08 戦う高校生
ヴィクスとライトを欠いたシュリの初陣は、大きな戸惑いも混乱もなく開始された。
ヴィクスの助言を思い出しながらヒットアンドアウェイを繰り返し、地道にテイルファングリーダーの抵抗を削いでいく。
四道と同じく体を動かす事が苦手なシュリは、手伝うと言っておきながらも三人に無様な闘姿を見せることになるかと思っていたが、予想に反して体は軽く、パーティーに大きな後れをとることもなかった。
おそらくこれがキューブのアシスト機能なのだろう。頭に描いた動作イメージに合わせ筋肉の収縮命令が発せられると同時に過剰な力が働いている感覚がある。
脳から神経を通して伝達される命令は電気信号だ。キューブは電界に影響を及ぼすのか――そんなことを考えたが、敵前で悠長に憶見している場合ではないので、無理矢理頭の外へと押しやる。
敵は一匹、あるいは一頭。
しかし流石にリーダー格だけあって強かった。
攻撃は主に噛みつくことと、鉤爪での切り裂き。時折、思い出したように残った一本の尻尾でメンバーの誰かを捉えようとするので、尾への警戒も怠れない。
極めて厄介なのは、数歩下がって加速突進してくる【頭突き】だ。単体攻撃だがそれだけに攻撃力が高く、うっかり食らうと軽い脳震盪を起こし軽度の意識喪失に陥ってしまうようで、攻撃どころか防御も甘くなってしまう。
後衛のシュリや四道は距離がある分どうにか避けられるものの、前衛で剣を振るう三好は逃げ切れず、二度ほど甘受してしまい、意識の混濁から回復するまで彼のカバーにてんてこ舞いする場面もあった。
それでも決して倒せない相手ではない。シュリ達の攻勢は確実にテイルファングリーダーの体力を削いでいる。おそらくこのままなら、時間さえかければ勝てるだろう。
前衛に躍り出て短剣による攻撃を加えると、確実な手応えを感じる。追加でもう一撃。しかし今度はテイルファングリーダーに回避され、シュリの短剣は空を切ってしまった。
集中力が切れ始めている。
強く自覚し、少し慣れ始めた攻撃の手を休め、敵と距離を取って陣営の最後尾に後退すべく足を動かした。
その隙間に三好が体を滑り込ませる。
重そうな両手剣が赤い燐光を放ちながら上段から下段の縦へ、次いで、左から右への横へと振られる。三好命名【十字切り】だ。
単純に剣を十字形に振るだけの基本技だが、一撃目と二撃目の間隙が狭く、先程のシュリのように反撃される恐れが極端に減少する。
その快速の技にテイルファングリーダーも暫し硬直を余儀なくされたらしい。
シュリが後衛に後退した時、それは見えた。
【十字切り】の終わった直後に四道が銃弾を放ち、テイルファングリーダーが獣の声で絶叫し、おとがいを上げる。「隙」だ。
しかし残念ながら、シュリの速力では即座に前線には辿りつけない。シュリは反射的に声を上げていた。
「今! 攻撃して!!」
反射よりも速い反応を見せてくれたのは二の宮だ。三好の一歩後ろ、どちらかというと前線ではなく中衛に居た彼女は、その場に残像だけを残し疾駆すると、スカートが危ういラインまで翻って白い太股が顕わになるのも構わずテイルファングリーダーに容赦ない一撃を入れる。
チャンスアタックと、どうやら弱点攻撃も加味されたらしい、彼女の渾身のひと振りは、蒼いエフェクト光と大仰な音を撒き散らしながら、テイルファングリーダーに大ダメージを与えた。
同時に、アタックチャンスの攻撃効果である硬直時間の延長が始まり、テイルファングリーダーの動きが一気に縮小される。
その好機に三好が乗り、可能な限りの連撃が続けられた。二の宮、四道もそれに加わって、それぞれの攻撃を上限まで繰り出す。数限りない細やかなキューブ光の流星が飛び交い、派手な演出が迸る中、一気に畳みかけられた敵は成すすべもなくシュリ達の繰り出す全ての攻撃を甘受した。
だがまだ甘い。
キューブで強化された攻撃を受け強制的に硬直を余儀なくされたテイルファングリーダーだが、その屈強な体でこちらの攻撃を全て耐え抜いてしまう。ヴィクスの重攻撃があれば、あと少し硬直の延長が可能だっただろうが、二の宮やシュリの短剣は軽く、ヴィクスの一振りにすら遠く及ばなかった。
限られた時間が経過し、抗えぬ力から開放されて、テイルファングリーダーが雄たけびを上げる。
逆らえぬ力に組み伏されたことへの怒りと、開放への歓喜とが入り混じった喚声は、雷鳴のように空気を震わせ、シュリの鼓膜を激しく震わせた。肌がわななく。張り詰めた空気がビリビリと泣き喚き、空間を膨張させようか、収縮させようか、戯れに悩んでいるみたいだ。
顎を突きあげ、吠えて気が済んだのか、テイルファングリーダーは改めてシュリ達と対峙した。
こうやって初めてまみえてからそれなりに時間は過ぎている。戦闘に集中する余り体内時計は正確さを欠いてしまっているだろうが、およそ十五分といったところだろうか。
こうしている間にもヴィクス達を待っている戦艦とやらは搭載されたエネルギーを
だというのに、テイルファングリーダーの目には疲労の一欠けらも窺えなかった。これが野生ということなのか、あるいはモンスターという種族の特性なのか、何にしろシュリは相対的な疲労を覚える。
あれだけの攻撃を加えたのだから体力は半分を下回っている筈。
こちらに都合よく計算するならば殆ど残ってもいないだろう。
ところが眼前の敵は疲れるどころか相変わらず闘志を漲らせている。これは精神的に非常に宜しくない。
「クソッ……」
自身を鼓舞するように吐き捨て、三好が剣を構え直す。
テイルファングリーダーの尻尾がすい、と、もたげられ、囚われのヴィクスとライトが最も高い頂点に辿り着くと、そこから短い指令を振り下ろされた。
「伏せろ!!」
シュリの対応は一瞬遅かった。
最前線の三好に向けられたものかと思い、次いで、それが自分達全員への命令だったと悟る。同時に、こう、と、高くもなければ低くもない音が微かに聞こえた。目の端に映るのは遠方から迫る光の塊だ。
「シュリ!!」
名を呼んだのは誰か、分からなかった。ただヴィクスもなければライトでもない。その音声が男性なのか女性なのかも分からないまま、シュリは何者かに押し倒され、仰向けて大地に寝転んだ。
何者かがシュリの上に覆い被さる。
したたかに後頭部を打ち付ける。
だが痛いと思う間もなく、目の前を――誰かの肩越しに、夜の空を背景にして白い光が通り過ぎて行った。レーザーに似た軌道だが、厚みがまるで違う。
必殺の威力を孕んだそれは、テイルファングリーダーの秘儀かと思ったのだが。
ふぐるるるる……。
呻くような獣の声に導かれ、シュリは助けてくれた人物が誰かも確認せず上肢を起こした。
テイルファングリーダーは、その巨体の半分が消えていた。左の後ろ足の付け根から顔の半分にかけて、肉体がごっそり消失している。失った部位は線で結ぶと直線になっており、先程シュリの頭上を通過した光による効果なのだと悟るのに大した時間は掛からなかった。
ならばあのレーザー光線のような攻撃は味方の援護なのだろうか。
抵抗するすべもなく瞳から生命の光を滅させ、テイルファングリーダーが全身を脱力させる。
ゆっくりと、やがて加速し倒れる巨体を眺めながら、シュリは長い戦闘がようやく終わったのだと悟った。
詰めていた息を開放し肩の力を抜く。確かに勝利はしたが、達成感や充足感は一切皆無だ。どちらかというと後味が悪い。
それでもあのまま延々と戦い続けるよりはマシだった筈だ、と結論付けた時、シュリはようやく自分を助けてくれた人物が二の宮だったと気付いた。
そういえば押し倒された際に、大きくて柔らかな何かがシュリの胸を圧迫していたことを思い出す。
「……ありがと」
「どーいたしまして」
素っ気ないシュリの礼にも彼女は不快感など示さず、むしろとても嬉しそうに顔を綻ばせた。こういう天真爛漫な性格が、彼女の人気に拍車をかけているのだ。勿論シュリも悪い気などする筈もなく、むしろ、愛想の無い自分にも、彼女を取り巻くクラスメイトと変わらない態度で接してくれることが素直に嬉しかった。
あれほどの猛攻を受けながらもシュリは掠り傷一つついていない。後衛に徹し確実に安全と思われる瞬間に攻撃を仕掛ける保守的な戦闘をしていたせいもあるが、それ以上に、三好が文字通り体を張ってフォワードを務め、二の宮が的確にフォローしてくれていたおかげだろう。
当然と言うべきか、その所為で三好は満身創痍だ。テイルファングリーダーが倒れたのを見届けた彼は、前線であった場所で両手足を投げ出し地面に横臥した。
「キッツ……」
「じゃあ使う? 回復」
「……ソイツだけは勘弁してくれ」
二の宮に茶化され、三好は顔を顰めた。
「やー、お疲れお疲れ」
疲弊した一同とはまるで正反対の明るい声が四人を労う。
ヴィクスだ。テイルファングリーダーから開放され、胴体に巻き付いた尻尾を解き四人と合流した。
「どうなるかと思ったが、結果オーライだったな。マイもなかなかやるじゃねえか」
「えへへへー」
「ヴィクス、さっきの何だったんだ?」
三好の問いは全員の視線を集めた。皆、同じように疑問を抱いているのだ。
「ストラトスのサーマルガン、だな、たぶん。
テイルファングリーダーとやり合ってるってのはライトがオペレーターに通達してたから、仲間が援護してくれたんだろ」
「……やるんなら最初っからやってくれりゃーいいのに」
ごもっともだ。
三好の意見に三人は一斉にうなずいた。
「ま、文句は直接言ってやろうぜ。もうかなり近いみてえだから」
行こう、とヴィクスが全員を促す。
ライト少年が進むべき方向を示し、皆がそぞろに歩き出す中、ふと、後ろ髪を引かれるように背後を振り仰いだ三好を、シュリは首だけで振り返っていた。
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