潜む者たち(4)

「もちろんです。カンナ司祭」

 

 手のひらを上にしてこちらへ向けられ、先を促される。


「まず、犯人の傭兵らを捕らえることはできたのでしょうか。彼らは、ただの傭兵なんかではありませんでした」

 

 もちろん、王都内で貴族を誘拐し脅迫するという、異常な神経の持ち主、という意味合いではない。気になるのは彼らの素性であり正体。


「傭兵は、組合制度が発足する以前から、用心棒や冒険者をしていた経歴があると聞いています。その練度は騎士には及ばないということも。ですが私が見たあの動きには、そうは思わせない異質さがありました」


 まとめ役のアイツ。扉を蹴ったかと思った瞬間に姿を消したあの動きは、秘術なんかじゃない。騎士たちが修めるという戦技でもない。聞いたこと見たこともない、得体の知れない技術を体得した者たち。


 フランチェスカはじっとこちらを見つめ「貴女を信頼して話すのですよ」と自身の口の前で、指を一本立てる仕草をした。


「犯人たちは全員捕縛。事件は解決……とはいきませんでした。じつは、あの場にいた全員に逃げられてしまったのです。これには騎士団長も驚きを隠せないでいました。なにせ、突入した第一騎士団所属の騎士は六騎。みな優秀な、シルヴェストリア家と、それに連なる者たちだった。彼らは揺るがぬ実力を持つ、王のつるぎであり聖都の守り手。その剣をたった一人の傭兵の男が凌ぎ切り、まんまと逃げおおせてみせたのです」


 突入した一人はエルクスという、私たちに駆けつけてくれたあの女騎士に違いない。ということは、残った五騎全ての剣戟を捌き切ったという傭兵こそ、殿しんがりを任されていたあの人物。


「交戦した騎士たちからも貴女と同じく、ただの傭兵ではないと報告があったそうです。縦横無尽。まさしくその言葉通り、狭い室内を床や壁、天井に至るまで跳ね回ったというのです。その足運びや剣筋に至るまで、まったく経験したことがない戦いだった。こちらに大きな被害がなかった幸運は、主の加護のみでもたらされた結果ではなかったのでしょう」


「恐ろしい者たちです」とは言ったが、なんとなく納得できる。戦いについては素人同然だけど、まとめ役の男と、その男が信頼する人物ならば、そう難しいことでもなかっただろうと思わされる。刻みこまれるほどの息詰まる圧力が、アイツらにはあった。


「確認できたのは六名のようですが、おそらくそれで全員でしょう。彼らの素性については騎士団長が知っていました。カンナは、昨年のアーフェンハー港の一件を知っていますね?」


 うなずく。反体制勢力が私腹を肥やす権力者を討ち取った事件。


「港を襲った襲撃者たちはみな、仮面や外套で素顔を隠していた。ですが、倒れそうなほどの前傾姿勢。軽快すぎる身のこなし。毒薬を用いた戦闘技術。彼らは特徴的な印象を残していきました。もっとも、当時護衛の任に就いていた者は、派遣の騎士隊を含めほぼ全滅。住処を失い、別な街へ避難した町の方も多い。それでも騎士団長は人を使って情報を集め、かけらを繋ぎ合わせることで把握していた。そして、今回の傭兵たちにその襲撃者たちとの類似点が多いことに気が付いた……」


「では傭兵という身分は隠れ蓑で、本当は反体制勢力の戦闘員ということですか」


 やっぱりそうだ。嬉しくはないけれど、あの時の直感は間違っていなかった。噂話の存在が姿を見せたのだ。


「その様子だと貴女も薄々は感じていたのでしょう。傭兵組合に登録されていた情報は偽物。偽名でした。なぜ彼らは王都に傭兵として潜り込んでいたのか、その目的もわかりませんが、王都には尊ぶべき方たちも多い。血が流され、命の危険に晒すなど、決して許されることではありません」


 当時の会話を思い出す。男とその仲間は、既に目標は達成していると話していた。


「彼らは目標は達成されたと話していました。だからすんなりと逃げの選択をしたのだと思います」


 具体的な内容は聞けなかったことも付け加える。フランチェスカは頷いた。


「彼らは暗殺者アサシンと呼ばれ、この聖王大陸の南からやってきたとされています。南部あそこは、いろいろありましたからね……虐げられた民の怒りを代弁する者たち。解放者と讃えている者も少なくない」


 フランチェスカの表情が曇る。それは嘆きのようにも見えたが、心の内を読むことはできない。この方はなにを考え、憂いているのか。時々分からなくなる時がある。


 だがすぐにぱっと表情を変えると、フランチェスカは微笑んだ。


「さて、話しておくことは以上ですねカンナ司祭。あとは騎士団長に委ねましょう。我々はこれまでです。今回の一件、本当にご苦労様でした」


 向かい合ったまま一歩下がり、深く頭を下げる。


 暗殺者ヤツらが王都に潜り込んだ方法やそれの対策。コールバイン氏が用意した商品……もう少し確認したいことはあるけど、ここで話を切り上げてきたってことは、今はまだそれらを話し合う時じゃあない。そういうことですね、師よ。


「そういえば、今日はこれからお食事に誘われていたのでしたね」


 扉に手をかけようとして声をかけられ、くるりと振り返る。


「丁重にお断りはしたのですが、どうしてもお礼がしたいと聞いてくれなかったもので……少し顔を出したら戻ります」


「せっかくのご厚意です。お受けしなくては失礼ですよ。ありがたく頂戴してきてくださいね」


 笑顔で手を振り見送るフランチェスカに、小さく「わかりました」と答え、執務室を後にした。

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