第4話

 公爵家新当主アルフォート·マークライト。

 それは、私の知る限り絶対に敵に回してはならない相手だった。


 別に直接会ったことはない。

 だが私は、商会の活動を通して公爵家新当主がどれだけ厄介な人物なのか、よく理解していた。


 貴族社会では、公爵家新当主はただ有能で顔がよいと騒がれているにすぎないが、商人という立場からアルフォートという人物を見ていた私は、彼がそれだけの人間でないことを知っていた。

 元々公爵家は商業国家と言われた国で、商業に関しては絶大な影響力を持つ。

 アルフォートに関しては、さらに別格だった。


 元々権力莫大な財力を持つ公爵家。

 商会から離れている私一人が対応できる相手ではなかった。


「くそ! 絶対にあの男は許さない! エレノーラ、早くどうにかしろ!」


 そんなことを知るよしもないソーラスは私にそう叫ぶが、今回ばかりはその言葉に従うことはできなかった。


「……私には無理です。公爵家には関わるべきではありませんわ」


「……は?」


 私の初めての不可能という宣言に、ソーラスが目を見開く。

 そんなソーラスに、私はさらに言葉を重ねる。


「公爵家に睨まれるのは最悪の事態です。いますべきことは、とにかく公爵家の従う姿勢をみせることかと」


 私が来たことによって、たががはずれたようにソーラスが問題を起こしているせいで、侯爵家はさらに評判が悪くなっている。

 こんな状況で公爵家に睨まれるのは絶対に避けなければならない。

 とにかく今は、公爵家からの敵意を逸らすしか手はないのだ。


「そうしなければ、侯爵家に待っているのは破滅ですわ」


 私はソーラスの目を見て、真剣に言葉を重ねる。

 今がどれだけの危機なのか、伝えるために。


「それがどうした? 私はどうにかしろと言わなかったか?」


「……なっ!」


 しかし、その私の言葉をソーラスが理解することはなかった。

 ソーラスは私の言葉をすへて無視し、苛立ちを込めた目でこちらを睨む。

 いいから動けと、言外に告げているのだ。


「だから、今は私にはどうにもできないと……」


 そんなソーラスに現状を伝えるべく、私は必死に言葉を重ねる。

 が、そんな私の言葉をソーラスが聞こうとすることはなかった。


「黙れ!」


「──っ!」


 激昂したソーラスが、私の頬を叩いたのは次の瞬間だった……。

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