中編 其の二十八

二十八



―4月27日(火)夜0時56分―


―あきる野市 秋川渓谷 嘉手名別邸地下一階 食肉加工室―



松田リカ『ううぅッ…! ならッ…! もっと栄養が必要ね…!』


苦しみながらもそう言うと、触手が美穂へ向かい、身体を刺し貫くと、自分の方へ持ち寄せる。


黒い男「!ッ 止せッ…」


反射的にその言葉が口から出ていた。


松田リカ『このコも私の糧になってもらうの…』


言いつつ触手で刺し、逆さ吊りになった美穂を口元に引き寄せると、大きく口部を開いた。


クリフ「止めっ…!」


その行動の意味を察したクリフが衝動的に抑止の言葉を口に出す。


黒い男「ッ…!」


こちらも衝動的に飛び上がり、両手の刀で思い切り斬り掛かる。


刃を振り下ろすと同時に、変生松田リカの左触脚が前に差し出された。


黒い男「!? 何ッ?!」


すると、強力な力に黒い男が弾かれる。


松田リカ?『急くな紅い眼の狩人よ…!』


もう一つのドアに物凄い勢いで吹き飛ばされ、衝撃と共に打つかったドアは拉げ、ワインセラーに繋がる廊下に飛び出し、ゴーギャンの絵に全身を打ち付けた。


黒い男「ぐぅあッ!」


だが、そんな事など意に介さず、変生松田リカは美穂の遺体を口部に入れていく。


大きく開いた口を閉じると共にゴキゴキという骨の折れる音、クチャクチャという肉を咀嚼する不快な音が響く。


クリフ「そんな…!」


丸呑みでは無く、引き千切り、噛み砕き、磨り潰す…それは味わう様な食し方。


黒い男「…貴様!」


廊下から戻ると、全てを食した変生松田リカ=蠅の化物に敵意を向ける。


松田リカ『…はぁぁぁ~…♪ 満たされる…!』


ごくりと喉を鳴らし全てを飲み込むと、恍惚とした声を上げると、再び全身が変化し始めた。


身体が更に肥大化し、ドズッという衝撃音と共に床に座り込む。


それと共に周囲の壁や床が生物の臓器の様に脈打ち始める。


周囲の変生が始まる。


その異界化が広まると共に、変生松田リカの身体変化も著しく、髑髏の文様が刻まれた左右四枚の羽が部屋いっぱい横に大きく拡がり、左右の触脚が更に増え九本となり、蠅顔の松田リカ頭部の上には、頭部が炎で揺らめいた二本の角を持つ厳つい男の顔が在った。


在ると言うより、"胸部より上が生えている"という表現が正しい。


そして、尻尾の様に在った腹部が前部に来ており、ぬらぬらとした粘液を纏い、中が透明になって脈打ってている。


それはまるで巨大な卵巣。


中には透明で薄ぼんやりとした光を帯びた様々な人間達の顔が複数漂っていた。


その顔は各々に苦痛や困惑の表情を浮かべ、何かを口にしている。


それが怨嗟の響きとなって室内に木霊し、聴いていて不快な音を奏でた。


卵巣内の魂が、吸い込まれる様に卵管から排出される。


どちゃっ!


…という嫌な音と共に床に墜とされたソレは、以前助けを懇願してきた女生徒の顔をした=此処まで来る間に自分達を襲ってきた蠅達だった。


その女生徒顔の蠅は、羊水まみれの身体を振るわせながら起きると、背中の羽がみるみる伸びていく。


まるで蝉の羽化を高速早送りで見ているかの様な。


そして直ぐ飛び上がった。


女生徒蠅「Baal…Zebul…至高ノ…王…タタス…けケ…テ…テ」


虚ろながらも助けを懇願してくる。


黒い男「! …ックソが…! こんな方法で…!」


その余りに禍々しい生み出し方と扱いに、怒りが募る。


蠅の王『我が子達よ…ヤツを食い殺しなさい~』


嬉々として支持を出しながらも、産卵を続ける。


蠅の王『さァ…! いくわよぉ~♪』


その言葉を合図に、蠅達と、背部から生えた触手が複数真っ直ぐ此方に向かって襲い掛かってくる。


黒い男「出来ると思ってんのかよ!」


吐き捨てる様に言うと、黒い男は"力"を解放した。

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