騎士さんと事情聴取

「私はセシル。セシル・カーティスといいます」


 やんわりと穏やかな笑顔で、僕を助けてくれた青年が名乗った。

 細身の体躯に、白金の髪を片側で緩く編んだ、とてもきれいな人だった。

 赤い目が温和に緩められ、柔らかな物腰で椅子を勧められる。


 こんなにもおっとりとしているセシルさんだけれど、彼が手綱を取った馬の荒れ狂いようを、僕は忘れない。

 何だ、あの暴走運転。馬には初めて乗ったけど、上下運動のスリリングな移動手段なんだね?


「きみの名前を伺っても?」

「……アオイといいます。あの、ここはどこですか?」


 セシルさんが案内してくれた宿屋さんの一室で、セシルさんから手当てを受けながら、現在地を訪ねる。

 すっかり暗くなってしまった周囲は僕の慣れ親しんだ景色ではなく、そもそもあの町に宿屋さんなんてない。

 ここはどこだろう?

 師匠、この騒ぎに気付いていないかな? 迎えに……なんて、あの師匠が来るわけないか。


 闇雲に走ったり転んだり色々したせいか、僕の身形は相当悲惨なことになっていた。

 葉や枝で切ったらしい、浅い切り傷がいっぱい出来ている。

 お風呂に入ったときにしみた。つらかった。

 手首と足首には縄のあとが残っているし……ひりひりする。


 セシルさんは初対面の僕に、とても親切にしてくれる。

 お風呂に入れてくれたし、服まで貸してもらえた。

 ただ、袖にゆとりがあってつらい。ズボンなんて、そもそも脚の長さからして違う。

 つらい。早く家に帰りたい。


 不安になる僕に絆創膏を貼りながら、セシルさんが微笑を伏せた。次の絆創膏が捲られる。


「シエミラ山の麓の、グロッテンという町です」

「え?」


 セシルさんの回答に、思考が一瞬止まった。

 不安感から心音が速くなる。ぺたり、指先に絆創膏が巻かれた。余った端が切り落とされる。


「……シエミラ山の麓は、ネーヴェじゃ、ないんですか?」

「ネーヴェ? ……確かアストロネシア公国に、そのような地名が……」


 セシルさんと見詰め合い、ぴたりと硬直する。


 僕のいたネーヴェは田舎町だ。規模も小さく、周囲に他の町もない。

 シエミラ山は国境でもあり、山の向こうは異国の地だ。

 国交はない。シエミラ山をわざわざ越えるより、安全なルートが他に確保されているからだ。


 あの山には、『人ならざる者』が蠢いている。

 時々師匠がローブを汚すのも、ドーリーさんが滞在しているのも、それらが町へ下りてこないようにしているから、らしい。


 さて、そんなシエミラ山の麓の町が、ネーヴェじゃない。おっと、これは一体どういうことだろう?

 震える口を動かして、もう一度同じ質問をした。


「ここは、どこですか?」

「ヴィルベルヴィント王国の、グロッテンです」


 強張った笑顔で答えてもらえた地名に、心の底から絶望する。

 そんな!? 国越えてる!! どうしよう、どうやって帰ろう!?


「アストロネシアは……?」

「隣です」

「や、山を登って帰ります!!」

「シエミラ山は危険です。落ち着いてください」


 セシルさんの説得に、泣き出しそうな心境をぐっと耐える。

 そういえば、あの人攫いのおじさんたち、『ヴィントの金持ちに売る』云々言っていたな……。

 あれ? これってもしかして、密入国? 僕もしかして、裁かれる?

 すっと青褪める僕に最後のガーゼを貼り、セシルさんが薬箱を閉じた。


「聞き取りを続行します。アオイくんは、アストロネシア公国のネーヴェ出身で間違いありませんね?」

「……はい」

「年齢は?」

「じゅう……なな、です」

「なるほど。事情をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 てきぱきと質問を投げかけるセシルさんに、玄人染みたものを感じる。


 そういえばセシルさんの服装、何かの制服みたいだ。かっちりしているし、腰に剣みたいなのをさげている。

 アストロネシアのお巡りさんと制服の色が違うから、セシルさんはヴィルベルヴィントの人かな?

 ううっ、助けてくれたし、手当てしてくれたけど、この人何者だろう?


「……あの、セシルさんは、ヴィントの人ですか?」


 恐る恐る尋ねた言葉に、セシルさんがはたと瞬く。

 慌てたように咳払いした彼が、微苦笑を浮かべた。


「失礼しました。私はヴィルベルヴィント王国の騎士団に所属しています。きみのような困っている人を助けることが仕事です」

「お巡りさん、みたいなものですか?」

「アストロネシアでは、そう称するのですね」


 にこりとした笑顔が眩しい。師匠の造形も整っているけれど、セシルさんも顔がいい。

 それだけの理由で信用してしまいそうになるから、詐欺には気をつけようと思う。

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