第10話
どんなに手で抑えても、口をぎゅっと引き結んでも涙は止まらない。しゃくりあげて泣いている緋鞠を見て、湊士ははぁと息をついた。
きっと、呆れられてしまったのだろう。
湊士が動いた音が聞こえて、立ち去ってしまうだろうと思った。けど、予想に反して頭にそっと暖かい重みを感じる。
「やっと素直に言ったかー」
そういって、ぐりぐりと頭を撫でられる。驚いて顔を上げると、そこにはいつもの笑顔を浮かべた湊士がいた。
どういうことだろうか?
驚きから涙が止まって、きょとんとした表情になる。
「おまえ、あんまり自分の気持ち言わないだろ」
「え?」
そんなことはないと思うけれど。周りからよくわかりやすいと言われるし、自分の気持ちは言うほうだ。
ふるふると首を振って否定すると、湊士は考えるように顔をしかめる。
「あーっと、わかってねぇな? ほら、あれだ……本音! 不安だとか、悩みとか。言わないだろ?」
「そんなことは……」
反論しようと記憶を探るが、思い当たる記憶がないことに気づく。でも、そうだと認めたくなくて顔を逸らした。
「ちゃんと言うよ」
「おい、逸らすな」
ぐいっと顎に手を添えられて顔を向けさせられる。見透かされているような視線に、緋鞠はぷくっと頬を膨らませた。
「そんなことない!」
「はいはい。とにかくそうだとしても、だ。おまえは言わなさすぎ!」
「まだいうか~!」
「そこまで思い詰めてたくせにか?」
うっと言葉を詰まらせる。頭に血が上ったとはいえ、人前で泣き出してしまっては、説得力がない。しょぼんと眉を下げた緋鞠を見て、湊士は手を離し、またため息をつく。
「いっぱいいっぱいになるまで背負い込むな。おまえにはちゃんと頼れる仲間がいるだろ」
「だけど、足を引っ張ってる上に相談なんかできないよ。私が悪いのに」
「どう悪いんだ?」
今日の戦闘で失敗ばかりしていること。連携ができないこと。あまつさえ月鬼の気配さえ気づかなかったことなど、思いつく限り話してみる。
ふむふむ、と頷きながら聞いていた湊士が、だんだん渋い顔になっていった。そうして出した結論は──。
「おまえ悪くなくねぇ?」
「なんでやねん!!」
思わず関西弁で突っ込んでしまう。
「ちゃんと聞いてた!?」
「おう。あ、そっか。訂正、誰も悪くない!」
「どうしてそうなるの!?」
話が通じている気がしない。私は宇宙人とでも話しているのか。
はてなマークをたくさん浮かべながら、額に手をやった。湊士も同様に、わけがわからないというように肩をすくめる。
「じゃあ聞くけど、おまえらチーム組んでどのくらい?」
「今日が初めてだよ」
「進行状況は?」
「予定通り」
「誰か怪我したか?」
「ううん、してないよ」
「どこが駄目なんだ!?」
突然の大声に、ビクッと肩を揺らした。湊士はがしっと緋鞠の肩を掴むんだ。いいか、とまるで子供を言い聞かせるように話し始める。
「チームを組んだ初日に完璧な連携なんて出来るわけないだろ。お互いにどんな闘い方や癖、弱点をすべて把握してないんだから」
「そうだけど。でも、みんなちゃんとできてるし、私だけできなくて……」
「それはおまえの戦闘スタイルが個人よりのものだからだ。経験積めばどうにかなる」
「だけど、今できなきゃ意味ないじゃない」
「できないと困るって言われたのか?」
言われて、試験中のことを思い出してみる。
……そうだ、そんなこと言われてない。どんなに戦闘中に失敗しても、琴音と銀狼はもちろん。翼も、困るとか、迷惑だとか言わなかった。むしろ、心配そうに気にしてくれていて。
だからこそ、申し訳なくて──。
「……言われてないよ。みんな、優しいから」
「だよな。おまえだって言わないだろ?」
「うん……」
「焦りすぎなんだよ。まだ一日目、初任務とはいえ気を張りすぎだ。それじゃ、逆に危険だぞ」
湊士の言っている通りだ。あまりにも、恐怖に支配されすぎていたのかもしれない。だけど 、やはり不安は拭えなくて、胸の辺りが重りを抱えているようにひどく重かった。
その暗い表情に、湊士はやれやれと首を振った。
「そんなに慣れるのに時間が掛かりそうなのか?」
「上手くできるイメージが、まったくできなくて……」
いつも一人で、まっ暗闇で闘ってきた。そのなかに、誰かいてくれたらいいのにってずっと思ってた。だけど、そんなの夢のまた夢で……。
緋鞠は、自身の袖をぎゅっと握りしめる。
それを見て、湊士はうーんと考えるような素振りをすると、何かを思いついたようにぽんっと手を打った。
「なら、俺が手伝ってやるよ」
「え?」
「さっき闘って思ったんだけど、おまえはスピード重視の闘い方みたいだし。他の闘い方するやつと手合わせしていったほうがいいと思うんだよな」
そうして、ビシッと自分を示す。
「ちなみに俺は力重視な。んで、蔵刃は罠とか細かいの得意だし、来栖は剣士なんだけど、策士で嫌なとこばっかついてくるから。めっちゃためになるぞ」
「それって……稽古してくれるってこと?」
「おう。それでいろんな闘い方を知っとけば臨機応変に対応できるようになるだろ」
緋鞠は「おお~」と感嘆の声を上げ、尊敬の眼差しで見上げた。だけど、来栖や蔵刃まで巻き込んでしまうのは、なんだか気が引ける。
「でも、迷惑じゃない?」
「なんで?」
湊士は不思議そうに首を傾げた。
「だって友達の友達は、友達だろ? それにおまえ言ってたじゃん。みんなと協力していきたいって。おまえだって頼っていいんだぞ。さっきも言ったけど、頼らなすぎだ。友達とか、仲間とか。協力もだけど、弱さも見せて頼っていくもんだろ。だから、おまえもいいんだよ」
ぐいっと手を引かれて、「な?」っと太陽のような笑顔を向けられる。その優しさに、また涙腺が緩んだのか、ポロっと涙がこぼれた。
「な、なんで泣くんだ!?」
ぎょっとして、袖口でぐりぐりと目元を擦られる。
「ちょ、痛い痛い」
力強めで本当に痛い。その手を遮り、なんだかおかしくて、今度は笑ってしまう。それを見て、湊士はますますわけがわからないという顔をした。
一通り笑うと、緋鞠は湊士に向き直った。
「湊士、ありがとね」
「! おう!」
どちらからともなく二人で拳を出すと、こつんと合わせた。まだ、戦闘に不安は残るけれど、さっきまでの重苦しさはなかった。
出来ないことばかりで嘆くよりも、もっとみんなと向き合っていこう。自分のことも、ちゃんと話せるようになろう。自分は一人じゃないんだと、少し元気が出たのだった。
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