優しい「君」と友達になりたい。

メインエピソード

 朝、私たちが通う高校と最寄り駅をつなぐ通学路では、今日も多くの生徒が学校へ向かっている。友達と一緒に登校する人もいれば、通学路で友人を見つけて一緒に学校に行く人もいる。それはごくありふれた光景。私もそんな見慣れた光景の中をいつものように徒歩で学校へ向かっていた。


秋衣あいちゃん、おはよー!」

「あ、おはよう」

 一人の女子生徒が、二人の女子生徒たちに声をかけられていた。

「ねぇねぇ秋衣ちゃんも一緒に学校行かない?」

 そう二人の女子のうちの一人が言った途端、その“秋衣ちゃん”は二人を一瞥すると、無言でさっさと足を速めて学校へ向かって行ってしまった。


「私、何か変なこと言っちゃったかなー......」

「ううん、でも秋衣ちゃんってちょっと怖いよね」


_____________________________________


「ねぇ あかり! 先週オープンしたファミレスのパフェ食べに行こうよー!」

「えー、私あんま甘いもの好きじゃないじゃんー」

「じゃあ、あかりは食べなくてもいいからさー!」

「私行く意味ある......?」


 私はここ 長野県にある諏野東すのひがし高校二年生の、土屋つちやあかり。今は6月の梅雨の時期だ。梅雨特有のじめじめした感じは鬱陶しいし、雨が降ると傘が必要で 差すのも持ち歩くのも大変なんで、いっそのこと早く夏になってほしい。まぁ、夏の猛暑も嫌なんだけどさ。

 窓の外を見てそんなことをぼーっと考えながら、休み時間に友達と二人でだべっていると クラスの別の友達もやってきて、話に加わろうとした。

 ――その時だった。

 別の友達が来るまでは盛んに喋っていた子が急に黙りこくり、やってきたその友達を一瞬睨んでそっぽを向いてしまった。

 この子の名前は泉川いずみがわ秋衣。そう、まさに今朝、「一緒に学校行かない?」と声をかけた二人の女子を避けた子だ。


「あっ、ごめん! 取り込み中だったかな! まったね~!」

 秋衣に睨まれたそのクラスメートは苦笑いを浮かべると、そそくさとその場を後にした。


「秋衣ー、それやめないと――」

「......だってぇ」

 秋衣はそっぽを向いたまま いじけたような声でぼやいた。

「秋衣はほんと知らない人とか仲良くない人に対してはそっけないよね」

「……」


 私が秋衣と友達になったのは高校一年の夏休み明けくらいから。

 秋衣は明るい性格で、優しいし思いやりもある。私が困ったときは親身に相談に乗ってくれるし、何より一緒にいて楽しい。ただ、秋衣は一部のカテゴリーの人に対しては、真逆の態度をとる。

 その範疇は、“友達未満の人で、秋衣と関りを持とうとする、または仲良くなろうとしてくる人”だ。

 つまり、友達未満だからといって誰にでも無愛想になるわけではないのだ。例えば、コンビニやスーパーの店員は秋衣にとっては“友達未満”にあたるが、別に秋衣に絡もうとさえしなければ その範疇外となる。家族や親戚のように、近しい間柄の人も対象外だそうだ。


 以前、どうして冷たくあたってしまうのかと尋ねてみたことがあるが、特に深い理由があるわけではなく、なぜか友達になろうとしてくる人に対して警戒心が生まれ、反射的に避けてしまうそうだ。別に、前に友達関係のトラブルがあったとかではなく、昔からそんな感じで、誰かと“友達”という関係構築するのが苦手なんだと言っていた。

 私と一緒にいるときの秋衣の様子だったら、秋衣はもっと友達もできるだろうし、周りに対して極度につれないせいで みんなは秋衣の良いところを何も知らないというのも、なんだかすごく惜しい気がする。秋衣とは友達になるまでが大変なんだ。私自身も確かに知り合ってから友達になるまでは苦労した記憶が鮮明にある。


「今来た子、人当たり良くて親切な子だよ」

 ゆっくりと言い聞かせるように秋衣に言った。

「知らない人に自分のこと見せたくないし、知らない人のことは別に知りたくないから......」

 と、あっさり返されてしまった。



 放課後、私は部活はオフだったし、秋衣は部活動に所属していないのでお互いに時間があったため、秋衣が勧めてくるファミレスに二人でパフェを食べに行くことになった。私や秋衣が住んでいるところは長野県の中でも田舎の方で、周辺にお店は少ない。そしてそのファミレスに行くには徒歩だと30分近くかかってしまう。ただ、私たちの学校とそのファミレスは割と5分ほどで行けてしまう距離にある。もちろん名古屋や東京ほど栄えてはいないが、学校もファミレスも比較的長野県の中では都会的なところにある。


 ファミレスの入り口付近まで来て、私たちが店内に入ろうとしたときだった。

「ねえねえ、お嬢ちゃんたち 諏野東の生徒だよねー?」

「奢ってあげるからさ、俺たちとここでお茶しないー?」

 一見優しそうだが、絶対怪しい30代くらいの男二人組が話しかけてきた。俗に言うナンパってやつに違いない。

 やっかいだなと思いながらも、近くに交番もあるし、どうしようかと秋衣の方を見ると、秋衣が、ナンパしてきた二人組の男たちを思いきり睨んでいた。

 すると、男たちも「チッ、感じ悪い女だな」と吐き捨てると、さっさとどこかへ行ってしまった。


「はは、そっか、秋衣はああいうの絶対嫌いだもんね」

 そう、彼らも秋衣にとっては、“秋衣に対して関りを持とうとしてくる人”にあたるので、自然といつもの態度が出たんだろう。

「さっ! あかり、パフェ食べ行くよ!」

「切り替え早いな...... まったく」


 それから私たちはお店でパフェを注文して、食べながらお喋りしていた。注文する直前まで、パフェじゃなくて違う食べ物でもいいかなと思っていたけど、秋衣もおすすめしてくれたし、ナンパ男たちを結果的に撃退してくれた秋衣には感謝もしていたので、思い切ってパフェにした。ソフトクリームにかかっているレモンソースがきらびやかで、実際に食べてみると そんなにしつこい甘さはなく、レモンの効果か 結構さっぱりしていて私にとっては食べやすかった。


「でもすごいよねー秋衣は。目つきだけでナンパ男追い払っちゃうんだもんなー」

「それ褒めてる~? まぁ、でも私もともと目つき あんま良くないんだよ」

「そういえば、なんで私とは友達になってくれたんだ?」

 なんだかんだ前から気になっていたことを唐突に秋衣に訊いてみた。

「え~? なんでだろうね。フィーリング?」

「いやいやいや、なんだその理由は」

「う~ん、でもあかりの場合はフィーリングもあったような気がする! そもそも知らない人と友達になるのってすごく抵抗あるんだけど、なんか自分にとって有害そうな人とそうじゃない人って、なんとなく直感でわかるんだ~。あかりはねぇ、なんか良い人そうな気もしたからー!」

 なんか色々謎めいてる考えで、嬉しいんだかなんだか分からないが、秋衣らしい答えっちゃ答えなので、まぁいいかな。



 ある日の休み時間、一番後ろの窓際の、秋衣が座っている席に 私と二人のクラスメートの三人が集まり、四人で休憩時間を過ごしていた。私以外の子がいるが、秋衣は私と二人きりの時ほど快活ではないにしろ、特に無愛想な感じはない。その二人のクラスメート―― 初香はつか優奈ゆうなは私の親友で、最初は二人を警戒していた秋衣も、今では少しは話せるようになっていた。


 次の授業が始まる前にトイレに行っておきたかったので、「トイレ行ってくる」と言って席を立つと、秋衣も「私も行く」と言い、私の後ろについてきた。

 まだまだ梅雨の真っ最中だが、今日は珍しく晴れの日だった。教室は久しぶりに全ての窓が開けられていて、吹き込んでくる風が心地よかった。......よかったのだが、


「――危ない!!」


 私の真後ろで大きな声がした。その声は秋衣で、振り返るとクラスメートの一人の夏音なつねさんが窓から転落しそうになっていた! 夏音さんは上半身が窓の外にはみ出してしまっていて、下手したら頭の体重で下へ落ちてしまいかねないところを、秋衣が夏音さんの足を咄嗟に掴んだんだろう......! 必死に夏音さんの足を引っ張る秋衣のもとへ、近くにいた数人のクラスメートが駆け寄り、その子を教室の中に無事戻すことができた。


「夏音さん、大丈夫?!」

 秋衣が心配そうに声をかける。

「う、うん。怖かった...... 秋衣ちゃん、みんなも、本当にありがとう! 風でプリントが飛んじゃって、取ろうとしたら......」


 私は突然起こったことにびっくりしてしまって、すぐに秋衣の手助けに行けなかったことを反省すると同時に、普段は私や初香、優奈以外のクラスメートを避ける秋衣の、こんな一面を見るとは思わなかった。やっぱり秋衣は、もっと――


「秋衣ちゃんすごいじゃんー! びっくりしちゃった」

「秋衣さん、かっこよかったよ! ヒーローだね!」

 クラスのみんなが秋衣の周りを囲み、次々と称賛の声をかけていく。いつもならこんな時は冷たい態度をとる秋衣も、こう大勢の人に一度に寄ってこられたのではどうしようもないのか、顔を赤らめじっと下を向いて黙っている。

 担任の先生も来て、夏音さんの安全や 落ちてしまいそうになった経緯の確認をとったあと、数分遅れで授業が始まり 騒然となった場が落ち着いた。


 その授業の後はランチタイムだった。私は秋衣の方へ目をやると、授業後もまだ下を向いて もじもじしている。顔もまだ少し赤いようにも見える。


「ねー、あかりー! 秋衣ちゃんー! 屋上でご飯食べよう!」

 初香と優奈が来て、四人で屋上に上がった。


 お弁当を広げながら話す話題はもちろんさっきの秋衣のこと。

「秋衣ちゃん、ほんとすごかったよー!」

「うんうん、驚いちゃった!」

 秋衣は、小さく「ありがとう」とは呟くが、もじもじして なかなか顔を上げない。私はさっきから言おう言おうと思っていたことを口にした。


「私も秋衣の優しくて頼りになるところが好きなんだよなあ」

 すると、秋衣は顔を一瞬だけ上げた。

「一年生の時、最初 私も秋衣に冷たくあしらわれてたんだけど、それでもなんか友達になりたくって。それで何度も秋衣に絡みに行ったんだよ~ ほら、秋衣が言うところのフィーリングってやつー? で、実際秋衣は良いとこいっぱいあったね」

「あかり......」

 

そう、秋衣は本当は温かい人だということをみんなが知らないのは絶対にもったいない。


「そうだったんだー! ねぇね、私も秋衣ちゃんともっと仲良くなりたいー!」

「私もー!」

「えっ! あ、いや、その......」

 ぐいぐい迫る初香と優奈に、あたふたする秋衣。明らかに嫌がっている様子ではない。一年ちょいでも、ずっと秋衣を見てきた私にはわかる。


「ねえ、秋衣。私は秋衣のこと親友だと思ってるんだけど、秋衣は?」

「もちろん親友だけど――」

「初香も優奈も私の親友! 親友の親友は親友でしょ!」


 そうして、日頃友達を作ろうとしない秋衣は、二人とかなりぎこちない握手をしたあと、四人で今度一緒に遊びに出かける約束をした。その時の秋衣はすっごく良い笑顔を見せていた。

 思えば秋衣のことをずっと気にかけていただけの私も、やっと秋衣のために何かしてあげることができたのかな、と思う。



 それから秋衣は、他の人に対してもとげとげせずに接することができるようになっていった。ただ、みんなから「秋衣ちゃん笑うとすごい可愛いじゃん!」なんて言われて、「そんなことない!」とつい強めの口調になっては「あっ、ご、ごめんなさい!」と慌てて訂正しているような姿を見るあたり、まだまだこれまでの癖が抜けきれてないんだなぁ。

......というかツンデレみたい。



 秋衣が変われたあの日から数日後の放課後、私と秋衣が学校の校門を出ようとしたとき、夏音さんが駆け足で追いかけてきた。


「秋衣ちゃんー! あかりちゃんー! 待ってえー!」

「あ、夏音さん」 秋衣が返答する。

「あの、秋衣ちゃん、改めてこの前は助けてくれてありがとう」

「ううん! 無事でほんとに良かったよ」


 前までの秋衣とはまるっきり別人のような対応だ。


「それと――」

 夏音さんが一度うつむき 顔をあげると、

「私、秋衣ちゃんと あかりちゃんと友達になりたいです! 秋衣ちゃんは助けてくれたし、最近の秋衣ちゃんは前と雰囲気が変わって話しかけやすくなったよ!」


 秋衣は一瞬ドキリとした様子をみせたが、横にいる私の目を見てから、

「嬉しいです。よろしくね 夏音ちゃん!」と快く返答していた。


 そのとき秋衣は、私に目で「ありがとう」と言っていたような気がした。

 

 ......まぁ、気のせいかな。なんだか恥ずかしいや。

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