女司祭カンナ(3)

 対応してもらった受付嬢に礼を述べる。一応、頭を下げて見送りはしてくれているし、手くらいは振っておこう。忙しいなか時間を割いてくれたわけだし。

 商人組合を後にして外に出る。すると、すぐに活気ある市場の喧騒が耳に届く。


———「今年の葡萄の出来栄えはどうなるか。昨年は美味い酒が造れた」


「新しく開いた飯屋がうまい。看板娘もなかなかいい線だ」


「あっちの店のほうが安い。もう少しまけてくれないか」


「赤き王のお世継ぎはまだ生まれないか」


「騎士として出立した息子は今日も無事だろうか」———。


 ありとあらゆる声が聞こえては反対側の耳から抜けていく。だがすぐにまた別の声はやってくる。考え事をするにはうるさすぎだ。雑多の音を切り捨てて、どうしたものかと、今後の計画を思い描く。


 同日に王都入りしたという商人。改めて話をきいてみるか。いや、それも結局は手詰まりに終わるかもしれない。


 運び込んだ商品は何だ? 大事な商談の相手は誰? 

 情報が足りないが、ここで立ち止まってもいられない。出ばなを挫かれて弱気になっている場合じゃあない。まずは同日に王都入りしたという商人に話を聞いてみよう。


 時間もさほどかからず、商人を見つけられたのは幸いだった。コールバイン氏と情報交換をすることが多かったらしいこの男性商人は、露店に並べた商品を前に腕組みをして、当時の様子を教えてくれた。


「組合で依頼完遂の手続きを取ってから、間もなかったんじゃないかな。大事な商談だからと、連れていた傭兵らと一緒に荷車ごと行ってしまったんだ。一息入れないのかと誘ったんだが、断られてね」


「いつもと違っていた、ということだね。商品とか取引相手とか、そこらへんについては何か聞いてないかい」


 すると手の平を向けて差し出してくる。これ以上話を聞きたければ品物を買ってくれ、ということらしい。ウサギを象ったらしい、小さい木彫りの置物を手に取ると、商人は手のひらを差し出した。


「銅貨五枚」


 ……少し高い。だがまぁ、情報料だと思って割り切ろう。言われるがまま銅貨を乗せてやると商人は「まいど」と笑った。


「ヤツは仕入れた工芸品や珍品なんかで商売してたんだがな。最近はシルヴェストリア伯爵家に頼まれて商品を用意していたよ。今回はかなり良い話にできそうだって笑っていたよ。特別な品だと言ってたね」


 今回も傭兵を雇っていたのは間違いない。しかし貴族が商談相手だったとは予想していなかった。それも、上級貴族であるシルヴェストリア伯爵だとは。


 貴族というだけでも王室に次ぐ権力者だというのに、かの家は実力ある有名な騎士を何人も輩出した名貴族。平民がおいそれと話しかけるなど許されない、まさに雲の上のお方。


 事情を聞こうとするだけでも、下手をすれば不敬だと処分を受けるかもしれない。藪をつつく真似はしないに越したことはない。


 いや、騎士として王都を警邏しているシルヴェストリア家の人間に話を聞いてみるのはどうだろう。それならばまだ非礼を問われまい。だが何と言う?


 行方不明になった商人とその弟子を探してるんだけど、最後に会った可能性がいちばん高いのはアンタたちの親類だ。特別なやり取りをしていたそうだけど、なにか知らないかい?


 ……やめよう。こんな怪しい話、正直に伝えたとしても取り合ってくれはしまい。ここらが潮時だろう。


 手前にあった商品を手に取る。輝石かがやきいしという鉱石があしらわれた、小振りの装飾品を商人に手渡す。


「銀貨一枚」


「いや高いって」


 良く磨かれて手触りの良い丸みだけど、輝石は特段珍しいものじゃあない。普段の生活に活用されるほど、身近な鉱石だ。この大きさならせいぜい銅貨五枚もいかない。銀貨に換算すれば二十倍。ぼったくりもいいところだ。


 いやまぁ、払える金額ではあるし、これは商売だ。商人側にも生活があることは理解しているけど、高い買い物に違いはない。それにお礼とはいえ、いいお客さんになってしまうのはなんとなく気に入らない。


「いい石だろう。色合いは少しばかり淡いが、価値の高い青みがかかっている。確かに小振りだが、迷宮ダンジョンで掘られた希少品でね、それだけでも値が張る。それに加えて手掛けた職人も腕が良い。今回のウチの目玉の逸品だ。損はさせないよ」


 迷宮で採掘された鉱石は、ほかの産地のものよりも純度が高い。化物の住処になっている危険性も相まって価値が高まると聞く。仕入れにはさぞ苦労したのだろうなとは思うし、それっぽい説明ではある。迷宮が危険な場であることも事実だ。身を以て理解している。

 

 だが果たして、商人は本当の情報を話しているか? それにウサギの木彫りはお土産にすれば気に入ってくれる助祭の子もいる。だけどこの装飾品はどうだ。お土産としては高価すぎる。受け取る側も何事かと訝しむに決まってる。


 ……とはいえ疑いすぎてもキリがないし、悩みすぎるのも性に合わない。趣味じゃあないものをとっておくのもどうかと思うが、銀貨を一枚手渡す。商人は渡した銀貨をぐっと握り「まいど」と再び笑った。


「そうそう。王都に到着してすぐにコールバインが向かった方向だがね。どうも西の方向だったんだ。中央広場を通らず、そのまま住宅地を抜けていく腹積もりだったんだろう。おそらく行先は南西の区画だろうな」


「本当かい! 確かに、損はしなかったかもね」


 品を腰に巻いているポーチにしまい、西区へと足を向ける。西区は古くからの住宅が多い。商品を一時的に保管しておける、そんな倉庫なんかはないはず。

 

 それに取引相手だという伯爵家は、中央教会に程近い北東の区画にあり、行き先としては真逆の位置だ。


 いよいよもってきな臭い。少しワクワクしてきた。


 少しずつ何かに近づいている気がするが、それが一体どういうものなのかはまだ分からない。でも、ここで足を止めることなんてできない。


 このまま追いかけよう。そう決心して、大通りを後にした。

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