて……、もっとやさしく頼む」


 全身に裂傷を負ったポリデュクスは治療を受けていた。


「やれやれどうやら命を拾ったみたいだな」


 六郎が言った。


「六郎は、お前はこれからどうするんだ?」


「俺は、この村を出て旅をしようと思う。この世界の技術やまだ見ぬ未知を知りたいんだ。どこかに日本へ通じている扉があるかもしれないしな」


「ならば西へいくといい。この辺で一番大きな都市があるはずだ。そこなら有益な情報が集まるだろう」


「道案内は私に任せて!」


 異様に大きなリュックを背負ったフィオナが歩いてきた。


「地図もあるよ! ほらこれ!」


「そういうわけでフィオナにもついてきてもらうことになった」


「やれやれ美女までご同行とはうらやましいね」


「「はっはっはっ」」



 六郎とフィオナは村人とポリデュクス達に別れを告げ街を離れた。 


「それじゃあ六郎、改めてよろしく!」


「ああよろしく頼む」


「まずは西の都市に行くために海を渡りましょう。船はこの街からでてるわ」


 フィオナは地図を見ながら言った。


「じゃあそこを目指すか」


 六郎はそう返して歩き続けた。

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