三十四. 二人
ラウリィから見て、二人の連携は見事なものだった。というのも、一人の攻撃を避ければすかさずもう一人がその位置に合わせてフォローを入れてくる。それだけでなく、細かい動きで牽制までも加えてくるものだから、なかなか反撃に移ることも敵わない。そのコンビネーションは完璧だと認めざるを得ないほどであったのだ。
辛くも凌ぎつつ、じわじわと生傷を作りながらも耐えているというのが、ラウリィの現状である。手にした細剣からは緻密な剣撃を行われ、また、空いた手は絡むように彼を掴み、更にはあらぬ角度からの蹴撃までもが加わって、彼の視界で跳ね回っていた。
「君達はもしかすると双子っていう人達かい?」
ラウリィは集中の連続に耐えきれず、ほんの少しの間を渇望する。苦し紛れに話を切り出したのは、少しの間が欲しかったからだ。
どうしても気分転換がしたい。そう思うほどに、ただただもどかしくなっていたのである。ラウリィは舌を巻いた。
「似てるだろ?」
「似てるかな?」
思惑通りではあるが、意外にもすんなりと反応した双子の兄弟にラウリィは思わず苦笑をする。丁寧に動きまで止めてくれているのだから、願ったり叶ったりとはこの事である。
「うん。……ふふ。驚いたよ、剣を振るう姿もそっくりだったからね。僕はラウリィ。君たちは?」
攻撃の手が止んだことに、改めて胸を撫で下ろす。 また攻撃が再開されれば、元の木阿弥に戻るのだ。優位になったわけでは決してない。
「俺がイッキだ!」
「俺がフッキだ!」
──リズム……呼吸が同じなのだろうか。
奇しくも全く同じタイミングで名を名乗ったことに、思わず関心してしまう。思ったより冷静だったのかもしれない。
ラウリィは再び笑い掛ける。
「そっか。いいね、賑やかで。毎日が楽しいんじゃない?」
その問いには時間稼ぎの意味もあったが、実は本心も含まれている。彼には同年代の友達がいたことがほとんどないのである。もちろん、兄弟も。
「イッキ! フッキ! 耳を貸すんじゃない!」
「わかってますよ!」
「言われなくても!」
一度は攻撃を緩めていた二人だが、発された大声に押されるように再び動き見せ始める。瞬時に連携を取っているのは、双子ならではの“それ”なのだろうか。
ともあれ、満足とはいえないにせよ、一呼吸は置くことができたので、十分に意味はあった。
──大丈夫、大丈夫だ。
ラウリィは落ち着いて意識を体に集中させる。
焦りはなかった。いつの間にか、なんとかなるとそう思えるようになっていたからだ。
その自信を裏付けるように、次第にエネルギーに満ちた鼓動が段々と全身から感じられるようになっており、次いで、意識と体が一体になるような感覚を覚える。
不思議ではあるが、何者かが自分に力を与えてくれているかのようにも思えた。
──鬼が来た!
染み渡る感覚にラウリィは歓喜する。先とは違い、双子の動きに対応できているのを実感として得ることができたからだ。
苛烈な蹴撃を避け、絡み付くような剣舞を潜りながらその事実を確信する。想像していた後少しの不足、つまり、視野と速さが今は正に完全な形で補われているのだ。その証拠にラウリィは今攻めている。
「もう当たらないからさ。もう一人も呼んできてよ、あっちのさ」
ラウリィは二人から離れるように後ろに大きく跳び、イッパツの様子を確認した。彼は負傷しているのだ。あまり長引かせるわけにはいかない。
促すように顎でマードックを指し示すと、二人は顔を見合わせた。
「参ったな、急に壊れちゃったよ」
「困ったな、危ないやつは苦手なんだよ」
互いに困惑の表情を浮かべると、イッパツと対峙しているマードックへと視線を向ける。どうすべきか迷っているかのようだ。
「馬鹿者! さっさと仕留めてこちらへ来い!」
その視線を感じたマードックが大声を上げる。彼にとっては戦闘中に余所見をするなど言語道断だった。戦いでは、一瞬の隙が勝敗を分けるということを彼は知っている。
刹那、イッパツが動いた。
相手が他に気を取られたと見るや否や、一気に拳を振り上げると大きく前に踏み込んだのだ。
「あ! 前見て!」
「余所見は駄目だ!」
それに気付いた二人が瞬時に反応する。奇しくもそれはマードックがイッキとフッキに言ったことであった。
「ははは! いけぇ!」
ラウリィが笑い声を上げるのに呼応するように、イッパツが口の口がゆっくり開く。放たれる言葉はそう──。
「ラブリル……」
「こ、これは!」
気配を察したマードックが咄嗟に盾を身構えるも、もはやその拳が止まることはなかった。
「ストレイトォォォ!」
咆哮と共に振り抜かれた拳が、構えた盾ごとマードックを吹き飛ばす。それは閃光のようだった。
とにかく大きな音が鳴ったように思うが、或いはマードックが叫んだ声がそう周囲へ伝わったのかもしれない。放たれた衝撃は、まるで命が宿ったかのようにマードックをラウリィの視界から消し去った。
「ヤバいよ! 城壁を破ったやつだ!」
「マズいよ! マードックさんが!」
ラウリィが視線を戻す頃には、既に二人の姿は飛ばされたマードックへと向かっていた。
「……ねぇ、逃げるのかい?」
その背中に問いかけるも、返事はなかった。きっと、聞こえていなかったのだろう。
──判断が早い。やっぱり侮らないほうがいいかもしれない。
イッキ、フッキ、それならマードック……だね。
覚えたての名前を確認すると、ラウリィはほくそ笑んだ。
「……行くぞ、ラウリィ」
「おっけー、行こう!」
運がよければもう一度会えるだろう。ここはもう戦場なのだから。
ラウリィは声のほうへと駆け寄ると、早速その肩へと手を回した。
「しかし、大丈夫なのかい? イッパツ」
既にその右腕は力を失い、両の拳からも血が滴っている。満身創痍は誰の目からも明らかだった。しかし、今なら撤退することも出来るかもしれない。
「……ああ。今はまだな。しかし、この先何かあるようなら頼りにしている」
イッパツは一度だけ確認するように左の拳を握り締めると、驚くべきことにそのまま先へと進み始めてしまう。
「……え?」
思わず立ち尽くすラウリィであったが、すんでのところで言葉を飲み込む。
──いいね。やれるところまで二人でやろう。
そう決めると、追い掛けるように跳躍した。
翼はない。けれど、今ならどこへでも跳んで行けそうな気分だった。
◇
二度目の轟音が響く頃に、ファニルはダンガルフ砦に到着していた。
「何が隊長よ、隊といえる纏まりなんてないじゃない」
探るように砦を観察しながら、そう独りごちた。
もちろん、自分達以外の各隊も侵入を開始しているわけで、至るところで既に戦闘行為が行われている。それを指を咥えて見ているのだから、愚痴の一つくらいは当然だった。
「本当に彼らがいるのかしら。あの隊長が信じられるのなら、合流すべきでしょうけど」
ファニルの視線の先では、早くも複数の隊が劣勢となり始め、中には逃走する者も見受けられた。念のため探してみたが、そこにラウリィとイッパツは見当たらない。
「相手は統率が取れていると見るべきね。これなら単独行動は避けるほうが賢明かしら」
「ああ。そのほうがいいだろう」
突如として返ってきた言葉に彼女は驚いた。
──気配なんて感じなかったのに。
現れた男は誰かを探すように真剣な眼差しで、砦を見渡している。敵意はないが、味方である感じもしない。無であった。
ひょっとすれば、彼女より先にいたのかもしれない。
──誰かに似ているような。
その姿にファニルは既視感を覚えていた。どうしたことか、微かに見覚えがあるような気がするのだ。
「すまない、声が聞こえたもので。その件で教えて欲しいのだが、“あの隊長”とは一体誰のことだ?」
誰もいないと思い、声に出していたのは失敗だったと反省する。彼女の悪い癖だ。
しかし、それはそれとして、相手は自分のことを知っているのだろうか? ふとそんなことが頭を過る。
──確認してみるべきかしら。
「構いませんが、先にこちらの質問に答えてもらいます。……どうでしょう?」
「もちろん、それくらいは構わないさ」
ファニルが探るように男を見ると、男は特に気にする様子もなく頷いた。
「では、あなたは誰の隊の所属となりますか? 名前も教えて下さい」
その間も、なんとか思いだそうと記憶の糸を手繰り寄せる。……知っている気がする。
「所属? そうだな……リゼール。リゼール隊だ。名は、フリード」
……リゼール。その名前に聞き覚えがあった。以前ラザニーで集まった際に、確かにそんな名前の人物がいたはずだ。それよりも──。
「フリード……」
「どうかしたのか?」
その名前は特別だった。
まだ幼かった頃、ファニルにも家族がいた。
厳しくも愛に溢れた母、どんな時だって味方になってくれる優しい父。そして、無邪気に自分の後を付いてくる可愛い弟。
幸せな家庭であったが、母は体が弱く、父は仕事で家を空けていることが多かった為、ファニルはいつも弟と二人で母の手伝いをしていたのだ。
この村には、医者と呼べるような人はいなかった。詳しいことは聞いたことがなかったが、父の仕事の都合により、この人口の少ない小さな村に引っ越してきたということは母がいつか話していたのを覚えている。
その為、母の体調が良くない日は、決まって弟と二人で薬草を採りに行き、それを煎じて特製のスープを作ったりもした。
弟はとても器用だった。
二人でよくおままごとに使う小物を作ったものだが、弟が作ったものはとても精巧に出来ていた。それに対し自分はというと、そうでもなく、出来が悪いものを弟に見られるのが堪らなく恥ずかしくて、隠れて必死に練習をしたのだ。
これは、今となっては良い思い出なのだろうか。
「いえ、気にしないでください」
ハッと我に返ると、誤魔化すように話を戻した。
「それから隊長の名前ですが、ヴィルマですよ」
「なるほど、ヴィルマか」
彼の表情からは読み取ることは出来なかったが、恐らくは満足のいく答えだったのだろう。
「ありがとう。俺はもう行くことにしよう」
「ええ」
不思議なことだが、本当はもう少し話をしてみたかった。そう、惹き付けられていたのかもしれない。
「そうだった、言い忘れていた」
フリードと名乗った男が、ピタリと立ち止まる。
「何か?」
「クラレッタには絶対に近付いてはいけない」
「どうして?」
「どうしても、だ。この忠告は聞いておくほうがいい」
念を押すようにそれだけ告げると、彼女の返事を待たずして流れるように戦場へと消えていった。
「……別人だって、わかってはいるけれど」
いなくなったその場所にじっと目を向ける。そして、ファニルの口が何度か動く。
──弟のはずがないもの。
何故なら、彼は自分よりも遥かに年上だったのだから。
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