第67話
「ええ私は知っておりますよ。その謙虚さこそがエレノーラ様の美点の一つであることも。ええ。よく理解しております」
そう淡々と告げるマリーナの顔には笑顔が貼り付いていたが、明らかに怒っていた。
そんなマリーナの威圧に、なぜ扉の前にいたのかとさえ聞けず、私は無言で頷くことしかできない。
「ですが、どこまで自分を追い詰めれば気が済むのですか!」
「ご、ごめんなさい!」
マリーナの剣幕に、私は反射的に謝罪の言葉を口にする。
が、それはさらにマリーナを怒らせただけだった。
「心がこもってません!」
マリーナは顔を明らかに不機嫌そうなものにしながら、言葉を続ける。
「そもそも、私達に何もできなかったという前提はなんの冗談なんですか? 私達の商会を守るためにと、誰にも言わず侯爵家に嫁ぐことを決めた上、何も言わずに私を侯爵家から追い出しておいて、私達に何もできなかったと? やかましいわ! です!」
言葉を続け内に、どんどんとマリーナの目がつり上がってくる。
それに私は思わず身体を縮こめる。
が、それでもマリーナは止まらない。
「エレノーラ様が、仕事ができないとネガティブになる根っからのワーカーホリックであることは知っていますが、そんな身体で禁断症状を発症しないでください!」
……マリーナは私を何だと思っているんだろう?
文句を言いたい気持ちになるが、何も言えず私はただ俯く。
そんなマリーナを止めたのは、アルトの静かな声だった。
「熱くお説教しているところ悪いんだけど、少しいいかい?」
「……え?」
怒りが浮かんでいたマリーナの顔が固まったのはその瞬間だった。
ぎこちない動きで、マリーナはアルトの方向へと振り向く。
そこにいたのは、顔に笑顔を浮かべたアルトの姿だった。
その目は笑っておらず、マリーナの顔がひきつる。
そんなマリーナへと、淡々とアルトは尋ねる。
「何でここにいるの?」
マリーナの顔が冷や汗が浮かび、青ざめたのはその瞬間だった。
言い訳を探すような、助けを求めるような顔でこちらを見てきた後、マリーナは意を決したように口を開いた。
「えっと、ヘタレなアルト様のサポートにと」
「あ?」
次の瞬間、アルトの顔に青筋が浮かび、マリーナがやってしまったとでも言いたげに目を逸らすことになった。
居心地の悪い沈黙が部屋を支配し、マリーナの顔が青から白へと変わる。
が、そんな中アルトは一旦息を着いて怒りを霧散させて、口を開いた。
「……もういいので、とりあえず私の鞄を取って来てください」
「は、はい!」
これ幸いとそそくさと部屋を後にするマリーナに、アルトは笑顔で告げる。
「あ、次に同じことをしたら許しませんからね?」
「……っ!」
青い顔をしたマリーナは、逃げるように部屋を後にする。
それを確認しながら、アルトはため息つく。
「本当にどいつもこいつも……」
それから少しの間アルトは項垂れていたが、少しして頭を振って切りかえる。
そして私の元に向き直り、口を開いた。
「私からも一つ、エレノーラ様に言いたいことがあるのですが、よろしいですか」
「……え?」
そのアルトの真剣な眼差しに、私は小さく動揺の声を漏らした……。
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