第16話
京奈は、腰に巻いていた黒いウエストポーチから数種類の霊符を取り出す。
治療用、麻酔用、解毒用など澪から渡された、さまざまな霊符が用意されていた。
「眠らせてもいいけど、正直効果は薄そうだなぁ」
「その前に効かないだろ」
霊符で、あの強靭な霊力に勝てるとは思えない。ほとんどが無効化されるだろう。
「そもそもまりまりから送られる霊力が原因で暴走が起きてるから……うん、やっぱり霊力をどうにかした方がいいかな」
「なにか方法があるのか?」
「ギンちゃんの霊力を増幅させて抑止力を強めるの」
ただでさえ、力が強いのに増幅させるというのか。
あまり良い方法だと思えないが……。
「そんなことしたら、余計に抑えられなくなるんじゃないか?」
契約妖怪は此岸に存在するために、術師から霊力を受け取らなければならない。少なければ上手く実体化できず、強すぎれば術師の霊力に蝕まれ自我を失う。
「ギンちゃんに意識が戻れば、自分で制御できるはずだよ。まりまりから送られる霊力が強いせいで、均衡が保てないから暴れてるんだもの」
「……なら、やるしかないか」
銀狼は巻き付いた網にがんじがらめとなり、動けなくなっていた。しかし、鋭い眼光はギラギラと光り、翼を睨みつける。警戒心が翼に向いているうちに、京奈は右手の契約印にそっと霊符を貼り付けた。
これで、霊力の増幅を行えるはずだ。
(あと少しで助けてやれるからな)
二人は銀狼を挟んで向かい合うと、それぞれ札と霊符を構える。今回はなんの準備もない出たとこ勝負。
凶と出るか、吉と出るか──。
「
青白い光が手元の札を包み込む。
今回、本来必要となる陣を描くことができなかった。それを補うため、代わりに札に陣を描き、それを基盤として術を発動させる。
「地なる霊脈 空に門」
「我が身 我が力は君が為 彼の者に力を与えよ」
「
五芒星を描き、術が発動する。銀狼を取り囲むように浮かぶ札が、一斉に青白く光り出した。光りは銀狼に向かって集まり、柔らかい光で包み込む。
緋鞠のものであろう紅い光を帯びた霊力は、静まるように、だんだんと弱まっていった。それに相まって、刃のような気迫も抑えられていく。
これなら上手く行きそうだ。ほっと、肩の力を抜こうとした。
「!」
そのとき突如膨らみ出す殺気に、背筋が粟立った。
(まずい──)
「京奈! さが」
ドンッ! と紅い風が噴火のように噴き上げる。竜巻のように巻き上がり、札を風圧で細切れにした。翼は顔を腕で庇いながら、その場になんとか踏みとどまる。
京奈の様子は、風の壁で見えなかった。
収まるどころか、以前よりも強まった力。その怒濤なる力の波は、失敗したことを意味していた。
立ち昇る紅い竜巻に、かつての火事の光景が重なる。
あのとき、自分は何もできなかった。まだ齢十二の少年だったというのこともあるのかもしれない。けれど、頑張って努力して、手にした鬼狩りの力。それさえも、役に立たなかった。
──なら、自分には何がある?
いつも間に合わず、大事なものを守れない。こんな役立たずな自分に残っているものなんか……。
俯いた先、見えたのは手の甲に残った黒い痣のような呪いの痕。
妹が継がなければならなかった玄翁の呪術。
次期当主なのだから、上手くできないと。そういって一人で寂しそうにしていた妹と共に学んだ。兄として、何か手伝いになりたかった思いと、呪術という人に嫌われる能力を一人で背負わせたくない一心だった。
けれど、知れば知るほど嫌になる。呪術は人を傷つけ、苦しめるだけ。誰も救えやしない。
まるで、己のようだ。傷つけて、恐がらせて、誰も助けられない。役立たずで無価値。
それでも──。
ぐっと拳を握りしめ、前を向いた。
それでも、呪術で苦しめたとしても、助けられるなら助けたい。ひとつだけ、手がなかったわけではない。だけど、一か八か。
「颯月」
霊力で形作られる封月。これなら、おそらく触媒となり得る。紅い風のなかに打ち抜くには、術を使うしかない。霊力を封月に流し、投擲の構えを取る。
「下弦の一・
ドリルのような風を纏う、初手の術。風の中心に向かって投げると、分厚い風の壁を貫いた。ズブリと、肉に刺さる音が聞こえる。
──ガァァアァアアア!!
銀狼の悲鳴にも似た叫び声に、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。だけど、ここで止まるわけにはいかない。
印を結ぶと、瞳を閉じる。霊力を鎖のように編むイメージで練り上げた。
「負の螺旋は我が身にあり 蝕む因果は鎖となりて その魂を縛ろう……急急如律令!」
ドクンっと、心臓が強く脈打った。
呪術のなかで最も危険視される“感覚共有”。聴覚、視覚といった五感。それに加え、記憶や霊力に至るまで。対象となる生き物を自身の魂と繋ぎ、全てを共有させる呪術。
この術を使い、銀狼の代わりに自身が霊力を操作して抑え込めばいい。そう、思っていたのだ。
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