邪馬台国伝

@tatsu1119

文台 一

大乱だと聞かされた。健(たける)の父は大きな、島とも呼べないような島に住んでいて、そこには大小様々な集落があった。時には集落同士のいさかいはありつつも、ある均衡は保たれていたらしい。しかし、争いの火は完全には消えず、燠火となって各地でくすぶっていた。燃え広がるのは一瞬だったらしい。父がいた島の北東から広がる更に大きな島にはいくつかの有力な国があり、その国々が遂に大規模な戦を始めた。島の北側は戦火に見舞われ、否応なく集落は連合して北東の国々に抗し、または吸収され、父の周りの集落同士でも大規模な殺し合いが始まった。集落の纏めだった父は土地を捨て、海に逃げた。逃げる途中で他の集落の人間も集まってきて、結局百人以上で何艘かの漁行用の船に乗り、西へ向かった。健はその途中、船の中で産まれた。十四年前のことだ。

会稽郡の海岸にある小高い丘に立ち、見えない祖先の地があるという東の海の果てに思いを馳せるのが健の日課だった。

そんな沈思が絶ち切られる。一艘の小舟が近づいてきた。稀に自分達と同じように亡命してくる人間がいる。健は最初にそうだと思ったが、すぐに違うことに気づく。

長い航海を終えた船にしては小綺麗で、何より櫓の漕ぎ方に力強さがある。決して尻尾を巻いて逃げ出した人間には出せない。

父のような臆病者には出せない。そして自分はそんな父の息子なのだ。

「倭人の村はこのあたりか」

岸に着くと、そこから男が降りてきて、ゆっくりとそしてまっすぐにこちらへ向かってきた。

背は健より幾らか低い。しかし盛り上がった筋肉と、日焼けした躰、精悍な顔つきが、気圧されそうな覇気を感じさせた。

「俺達に何か用か」

敵意のようなものは感じなかった。何より相手は二人なのだ。二人だということに先ほど気づいた。いや、最初から見えていたのに、この男のせいでもう一人の存在を感じられなかった。

「あんたら、ここで漁をして生計を立ててるんだってな。だがたいした儲けもでない上につまらんだろう。俺はあんたらにもっと面白い話しをもってきた」

「面白い話」

「そうだ。好きなだけ暴れられる。あんたら倭人は大きな戦を経験してきたんだってな」

自分達の住んでいていた場所は幾つかの島が集まっていて、その島国をここでは倭国と呼んでいるのだと父に聞かされたことがある。実際には纏まりはなく、国と呼べるかどうかもわからないような国々と、父がいたような集落が点在しているだけなのだが、この中華ではひとまとめに倭国、倭人とされている。

「経験と言っても、散々に打ち負かされて逃げてきただけさ。それに海に出たときは百人以上いたらしいが、無事にここにたどり着いたのはその半分くらいだったらしいぜ」

「五十人もいれば十分だ」

「その五十人の中には女子供だっているんだ」

「だが十年以上前だろう。子供だって成長する。現にお前はかなり腕っぷしが強そうだ」

「それと同じくらい歳を喰った大人もいる。そもそもあんたの話にのるかどうかもわからない」

「いや、お前達はのるよ。少なくともお前はのる。こんな退屈そうな目をした奴がこんな面白い話を逃す訳がない」

そう言って男は笑った。眩しいのは丁度太陽を背にしているからだと思った。


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