【第四巻:事前公開中】魔法で人は殺せない17
蒲生 竜哉
アーティファクト盗難事件
クレール夫人の発明品がセントラルで盗まれた。懇願され、仕方なくダベンポートは退屈しのぎも兼ねてその発明品を探し始めたのだが、事態は思いも寄らない方向に……
第一話
ダベンポートは退屈していた。
このところ、これといった事件がない。平和なのは結構だが、何もすることがないというのも困りものだ。少々、ダベンポートは刺激に飢えていた。
「ただいまリリィ」
その日もダベンポートはまだ明るいうちに帰宅した。春が近づいてきて日が長くなっては来ているものの、普段では到底考えられない時間だ。
「おかえりなさいませ、旦那様」
そんなダベンポートをリリィは満面の笑顔で出迎えた。
そそくさとダベンポートからコートを受け取り、丁寧にブラシをかける。
「旦那様、お茶の準備ができています。すぐにお淹れしますね」
まだ明るい時間にダベンポートを迎えるリリィは嬉しそうだ。
「ありがとう、リリィ」
ダベンポートはとりあえず私服に着替えると、リビングで新聞を開いた。
紙面が春の記事で埋まっている。載っている記事はセントラルの街で春のフィスティバルが開かれるとか、王立バレエ団が隣国に出張公演に行くことが決まったとか、いずれも平和なものばかり。事件性のありそうな記事は一つもない。
「ふーむ、平和だなあ」
退屈してはいたものの、ダベンポートは今の生活に満足していた。平和な日々も悪くない。リリィと一緒に過ごす時間は楽しいし、話していても飽きることがない。
シュー……
ふと、ダベンポートは遠くの方から
(蒸気自動車が魔導院の中を走るとは珍しいな)
ダベンポートは新聞から顔を上げた。
その蒸気自動車はダベンポートの家の前で停車した。何やらワイワイと外で話している声がする。
「ふむ、クレール夫人かな? リリィ、すまないがちょっと様子を見てきてくれるかい?」
ダベンポートはリビングのソファから身体を起こすと、地下のリリィに声をかけた。
「はい」
すぐにリリィが地下から上がってくる。
リリィは少し玄関先で話をしていたが、やがて玄関から戻ってくるとリビングのダベンポートに声をかけた。
「旦那様、お客様です。クレール男爵夫人が旦那様とお話したいそうです」
…………
「では、セントラルで大切な発明品を盗まれてしまったと、そういうことなのですね」
二転三転寄り道するクレール夫人の話をまとめてダベンポートは確認した。クレール夫人の隣にはクレール家の
「はい、そうなのです」
クレール夫人は朗らかに頷いた。
話の内容は穏やかではないのだが、二人はいつものように鷹揚だ。
クレール夫人によれば顛末はこうだった。
その日クレール夫人は完成した新しい発明品を車に乗せてセントラルの特許局に向けて出発した。発明品は大切だったので頑丈なトランクに入れておいたと言う。
セントラルの街についた時、時間はちょうどお昼時だった。そこで、クレール夫人はセントラルで昼食を摂ることにした。車も街の中心の駐車場にちゃんと入れた。
「発明品のトランクには一応鍵を掛けたし、大丈夫だと思っていたのです」
クレール夫人はダベンポートに言った。
「ところが帰ってきたら発明品が盗まれていたと」
「左様でございます」
ミセス・クラレンツァがクレール夫人の隣で頷く。
「奥様、ですから私はあれほど不用心だと申し上げましたのに」
「そうは言ってもイヴリン、あれは重くて持っていけないわ」
どこか拗ねたようにクレール夫人がミセス・クラレンツァに反駁する。
「ならば、お昼は抜くべきでしたわね、私が再三申し上げた通り」
「そうなんだけど……」
クレール夫人は子供のように身を捩らせた。
「まあ、そのお話はあとでお屋敷でして頂くとして」
ダベンポートは二人の話に割って入った。放っておいたらまた話が横道に逸れてしまう。
「それで、トランクというのは? 確かお車に荷室はなかったはず」
メモを取りながらクレール夫人に訊ねる。
「自動車の後ろにラックがありますの。そこに頑丈なトランクを革のバンドで厳重に固定しておきました。でも……お昼から帰ってきたらトランクごと発明品がなくなっておりましたの」
どこかのんびりとクレール夫人はダベンポートに答えた。
「それはまあ、そうなるでしょうなあ」
そんな宝箱に見えるような箱が車の外にくくりつけられていたら、そりゃ当然そうなるだろう。車ごとなくならなかっただけ幸いだ。
「本来、盗品探しは魔法院の仕事ではないのですが、他ならぬクレール夫人のお願いです。お引き受けしますよ」
ダベンポートはペンにキャップを被せると手帳を閉じた。
…………
「ところで」
ひとしきり談笑した後、ふと気づいてダベンポートはクレール夫人に訊ねた。
「その発明品に魔法は関わっていますか? そうだとすると僕としてもやりやすい」
確かクレール夫人は最近魔法と科学の融合に熱を上げていたはずだ。だとしたらあるいは……
「それはもう!」
クレール夫人が誇らしげに胸を張る。
「あれこそ、魔法と科学の融合です。ですから私、あの発明品をモダン・アーティファクトと名付けたんですのよ」
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