第16話
「何で…私の元に…。」
「さぁな。ただ、見殺しにするくらいなら死んだ方がマシだと思った…だけだ。」
腹部から血を流し、木に背中を預けているジョウの前に立つとスマイルに向かってナイフを構える。
考えもなしにこんなナイフだけでどうこうできる相手じゃないことは分かっている。
だが、手持ちの武器はこれしかなかった。
「…あの爆発で死んだと思っていましたが、そんなことはなかったようですね。」
「あいにく、ゴキブリ並みにしぶとい生命力なんだよ。あれぐらいじゃ、死にはせん。」
「それよりも良いのですか?こちらへ来てしまってその間にも美樹ちゃんが離れて行きますよ?」
「構わん。またお前達の手から連れ戻せば良いだけの話だ。」
一度は取り返したんだ。
またきっと取り返すことができる。
俺は自分にそう言い聞かせながらここへと来た。
そのためにもまずは目の前のこいつからジョウを救わねば。
「……貴方は私達のことを…舐めすぎですよ。そんなちっぽけなナイフじゃ、私を…傷つけることなんて…出来ません。それに私は時間さえ稼げればそれでっ。」
スマイルはまだ話し続けていたが、そんなこと関係なく、俺はナイフを投げつけた。
投げたナイフは真っ直ぐ一直線に飛んで行くと奴の二の腕へと突き刺さる。
その瞬間、スマイルは甲高い叫び声を挙げた。
「喋りすぎだ、くそ女。」
ナイフの刺さった腕を抑えながらスマイルは表情を変えていく。
額に青筋を立て、今にも血管がはちきれそうだった。
「お前っ……。もういいっ、絶対にお前だけは許さないっ。地獄へとっ。」
スマイルは懲りずにまた俺に向かって何かを離そうとしていたが話を最後まで聞く気のない俺は奴が喋っている間に奴の懐に入り込むと体を低くし、ブーツのブーストを最大限まで貯め、奴の腹に向かって飛び上がる。
そして拳を繰り出した。
「んぐっ…。」
スマイルの顔は苦痛に歪み、体はくの字に曲がり、後ろへと転がって行く。
「女だろうと関係ない。お前は俺の仲間を傷つけたんだ。その代償は払ってもらう。」
「………ふふふっ…あっはははははっははっ!!!」
スマイルはフラフラと立ち上がると頭を手で押さえ、大声で笑いだした。
気でもおかしくなったか、そう思った時だった。
突然、腹部に鉄球をぶつけられたような感覚が伝わり、体がスマイルと同じようにくの字に曲がる。
「ぐっ…。」
思わず地面へしゃがみこんでしまう。
前を見ると気味の悪い笑顔を浮かべるスマイルの顔が見えた。
「はっははははっ。」
スマイルは俺が苦しんでいる姿を見るとずっと笑い続けていた。
これが、ジョウの言っていた、スマイルのもう一つの人格。
それならば、あの時、アジトを襲って来た時はまだ人格が変わっていなかったということか。
「ねぇ、もっとわたしを笑わせて…このままじゃ、わたし…おかしくなりそう。だからね、もっともっとわたしを笑わせて。」
そう言うとスマイルはフラフラと近づいてくる。
どうしてこんな奴がヒーローをやっているんだよ、どっちかというとこいつはヴィランよりの人間だろっ。
「うふふっ、ばぁ。」
いつのまにか彼女は目の前まで移動し、俺の目の前で赤ん坊をあやすように手のひらを顔の横にひらひらさせている。
体が一瞬、凍りついたように動かなくなる。
彼女の顔は恐ろしいほど不気味で気持ちの悪い顔をしていた。
そしてスマイルは攻撃を仕掛けてくるわけでもなく、俺の体へと抱きついた。
「はぁ…ねぇ、聞こえる…わたしの心臓の音…今にも止まりそうなの。それが何故だかわかる?退屈で…退屈で…しょうがないから。貴方は…きっとわたしを…楽しませてくれる…よね。」
気持ちが悪い。
体がさらにゾッとする。
まともにこんな奴と相手をしていたらこっちまでも気がおかしくなってしまいそうだ。
「離れろっ!!!」
俺は耐えられなくなり、スマイルの身体を引き剥がすと後ろへ下がる。
「ふふふふふふひっ。あはあはあハアハアハアハアハッ!!!!!」
彼女は笑い袋のように大きな声で笑い出すと、背中に背負っていた自分の身長ほどのハサミを取り出した。
あれは大きなリボンだと思っていたがどうやらそんな可愛いものじゃなかったらしい。
ただ一つ、分かることと言えば、あんなもので切られてしまえばひとたまりもないということぐらいだ。
「うふふっ。」
スマイルは気持ちの悪い声で笑うととハサミを俺の前で開き、首にめがけて突き出してくる。
何とか地面へしゃがみ攻撃をかわすと頭の上からシャキンッとハサミを閉じる音が聞こえる。
こいつ…躊躇いもなくそんなことができるのか…。
少しでも反応が遅れていたら間違いなく、首から上は地面を転がっていただろう。
こんなクレイジーな相手とどう戦うか…。
「うぐ…かはっ…。」
後ろからジョウの苦しむ声が聞こえる。
時間もあまりないらしい。
うだうだと相手をしていたらジョウは助からない。
それなら早いとこ決着をつけなければ。
「凛っ、出来るだけ俺が彼奴の攻撃をかわすっ。だからお前は彼奴の行動パターンを学習しろっ。」
「了解しました。モニターにゲージを出します。」
下の方にゼロと書かれた数字が現れる。
それが100になると奴の行動パターンを把握したと言うことなのだろう。
どれぐらいで全てが貯まるのか分からないがやるだけやってみなければ。
「来いよ、バケモン。」
軽くスマイルを挑発すると嬉しそうにスマイルは笑い出す。
「やっと…その気になってくれたのね…わたし、嬉しい、とっても嬉しいわ。貴方も同じにしてあげる。うふふっ。」
本当はお前みたいな奴を相手にしたくないんだが。
そんなことを考えていると奴の姿が消える。
くそっ、どこに行ったっ。
すると後ろからシャキッとハサミを構える音が聞こえ、俺は地面へ急いで伏せた。
この女、どうやら今度は胴体を切り離そうとしていたらしい。
このまま、黙って攻撃を避け続けるわけにもいかない。
地面から立ち上がると拳をスマイルへ向かって繰り出す。
だが、スマイルはハサミの刃を上に向け俺の拳を待ち構えていた。
このままじゃ、切り落とされてしまう。
そう思った俺は急いで手を引っ込め、後ろへと下がる。
くそっ、これでは迂闊に攻撃をすることができない。
「貴方の血は何色なのかな。見てみたいな。」
人はあそこまで口角が上がるものなのか。
スマイルの口は異常なまでに口角が釣り上がり、見ているだけでも鳥肌が収まらないほどの悍ましい表情へと変わりきっていた。
それからも奴の攻撃パターンを凛に分析させるために攻撃をかわし、反撃をしようとするがそんな隙などなく、攻撃を仕掛けることができなかった。
奴の動きはとても不規則な動きで何処から攻撃が飛んでくるのか分からない。
それがまた俺の精神を少しづつ狂わせて行く。
奴と同じで俺までもがこの状況をおかしく感じ始めて来ている。
笑う余裕なんて無いのに自然と口角が上がってくる。
「ほら、もうすぐよ。もうすぐ貴方は生まれ変わるの。」
「ひひ…ひひひっ…俺に…何を…ふはっ…したんだ…。」
「何って…私は貴方のことを楽しませてあげてるの。貴方の楽しむ姿を見ると私も楽しくなってくる。だって、一人で楽しんでたってつまらないもの。」
「ふざっけんなっ…誰が…お前なんかと…ひ……ぐっ。」
狂気に支配されないように耐えているがそのせいかさっきから頭痛が治まらない。
くそっ…こいつを今すぐに殺したい…。
そうしたらきっと解放される。
殺す…こいつを今すぐに殺すんだ。
おぼつかない足取りでスマイルへと近づいて行く。
スマイルはと言うとピエロのように口角を上げ、こっちを見て笑っていた。
そして俺はスマイルの首に手を掛け、力を込めて行く。
「ぐっ…ふふふっ…はぁ…グヴ…。」
首を絞められ苦しいはずなのにスマイルの表情は変わらず笑っていた。
「ふふふっ…あっはははははっ!!!!」
笑いたくなんかない、それなのにこいつに釣られて笑ってしまう。
スマイルの顔がどんどん青白くなっていく。
そして、俺はスマイルの首をへし折ろうと力を入れてしまう。
「だめだっ!!!」
だが、後ろから声が聞こえ俺の体はスマイルの体から引き剥がされた。
俺はその場に尻餅をつき、顔を上げるとそこには包帯を顔に巻いたスピードスターが立っていた。
「どうして…お前が…。」
「君が出て行ってから、ずっとあの部屋で待ってたのに。誰も来ないからさ、それで怪我も歩けるほど治ったことだし、探しに来たんだよ。」
スピードスターは俺に手を差し伸ばした。
「……そうか。お前がいたことを忘れてたよ。」
俺は彼の手を取ると立ち上がり、彼の横に並ぶ。
「彼奴は本当にヒーローなのか?」
「彼女の名はスマイル、元ヴィランだよ。あの子の力は恐ろしいもので触れた人を狂気で発狂させる。発狂したら敵味方構わず、さっきの君みたいに殺人衝動に駆られるんだ。」
「元ヴィランが何でヒーローメンバーに加わっているんだよ。」
「あの子にも色々と事情があるんだよ。そんなことよりもあの子を早く倒さないと。」
事情があるにせよ、あんな奴を仲間に引き入れるなんてどうにかしている。
「ほら、早く構えて。来るよっ。」
「分かってるっ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます