第7話

「こちらは陰陽院の五代元帥の一人、桜木さくらぎ松曜しょうようさまである。陰陽師の名家、桜木家の現当主であり、現在は星命学園の理事長を務めている。本来ならば、貴様のような一般生徒がお目にかかることなどない御仁で……」

緋鞠ひまりさん、私はいつも学園の中庭にいることが多いですから、よかったら会いに来てくださいね」

「え? あ、はあ……」

「いつも理事長室にいらっしゃらないと思ったら、そんなところにいたんですか!?」

「最近、孫が顔すら見せに来てくれないんです。反抗期でしょうか……」

「さ、さあ?」

「松曜さま!!」


 ふたりの漫才のようなやり取りのせいで、重要な内容も頭に入ってこない。

 緋鞠は床に膝をつくと、銀狼の小さな三角形の耳に口を寄せた。


「ねえ、とりあえず、桜木さんて偉い人?」

『ああ、すごく偉い人だな』

風吹ふぶきさんが台無しにしてない?」

『そんな感じだな』

「そこっ! 聞こえているぞ!」

「ひっ!?」


 刀の柄に手をかける唖雅沙を見て、緋鞠は銀狼をぎゅっと抱きしめる。

 困り顔の桜木が、なにかをひらめいた様子で手を打った。


「唖雅沙くん、お茶を淹れてきてくれませんか?」

「はっ?」

「ものすごーく喉が渇いたんです。お願いしますね」

「は、はあ……」


 上司に頼まれては、さすがの唖雅沙も嫌とは言えない。不承不承といった体でうなずくと、書斎を出て行った。


 桜木はゆっくりと車椅子を動かしながら、オープンテラスへと緋鞠と銀狼を誘った。

 緋鞠は客人用のソファに腰を下ろすと、ほっと息をつく。


「申し訳なかったですね。唖雅沙くんは、とてもいい子なんですが、少々細かすぎるところが難点でして。緋鞠さんは唖雅沙くんのことなど、気にせずに私のことはおじいちゃん的な扱いでいいですからね?」

「わかりました。おじいちゃん」


 さっそく呼んでみれば、ぱあっと人の好い笑みを向ける老人に、唖雅沙の苦労が見えた気がした。


 膝に座った銀狼が、鼻の先をサコッシュにぐいぐいと押し付けている。


「あ、そうだ。桜木さん」

「もうおじいちゃん呼びはおしまいですか……」

「冗談は置いておいてください」


 しょんぼりする桜木に、一瞬罪悪感が湧いたがそれどころじゃなかった。サコッシュから引き裂かれた封筒を取り出す。


「推薦状、破られてしまいました。ごめんなさい」

「ああ、それなら大丈夫ですよ。それは通行証代わりに渡しただけですから。学園の入学試験の必要な手続きは、私がしておきました」

「よかったー」


 安心した緋鞠はソファにどっと背を預ける。


「でも、誰に破られたんですか?」

「——三國みくにつばさですよ」


 ティーカップをふたつ押せたトレイを手に、オープンテラスに入って来た唖雅沙が忌々しげにその名を口にする。


 ——三國翼。

 先ほどの少年の名前だろう。

 金髪碧眼で、天使のように美しい容姿をしていたけれど、悪魔みたいなヤツだった。思い出しただけで怒りが再燃しそうだ。


「おやおや。それはまた珍しい」

「珍しいものですか! 最近のあいつの命令違反は見るに耐えませんよ!」

「三國……くんて、いったい何者なんですか?」


 これから試験を受けるとはいえ、緋鞠はまだ合格したわけではない。部外者に教えてよいものかと、唖雅沙は戸惑っている。


「唖雅沙くん、教えてあげてください」

「はい……」


 ティーカップを桜木と緋鞠の前のテーブルに置いた唖雅沙は、桜木のとなりのソファに腰かける。


「三國翼。齢十二で鬼狩り試験を合格、最年少記録を更新し、かつては神童と呼ばれた少年だ。現在は、月鬼討伐部隊五十四隊に所属している」


 ふむふむと頷きながら、淹れてもらった紅茶に口をつける。


「彼、貴女と同い年ですよ」

「っ!?」


 紅茶にむせた。


「げっほ! とっ、年上じゃないんですか!?」


 同い年ですでに部隊に所属してるということは、かなりの実力者ではないか。というか、よくよく考えると、鬼狩りの組織自体、正直よくわからない。


「ううう、鬼狩りの組織ってなんなの……?」


 頭を抱えている緋鞠の様子を見た唖雅沙の目がきらんと光った。

 近くの棚の裏からホワイトボードを出してくる。そして、胸ポケットから眼鏡を取り出し、指示棒を引き伸ばした。


「それでは、貴様に特別授業を行ってやろう」


 眼鏡のブリッジを指でくいっと押し上げる。

 こうして風吹唖雅沙のなぜなに教室が開かれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る