小さな魔法の惑星で

四十三. 糸

　間の抜けた一騒動が落ち着き、ナツノたちは今、席に着いて彼女たちの話を聞いている。彼女たちとは、ミレディを筆頭に、リビエラ、そしてラドーと呼ばれている三人のことだ。

　どうやらナツノたちの探しているフリットは、彼女たちが探すフリットでもあったらしい。

「丁度いいねー、見知らずの人を巻き込むのはどうかと思っていたんだよー」

　未だ多少の混乱が収まらぬ中、フィアッカがしれっとそんなことを呟いている。決して巻き込んだ者の言う台詞ではない。

　そうではあるが、確かにナツノたちにも当てがなかったのは事実である。考え方によっては、幸運ではあるのかもしれない。

　一同が一斉に訝しげな視線を彼に送るのを尻目に、ナツノとエステルはそっと二人で顔を見合わせていた。そして、小声で囁き合う。

「丁度良くはないけど、放っておくわけにはいかないし」

「協力するの？」

　少し心配そうなエステルがナツノの袖を引く。彼女は否定的なのだろうか。無理もないといえばそうだろう。

　その不安を拭うように、ナツノは彼女に頷いてみせる。

「そうだね。僕たちが二人で行くよりも都合が良いかもしれないんだ」

「その……いいの？」

　違う。これは彼女自身が怯えているわけではないのである。あろうことか、彼女はナツノの心配をしていたのだ。

　もし彼が魔法を使うことになってしまえば、彼の秘密を知るものがまた増えてしまう。そうなることが彼にとっての不安要素となるのではないのかと人知れず懸念していたのだ。

「ありがとう。でも、目に見えなければ大丈夫だよ。心配ない……と思う」

「……うん」

　その不安をよそに、ナツノの瞳は既に決意を浮かべている。それを察し、エステルもそれ以上は何も言わなかった。

　実際、以前に人混みに紛れてではあるが、ナツノは魔法を使ったことがある。流石に相手の将は異変を感じていたようであったものの、確信には至っていないように見えた。おそらく、見逃しているだろう。

　とはいえ、戦闘のどさくさに紛れた一瞬ではある。例え把握できていないとしても相手の落ち度ではない。

「そろそろいいか？」

　小さく話す二人に対し、割り込むように鋭い視線が向けられる。ナツノが目を向けると、それは先にフィアッカと言い争いを繰り広げていたその人物だった。

　ひょっとすると、ずっと二人を見ていたのかもしれない。凄む彼女からは人一倍疑り深そうな感じが滲み出ている。

「私はリビエラだ。お前たちがフリットの知人であるということは信じよう。だが、果たして戦力となるのか、という点では些か疑問を感じている。つまりだ、足手まといになるつもりならば、お前たちは必要ない」

　確かに、指摘されるようにナツノは戦闘に関しては特別な心得があるわけではない。しかし、エステルはどうだろう。

　以前に見た身のこなしは、完全に素人のそれではなかった。というより、ナツノは捉えることが出来なかったのだ。それについてはフリットも同様である。

　──エステルは普段から戦場に身を置いていたのだろうか。

　そんなことを考えてから初めて気付く。自分は彼女のことを何も知らないのだと。否、何も知らないわけではない。少なくとも名前は知っている。あの日、彼女が教えてくれたのだ。それに偽りなどあるはずがない。

　それでも……気にはなることはたくさんある。そう、彼女は“リコルト”を名乗った。あの龍と……英雄と同じ名を。

　──ただ、それを知るのは今でなくてもいい。

　ナツノは思う。というより、今はまだその時ではないのだ。

　例え何かわかったところで、やることは変わらない。ならば、待つべきだろう。改めて彼女と向き合う日まで。

「フリットよりは戦力になると思うわ」

　そんなナツノの気持ちを知ってか知らずか、エステルはほんの少し意地悪そうな笑みを浮かべてリビエラを見ていた。

　内容とは別に、嫌な予感をナツノは覚えてしまう。

「あれは精神にムラがある。ちゃんと集中しさえすれば、お前が手に負える相手かどうか怪しいものだが」

　案の定、少し不穏な表情となったリビエラが、言葉を返す。

　傍迷惑も甚だしいが、彼女は自分が認めていない者には徹底的に異を唱える性質なのである。

「どういうことよ？」

　対し、今度はエステルが睨み返す。彼女とて、強情な部分を備えているのはナツノも知っての通りである。

　両者の間には、紛れもなく一触即発の空気が流れ始めていた。

「つまりは、本調子じゃない相手に勝って喜んでいるだけではないのか？　恥ずかしい奴だ。心当たりがあるんじゃないか？　どうなんだ？」

　あろうことか、リビエラは涼しげな様子で言い切ってみせたのだった。そして、彼女を挑発する。

「なんですって！」

「ほら、すぐにムキになる。こんな調子では到底期待できそうにないな」

　想定よりも遥かに強く突っ掛かられ、更に言いたい放題言われてしまったエステルは涙目となり、黙り込んで膨らんでしまう。

　その様子にナツノは苦笑いを浮かべるしかない。ここで彼が何か言うのも両者共に逆効果だろう。

「リビエラ、いい加減にしなさい」

「わかった。なんでこんな子にフリットが敗れたのかが」

「リビエラ！」

　ミレディが制止するが、過熱したリビエラは止まらない。

「似てるのよ。キュロロと」

「リビエラ！」

　ミレディが声を荒げたところでようやくリビエラは口を閉じる。しかし、その視線は未だ冷たく、しばらくエステルを追っていた。

　その様子を見て、なんとなくナツノは理解に至る。

　要は彼女はキュロロと呼ばれている人物のことが気に入らないのではないだろうか。そう、相手はエステルでなく、フリットでもなく……キュロロなのだ。

　彼女もまた、余裕がないのだろう。

「気にしないでいいよー。なんとなくわかるでしょ？　彼女は苛立っているんだ。つまりはねー、ただの八つ当たりなんだよー」

「うぅ……がおー！」

　いつの間にか近寄ってきたフィアッカが優しくエステルを慰めている。

　彼もまた彼女の標的であり、唯一その気持ちを共有出来る人物ということなのだろう。心強いというわけではないが、エステルの様子を見るに上手くフォローしてくれたようだ。

「君達はどうしたいのか教えて欲しい。僕たちに協力を求めているように思っていたんだけど……この様子では、違うのかな？」

　しばらく考え、ようやくナツノは口を開くことを決めた。

　どうにも部屋に入ってからの怒濤の展開続きに、適切な言葉が見つけられずにいたのである。

「……つまり？」

「話をまとめてほしい」

「……そうね。連れの子のことは悪かったわ。本人に変わって謝らせてもらうわね」

　ミレディが席を立ち、エステルに頭を下げた。続けて、ナツノにもそうする。

　その間もリビエラは不機嫌そうに顔を背けていた。奇しくも、エステルも同様にしている。

「構わない。それに、すぐにわかると思うから」

「そう。それは楽しみね」

　そう言うと、二人は軽く握手を交わす。

　ようやく話が進みそうだ。

　◇

　ミレディからの説明は簡潔であった。

　予めまとめてあったのだろう。こちらに任せたいこと、その間に自分たちが行うこと、それらが手短に説明されていく。つまりは、自分たちが活動する上で、最低限の条件を満たすための人数、要はもう少し人手が欲しかったというだけのことなのだろう。

　どれ程に本気だったのかは計り知れないが、フィアッカに人を連れてこさせるだけの計画はあったということだ。単に強そうな人を連れてこいというような案であれば、到底話にならない。

　もしそうであれば、それはもはや作戦とはいえないだろう。

「時間が経てば経つほど、こちらが不利な状況になっていくでしょうね」

「マーキュリアスが敗れれば、問題はないですよ」

「……相手はラウンデルだ。最悪の事態も考えておくべき、だ」

　今まで全く動きのなかった男が、そこで初めて口を開いた。おそらく、言葉を発したのはこれが最初だろう。

「あら、ラドー。起きていたのね」

「……ずっと起きている」

　彼はぶっきらぼうに吐き捨てると、思い切り目を擦った。傍目にはとても眠そうに見える。

「リビエラ、ラドー。時間がないのは理解しているわね？　ダンガルフが落ちる前に済まさなければならないわ」

「……大丈夫ですよ。マーキュリアスぐらい」

「落ちるかどうかは問題ではない。グランバリーに軍が戻ってくるかどうか、だ」

　ラドーの言葉にミレディが顔を曇らせる。その様子を見たリビエラが、またもや怒りを露にした。

　今度は机を勢いよく叩きかねない剣幕である。

「ほんっとに！　グラディールの馬鹿は！　馬鹿が！」

「いやー、よくやってくれたよ。そのグラディールは」

　投げつけられた苛立ちに割り込むように、先程から大人しくしていたフィアッカがそれを制止……したのであるが、当然それは火に油を注ぐような行為に他ならない。

　その標的が再びフィアッカへと移り変わる。

「……なんだと？」

「彼らのおかげでうちの子が逃げきれたようだからねー。件のフリットとグラディールには感謝しているからこそ、こうして付き合っているんだからー。……忘れるなよ」

「では、その子がいなければ、フリットが囚われることもなかった。そういう話ならどうだ？」

「……そうだねー。俺がヘマしたからねー」

　怒りの矛先が完全に傾いた。

「馬鹿なのか？　結局、ミレディに助けられなかったらお前だって死んでた癖に！」

「ははー、かもねー」

　今にも飛び掛かりそうなリビエラをフィアッカが笑う。それを見兼ねたミレディが半ば呆れ顔で割って入った。

　不服そうなリビエラの頭を、彼女は優しく撫でる。

「いいのよ。彼らが悪いわけじゃないわ。フリットにしてもそう、彼が選んでそうなったとだと私は思うわ」

「助かる当てでもあったというの？　……死ぬかもしれないのに」

「さぁ、ね。でも……それも彼の運命よ」

　その言葉に一同は黙り込む。流石のフィアッカも茶化すようなことはしなかった。

　──運命。

　その言葉がナツノの頭で反響する。自分がこの惑星に来たことも、そうだと呼べるのだろうか。クレハはそう言うのだろうか。

　改めて三人、いや四人を見渡してみる。

　冷静を装っているが、微かな焦りを感じられるミレディ。

　まるで抜き身の刀のように、ピリピリとした空気を纏うリビエラ。

　そのどっしりと構える風貌からは、見るものに少しばかりの安心、そして心強さを与えるラドー。

　一見やる気のないような仕草を見せているが、恐らくは内面に本当の姿を隠し持つであろうフィアッカ。

　そして最後に、隣で膨れているエステル。

　運命。その言葉の意味をナツノは問う。

　ユノで彼女と知り合ったこともそうなのだろうか。一度離れて、そして再会し、二人でラザニーを目指したことも。

　フリットにしてもそうだ。あの時バルビルナで出会ったことによって、その歯車が動き始めたのかもしれない。だからこそ、この街でフィアッカに選ばれたのだろう。

　もしもそうならば、いや、それを信じるのならば、フリットの救出であるこの作戦に自分たちが参加するというのは、偶然ではなく必然であるのかもしれない。

　そう、運命である、といえるのなら。

「いや、大丈夫だよ。それが運命であるならば、ね」

　ナツノは言う。

　そう言い切る。何故ならば、その糸はまだ繋がっているのだから。その証拠として自分はここにいる。

　歯車はまだ回り続けているのだから。

「……ありがとう。ごめんなさい、遅くなったわね。あなたの名前は？」

「僕はナツノだ。“少し”旅をしている」

　ナツノは答える。いつかの彼にそう言ったように。

　その糸がまだどこかに繋がっているのなら、手繰り寄せてみるのもまた運命なのだろう。