中編 其の二十五

二十五



―4月27日(火)夜0時40分―


―あきる野市 秋川渓谷 嘉手名別邸地下一階 隠しダイニング―



黒い男「クソッ!」


全身を蠅達に覆われて壁に押さえ付けられながら、吐き捨てる様に言う。


蠅?「Baal…Zebul…至高ノ…王…Summi…Regis」


相変わらず気味の悪い蠅達は幾つもの言語で呟いている。


クリフには嫌な思いをさせない為に、置いて行こうとしたが、結局今も足枷…完全な足手纏いになっている…矢張り邪魔だ…邪魔になったら排除すべきだ。


…消すべきだったか?


そんな思考が頭の中を巡る。


! …イヤ、ダメだ…! 何を考えている?


アイツは味方で敵は悪魔だ…! 蠅の王…! 食を司る…!


料理研究家の嘉手名貴代子にピッタリだ…!


アイツの食に関する欲が大罪を呼ぶ…!


目的は人を救う事だ…!


救う為に殺すんだ…!


邪魔をするヤツも敵だ…!


…?


邪魔…?


足手纏いも…


あの三宅島の時の様に…


ふと、頭の中を過る。


**『こっちに来ないで!化物!』


顔は思い出せない。


**『正直、迷惑なんですよ…黒い男(アナタ)が…』


声は思い出せない。


**『正直アナタが鬱陶しかった』


名前は思い出せない。


黒い男「黙れ!!」


その叫びと共に、覆われた蠅達の間から金色の輝きが漏れ、衝撃と共に吹き飛んだ。


そして、地面に着地すると、輝く右手を蠅達に翳(かざ)し、力を込めて握り潰した。


肉が潰れる様な気味の悪い音と共に、翳(かざ)された部分の蠅達が圧壊し、血を噴き出しながら落下していった。


そして、コートの腰裏側部分に隠してある大型二丁銃、"陰"と"陽"を抜き、残りの蠅達に撃ち始めた。


正面、左右、両手を拡げてと、四方八方に乱射する。


エクスプローダー弾が一匹に当たると、弾頭である聖餅が飛び散り、周囲の蠅達も一気に光と共に灰の様になって霧散していった。


全ての蠅達を消滅させると、銃のマガジンを抜き落とし、コート裏の予備マガジンと入れ替え、リロードを完了させる。


そしてユックリと台所(キツチン)へ向かった。



―4月27日(火)夜0時47分―


―あきる野市 秋川渓谷 嘉手名別邸地下一階 隠しキッチン―



あの女…! 必ず苦しめてやる…!


その思いだけで、動いていた。


他の事は頭に無い。


冷蔵庫で視たあの頭―


三宅島でのあの**―


食材として使用していただと―?


断じて許す訳にはいかない。


それに、クリフの同級生を…女生徒を加工するなど、許される事では無い。


人間としての禁忌を犯し、既に人では無い。


どれだけ罪を重ねたのか―


この半年で…!


そこまでの状況はあきる野高校のサーバーへ入って解った。


半年前から生徒の転校が多い。


それも理事長の命で。


失踪者も全て理事長が進路推薦した生徒達だった。


だが…**の死体が関わっていたとは…


悔しさで歯軋りをする。


許す事は出来ない。


**を利用するなど…


**を… ?


…**とは…誰だ?


漠然と頭の片隅でそんな事を思いながら、台所(キツチン)の、壁で立ち止まる。


そこは、調度壁向こうが加工室の保存用大型冷蔵庫の前だ。


扉を閉め忘れたのか、貴代子の怒声が聞こえる。


その声で考えていた事も吹き飛んだ。


言っている事が稚拙過ぎて苛立ちが増す。


着ていたコートを脱ぎ捨て、右手に力を込める。


いつの間にか背中に背負っていた刀は無く、何処かへいっていた。


好い加減耳障りな中年幼女の言葉は聞き飽きた。


右手に込めた力を、その壁に思い切り打(ぶ)つけた。

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