29 招集

 二の宮手製の夕食を終えたシュリは、食器の後片付けを当番の四道に一任し、早々に自室に戻った。

 新興都市オーキッドに構えられたこの集合住宅は、少し前まではブルーコートの独身寮として機能していた西欧風の建物だ。しかし、ブルー増員に伴い申込者が急増し、新しい寮を建設したため、旧寮は予備兵登録機関に払い下げられ、今では予備兵の格安寮として利用されている。

 寮、といっても、予備兵は召集・有事外は単なる一般人でしかないので、学生寮のような規則は一切存在しない。男女分けもされておらず、入居者は一人につきひと部屋ずつ個室が宛がわれる。トイレ、シャワーは共同。食事は食堂で各々料理するか、外食にするかだ。かつて独身者の為の寮だったため個室の広さは十二畳程度と狭いのが難点だが、それさえ気にしなければ条件は破格だ。立地も、交通の便も良く、ペットも可であるため、シュリ達以外の入居者もそれなりにいるようだった。


 三階の奥から三番目、そこがシュリの個室だ。

 二の宮の字で「イチキ」と書かれた読み込み式ドアプレートを一瞥し、携帯端末ポータルで解錠すると、音もなく中に滑り込む。センサーが体温を感知し明かりが点くと、質素――というよりも物が少ないだけの室内が明らかになり、シュリは息を吐いてベッドに腰掛けた。


「きゅぴぃ?」


 ため息が気になったのか、シュリの傍のエオリアが首を傾ける。その愛嬌のある仕草に口元を綻ばせ、エオリアの頭部を優しくなでると、《ポータル》のホロ画面を立ち上げた。

 知り合いからのメールもなければ、特に気になるニュースもない。それでも持ち無沙汰で適当な表題をクリックし、ただひたすら内容をぼんやり眺めた。



 *



 寮の食堂に集まった全員の耳に、ぱたぱたと廊下を走る足音が聞こえた。〈ノウア〉で見慣れた扉がオートで音もなく開くと、向こう側から二の宮が飛び込んで来る。


「うっわー、ホントにヴィクスだ! ライトクンも久しぶり!」


 喜びいっぱいに彼女流の挨拶が交わされる。感激を胸に二人に満面の笑顔を見せると、ふと、彼らの周囲を見渡し、シュリ、三好、四道までもが勢ぞろいしていることに気付いた。


「……? なんかあったの?」

「ああ。……ま、予定通りっちゃ、予定通りなんだけどな」


 二の宮の頭をガシガシと撫でるヴィクスの表情は冴えない。並び立つライト少年が不機嫌そうなのはいつものことだが、表情にかげりがさしているように見えるのは目の錯覚だろうか。


「立ち話もなんだ。とりあえずコーヒーでも飲むか」

「ここセルフサービス」

「あたし淹れてくるよ」


 四道のぼやきにかぶせて二の宮が場を離れる。四道が溜息をつくのも無理はない。はあ、という悩ましげな音を響かせ、四道はジロリとヴィクスを睨んだ。


「彼女につけいるな」

「ほー」


 ヴィクスの目が四道に向けられる。にやり、と笑う口元には、明らかに何かが含まれていた。


「……なんだよ」

「別にぃ?」


 ささやかに怒りを覚える四道の気持ちも分かるが、反論したところでまともな応対は期待できないだろう。むしろさらにからかわれ、イライラが募るばかり。四道もそこは気付いたようで、眉間のシワをこれみよがしにヴィクスに見せつつ、あえて沈黙していた。


 二の宮を手伝うべくシュリもその場を離れ、食堂の奥に設えられたキッチンへと足を向けたると、既に準備は手早く進められており、シュリの手助けも最小に人数分のコーヒーが出来上がった。

 二人がかりでいれたコーヒーが、冷めることなく全員の前に差し出される。

 カップは食堂に備え付けられているものを拝借しているため、全員が同じ真っ白の飾り気のないマグカップだ。


「さんきゅ」


 それを手渡しで受け取ったヴィクスは視線で全員の意気を改めると、コーヒーを煽り、中身を半分にした。


「――今度、南部でモンスの掃討がある。予備兵も投入して大々的にやるらしい」


 前置きだけで話の内容が見える。

 沈黙はあったがそれほど長くもなく、気の短い三好が業を煮やして話題を進めた。


「オレらにもお呼びがかかったわけだ。しかもその調子じゃ、けっこーヤバイところなんだろ」

「まあな。遠征地がやばい上に、配属先も最前線だ。ただし、お前ら四人まとめてオレとライトに同行することになってる。――セラフィムに感謝しろよ? ……いや、代表に同情しろ、か?」


 何をやったのだろうか、あの銀髪男は。


「危険地域に僕達を送り込んで、お灸をすえてやろうと思ったら、見事邪魔されたわけだ」


 いいきみだ、と四道がせせら笑う。その点に関してはヴィクスも同意らしく、彼はゆっくりと頷いていた。


「いくらなんでも代表もやり過ぎなんだよ。今回集められた予備兵は評判のいいやつらばっかりだし、対モンスターに特化したプラタが出張るような作戦だ。なのに新人同然のお前らを前線に送ろうとしてたんだぜ? ――まあ確かにお前らはけっこーやるし、ウルトラマリンの一件もテラコッタのことも仲間内じゃ話題になったし、ガーディアン連れのシュリもマイも有名だし……ってあれ?」


 ――その話を正当に評価するなら、前線送りになっても仕方がないような気がするのは気のせいだろうか。


「と、ともかく」


 ごほん、と咳払い。


「集合は三日後、軍本部バーガンディーに十七時集合だ」

「夕方集合?」


 三好が眉をしかめる。


「作戦開始予定時刻は二十三時――つまり真夜中だ。夜はモンスの動きが活発になる。そこをわざと襲撃して、モンスを大量に集めてレーゼンメーテルでトドメをさすって作戦内容でな。……あぶねぇ、て言ったのは、そういうこった」

「レーゼンメーテル……」


 聞き覚えのある名を、シュリは口の中で反芻した。

 シュリ達がヴィクスとライトに出会うきっかけとなった新型武器の名前だ。〈バイオ〉での実験の際には出力調整がうまくいかなかったようだが、〈ノウア〉での使用許可がおりたところを推測するに、問題点は解消されたのだろう。


「レーゼンメーテルか……。ま、今の仕様なら問題はないだろうけど」


 知った口をきくのは、勿論、四道しかいない。


「でも〈ノウア〉での使用には反対する人も居たはずなんだけどな」

「代表が押し切ったみてぇだぜ。ま、その辺は報道なんてしないだろうけどよ」


 吐き捨てるようなヴィクスの補足の後に続く声はない。いくばくか重い沈黙が横たわり、不意に二の宮が小さく呟いた。


「……あのひと、ほんとうにモンスターが嫌いなんだね」

「好きなひとなんていないと思うけど?」

「そうだろうけど」


 ライト少年の鋭い一言を呑み込むも、やはり彼女にはダースマン代表の性癖が気になるようだ。

 徹底的にモンスターを憎む姿勢。〈バイオ〉に関連性があれば、まとめて排除してしまおうとする冷徹ぶりが。


「なんか……一生懸命すぎて、ちょっと可哀相。楽しいことを楽しむ時間も、お仕事する時間も、ぜんぶモンスターを憎むためにつぎ込んでるみたいで」


 二の宮らしい言葉に、シュリは口元だけで微苦笑した。

 対立したまま和解の気配もないダースマンを気遣うなど、彼女以外にはできない芸当だろう。しかも表面の同情ではなく、心の底から心配している。シュリには到底真似できない。


「お前らしいが、マイ。あんま同情すんな」

「でも……」

「あのヤローがどういうヤツにしろ、オレらを前線に送り込んだ張本人だぜ? 今さらお手て繋いで仲よくなんてムリだろ? あんま考えんな」


 三好の言い分は正しい。いくら二の宮でもそれは弁えているらしく、彼女は口をつぐみそれ以上は何も話さなかった。

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