第22話 見習い

「おお! 皆トンボ殿が戻られたぞ!」




ガンボ村まで戻ると村のみんなまで、飛び出して中々戻らない私達を心配して、私が寄付したコバルトの武器を装備して、いざ追いかけようと準備している所だったらしい。




 だから大事にしようとすんな!




「トンボさんや鍛冶ギルドのお二人が無事に帰って来てくれて良かった! 武器を持って即座に追いかけようとした村長達を止めるのも、時間を稼ぐのも限界だったんだよ……」




 ザトシさんは相当苦労したらしく、コボルト退治に行った時より疲れた顔をしている。


 ザトシさんだけが頼りだ。頑張ってくれ。




「それで? ジウロの話じゃ洞窟の方に行ったって聞いたが、何かあったのか? というか、そいつはもしかして……ドラゴンか?」




 そういや、ザトシさん達はセヨンが消えた事を知らないのか。


 今朝少し居場所を聞かれた位にしか思ってないんだろう。




 村まで巻き込みかけたのがわかったのか、セヨンはモヒートさんの影に隠れて冷や汗をかいている。


 まぁ、この状況で私が危険なダンジョンに入る切っ掛けになりました。なんて言ったら、村人からの心証最悪になりそうだもんな。




「なんもないよ……あーいや、ダンジョンの心配はしなくてもよくなったか? あとコイツはカルデラ。新しい私の従魔だ」


「なに! まさかトンボさん……ダンジョンを攻略したのか?! ドラゴンはそこで?」


「成り行きでな……」


「そ、そうか……まぁトンボさんなら不思議はないのか?」




 難しい顔をしつつ、あっさりと受け入れたザトシさん。


 なんというか、この人も慣れてきたな。




「聞いたか皆! トンボ殿がコボルトに続き、今度はダンジョンの脅威から我々を救ってくださったぞ! しかもドラゴンテイマーじゃ!」


「「「うおおぉぉ~!」」」




 村長さんが演説するかのように、集まっていた村人に向けて言葉を発した。


 その言葉に呼応するように、手にした武器を掲げて盛り上がる村人達。




 なんだこれ……。


 武装蜂起した農民の図にしか見えない。




「やはりトンボ殿……いや、トンボ様はガンボ村の守護女神様じゃー!」


「「「おおぉーー!!」」」




 なんか村長がカルト染みてきて怖いんですが。


 しかし、ここはガツンと言ってやらねば!




「だからそれ止めろって言って『対象の一定数の信仰獲得を確認。対象周辺に対象の箱庭外部の生命反応多数確認。規定に則り“時間停止”を実行』」




 私の言葉を遮るように、頭の中に聞いたことのない女の声が響き。


 まるで世界を写真として切り取ったかのように、村人達もセヨン達も、舞い落ちる木葉も風のざわめきも、全てが停止した。




「なん『これより管理者からの説明に移ります……“転送”』」




 次の瞬間、私はその場から“転送”された。






ーーー






 ーーだ一体! って、ここは?!




 私はなにもない真っ白な空間にいた。




 覚えている。


 ここは神様と邂逅したあの空間だ。




「お久しぶりですトンボさん。いきなり呼び出して申し訳ない」




 そして、目の前にはやはりあのシルエットのような神様がいた。




 なんで私を呼び出したんだ。


 信仰の獲得ってのに関係あるのか?




「理解が早くて助かります。その通りです。トンボさんに対して一定の信仰……だと、トンボさんは嫌いそうなんで簡単にいえば、敬い尊ぶ気持ちですかね? それが一定数を越えたらここへ転送するように頼んでいたんですよ」




 誰にだよ。


 いや、あの声の主に決まってるよな。




「彼女は私の補佐役……貴女風に言うと“光の管理者”って事になりますかね?」




 光の管理者。




 あぁ……薄々気付いてはいた。


 私に付いた《神の後輩》の称号。


 ダンジョンにすら干渉できる力。


 そして『箱庭世界』。




 先ほどセヨンの言った言葉を思い出した。


 トンボは神様なのか?




 目の前の神様がその答えなのか。




「そうです。貴女の転生した世界。ルスカとは……私の箱庭世界なのです」




 やっぱりか。


 自分でも意外な程、驚きはなかった。


 ただ問題を挙げるとするなら。


 私が神様と同じ力を持っているという事だ。




 あんだけ村長やセヨンの言葉を否定して来たのに、勘弁してくれよ。




「はははっ、気にする所がそこですか? しかし実際の所、貴女の壁魔法の成長速度は早い。異常と言ってもいい。まさか異世界に転生して二日目に代行者……管理者を作るなんて驚きました。私の時は三年も自分だけで管理頑張ってましたよ?」




 “私の時は”って事は、神様も元々人間だったのか?




「はい。貴女と同じ日本人で駿河と言います。私はシャイで臆病者なんで、他人に管理を任せるって発想に中々至らず」




 しかも日本人なのか?!


 まさか神様と同郷とは。神ノ国ジパング恐るべし。




 それに世界名の由来も察しがついた。


 駿河。スルガ。スルカ。ルスカ。


 濁点抜かしてアナグラムにしただけだ。




「管理者を次々に生み出し、細かな調整を全て任せる思い切りの良さ。そうする事で外での活動時間が増え、貴女は瞬く間に他人に敬われる立場になった」




 ただ管理が面倒だっただけなんだよなぁ。




「それでもですよ。行動しなければ結果は生まれない。貴女が村を救ったから敬われた。大事なのはそこですよ」




 そういうもんかねぇ。




「そういうものです。貴女の生き方、モノの考え方、そして他人を思う心。全て見てきましたが、やはり私は貴女を気に入っている。だから是非とも貴女には……新たな神候補になってもらいたい」




 なんで神様は私を神にしたいんだよ。


 なんか神様にメリットでもあんのか?




「ありますよ。スキルの上限は通常10レベルなのですが、実は私の《壁魔法》、今もレベルアップを続けているんです」




 これだけの世界を作れる壁魔法のレベルっていくつなんだよ。




「今現在は53.5057レベルです。高レベルになるほどレベルは上がりづらくなるんですが、それでも世界の管理をしていると、勝手に少しずつ上がっていくんです」




 十点満点の世界で急にドラ◯ンボールの戦闘力クラスの数字を持ち出すな!


 インフレし過ぎだぞ!




「そして、レベルが上がれば当然箱庭世界も広がります。しかし、広すぎる世界を管理するのは大変なのです」




 管理者を増やして対処できないのか?




「焼け石に水ですね。それに管理者が増えれば、今度はその管理者を管理しなければならなくなる。地球の神話を思えば理解できるでしょう?」




 イタチごっこって訳か。


 そういや地球の神話ってカオスだったな。


 あれが全員管理者なら、それを管理するのは大変そうだ。




 って事は地球のあった世界も誰かの箱庭なのか?




「私の先輩が作った箱庭ですよ。箱庭が広がり過ぎて管理が行き届かなくなり、地球からはマナが消え魔法の存在が空想になった世界」




 地球には元々魔法が存在していたのか!


 それが消えたのが管理不足とは、なんとも言えない切なさを感じるな。




「だから世界を管理できる位小さくする為に、世界の内側に壁を作り、切り取ってもらう必要があるんです」




 それが私の壁魔法と箱庭世界って訳だ。


 私の役目は、箱庭として世界を切り取り、この世界を神様がちゃんと管理できる状態にする事。




「そうです。私も同じ道をたどりました。私のメリットは世界を正しく管理維持できること」




 だから私に箱庭の神になれって?


 一応聞くけど拒否権は?




「ありますよ。でも拒否する場合は記憶を消してやり直しです」




 前と同じってことね。




「すみません。それだけ壁魔法の適性を持っている人は希少なのです。貴女の魂も、先輩に無理を言って貰い受けたものでしたから」




 ああ、こっちの世界には適性を持った奴がいないんだっけ?




「そうです。代替できるものがないか色々と試したんですが、ダメでしたね」




 代替……もしかして、ダンジョンか?




「よくわかりましたね、その通りです。ダンジョンは擬似的な箱庭として、人以外に壁魔法の適性を見出だす為、私が考案して作ったものですよ」




 やっぱりな、ダンジョンコアの仕様や操作の仕方を知った時、壁魔法と似てると思ったよ。


 ダンジョンは神様が作ったモノとも言われてたし。




「一応ですが一定の効果はあったんですよ? だから今までも、定期的にダンジョンを生み出しては世界を削ってきましたが、世界を管理するためとはいえ、ダンジョンが危険な存在に変わりはありませんから……」




 大量のダンジョンを生み出せば壁魔法はいらないのかもしれないが、それをすると、今度はダンジョン同士による、血で血を洗うようなダンジョン大戦でも起きそうだ。


 薬も過ぎれば毒となるって事だな。




「まぁ、今は貴女がいますから、新たなダンジョンを増やす必要はなくなりました」




 これ以上危険なものが増えない。


 それは私としても喜ばしい限りだな。




 しかし、管理をするのが大変だってのはわかったけどさ。


 だったら最初から全部説明してくれれば協力したぞ。




「壁魔法を悪用したり、この世界のルールを軽視する人に、一部とはいえ私の世界は渡したくない。だから先ずは貴女の事を知りたかった。言いましたよね『貴女の生き方次第』って……」




 あの時の言葉の意味はそういう事だったのか。


 試されているみたいでムッとはするが、私が神様の立場でも同じように渡す人間は選ぶだろうから、何も言えない。




「多くの人に敬われるぐらいの人物なら、こうして真実を話して協力してもらうつもりでした。最もこんなに早いとは思っていませんでしたが……」




 でも協力って言っても何をすればいいんだよ?




「特に何も。今まで通り好きに生きてくださって構いません」




 そんなんでいいのか?


 私は楽でいいけど。




「はい、壁魔法のレベルを上げてもらえば、私の目的は達成されますからね。既に貴女の成長を止めて寿命は延ばしましたから時間はあります。気長にのんびりやってください」




 は? 今なんて言った?




「あっ、成長が止まると言っても死なない訳ではありませんから、気を付けてくださいね!」




 おいっ! 成長が止まるってどういう!




「最後に一つアドバイスです。あのドワーフさんを管理者に加えるならご注意を……管理者になるという事は、生物の枠を外れるという事です。よくよく話して決めてくださいね……では真壁蜻蛉さん、貴女の人生に祝福を」




 だから待てって! 成長が止まるってことは!




「頑張ってくださいね。神様見習いさん」


『お疲れ様でした……“転送”』






ーーー






「私の胸がー! エルに馬鹿にされるー!」




 私が絶叫した瞬間ガンボ村に転送され、村中に私の叫びがこだました。




 ざわざわとざわめく村人達。


 そしてヒソヒソと「胸?」「むね……」「ムネ」という単語が次々に聞こえ、全員の視線がある一点に集中した。




 私は自分の顔が赤くなるのを感じた。


 あまりの恥ずかしさに身体がプルプルと震える。




「トンボさん……確かに小さいけど気にすんなよ!」




 ジウロの野郎が私の肩を叩き、いい笑顔でサムズアップしてきた。




「死ねっ!」




 私はその顔面に拳を叩き込んだ。

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