アリウム_act.1


 ウム、入ってくれ。


 …オヤア、見ない顔だが吾輩に何か用事でもあるのかね。


 フム、病気かもしれない…。それも、医者が匙を投げるほどの難解な病…。


 ソノお薬の処方箋を出してほしい…。


 イヤ、待ち給えよ、キミ。


 吾輩はこの学園の隅っこ部屋に唯々(ただただ)ひっそりと場所をいただく老人だよ。このあいだなど、ボサボサ髪に日焼けした白衣、ひものないブーツなどを履いて脛に当たる部分をブカブカさせながら下の街を散歩するものだから、ルンペンかなにかと間違われて、軒先に露店をだすベィカリィショップの女店員に「よかったら、どうぞお食べになってください」などと、クロワッサンだのアンパンだの小さなパンの詰め合わせなどを恵まれるような、出所不明を体現したような風体の男だ。どうして医者に治せない病を私が治せると思うのかね。


 たしかに、吾輩のように、人と人との会話に耳を欹て、興味の湧いた話題に関してはただひとりこの形の悪い頭蓋の中でグルグルと反芻し、日夜この世のためになるともならぬとも思われぬような考察をすることを生業にしている人間には相談の類が後を絶たん。


 難解な言葉を弄するがゆえに、物知りかなにかと勘違いするようなのだ。昨日も想い人への恋文の書き方を教えてほしいなどと、マセたことをいう小学生が訪ねてきた。その前は、株で一儲けしたいのだが、どの株をかったら良いかなどと無責任なことを言ってくる輩もいた。その前は、おいしいアボカドの見分け方…。吾輩はなんでも屋ではないぞよ。


 ウン。山城にここを紹介された。フーン、と、いうとあいつには治せない病気だったか。癪の持病かなにかか?…ちがうか。生きるのがつらい…鬱の類か…?フム、これもちがう。


 どれ、がぜん興味がわいてきたぞ。山城が吾輩に何か意地悪ななぞかけをしているような、挑戦的な雰囲気も感じる。


 アイヤ、病人を無下にあつかってすまなかった。いちばん状況が理解できないのはキミだろう。そして、だれを頼る当てもなく、藁にも縋る気持ちでこの日当たりだけは好い殺風景な部屋にきたことだろう。


 おおかた、山城のところで風邪か何かを診てもらったら、「これは、大変な病気だ」などと言われて脅かされたのだろう?ウム、それくらいわかる。あいつとの付き合いは、年月でいうならイヤに長いからな。


 それで、どんな症状なのかいってみなさい。


 ハハア、この吾輩が診察してしんぜよう。



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