第16話 花火の下で
世界的な戦争があり、荒廃した街。
住民たちはより住みやすい場所を求め、次々と移住していってしまう。
もはや街は共同体としての体をなさなくなり、事実上崩壊していると言っても過言ではなかった。
そんな中、とある人間の少女は、従者である女性型アンドロイドと共に街の片隅でひっそりと暮らしていた――
劇は戦争前の過去編と戦争後の現代編が交互に演じられるという構成になっており、物語が進むにつれて二人の過去が徐々に明らかになっていく仕掛けになっていた。
『わたくしは従者型の女性アンドロイドです。主人としてアリサ様をお慕いしております』
アンドロイドの少女が淡々と台詞を紡ぐ。舞台は佳境を迎えていた。
『ちがう、ちがうのナギっ……』
アリサと呼ばれた人間の少女が、頭を抱えながら首を激しく横に振る。
『ずっと嘘を付いていたの。ナギ、あなたは汎用型じゃない、試作機だったの。死んでしまった私の親友のデータを、あなたの義体にインストールしたの』
『……どういう、ことですか』
ナギは初めて動揺を見せる。その仕草でさえも、彼女がただの汎用型機体ではないことを物語っていた。
果たして、ナギに芽生えた感情は仕組まれたプログラムに過ぎないのか、それとも二人の交流の過程で自然に発生した奇跡なのか――
二人の少女の顔が近づくにつれ、観客の間にどよめきが広がっていく。
アリサの手のひらがナギの頬に触れた瞬間、女子校特有の黄色い歓声が上がり、そして二人は舞台の中央で……。
* * *
「いいお話だったわね、演劇部の劇」
校舎の4階の外れから中庭を見降ろしながら、真昼が呟いた。文化祭の出展時間は終了し、中庭では後夜祭が行われている。
ここは廊下の端の方にあり、普段から人が通ることはほぼなかった。それは文化祭当日であっても同じだ。
以前、校内を適当にぶらついていたらたまたま見つけたけど、他の人は意外とこの場所を知らないようだった。
ここからは中庭の様子を上から見渡すことができる。
「素敵だったな、あのお話……」
私は演劇の余韻に浸りながら、真昼の肩に頭を預けていた。
真昼に触れていたいな思うことはよくあるけど、今は特に人肌恋しい気分だった。
「どうしたの? さっきから甘えん坊さんね」
「うん……」
いい劇を見て、後夜祭の雰囲気に包まれながら、真昼と二人きりで。
私だって状況が揃えば、感傷的にもなるというものだ。
「それにしても、よくこんな場所知ってるわね。私全然気づかなかったわ」
「入学して割とすぐだったかな。どこにどういう教室があるのか気になって、校舎内をぐるぐる歩き回ってたんだよね。その時に偶然見つけたんだ」
少し離れているのではっきりとは分からないが、後夜祭のステージもいよいよ大詰めという雰囲気だった。司会役の実行委員の人が大きな声でカウントダウンをしているようだ。
「何か始まるの?」
「あ、そっか、初めてだもんね。まあ見てれば分かるよ」
後夜祭の最後は、恒例のあれで締めるのが伝統となっていた。
『……三! ……二! ……一! ……ゼロ!!』
校舎の壁で反響した、甲高い叫び声が私たちの耳に届く。
少し遅れて、校庭の方から一筋の光がすっと浮かび上がるのが見えた。
すっかり暗くなった秋の夜空に、ぱっと明るい光の花が咲く。続いて小気味よい破裂音。
私たちの頭上で、光の粒がきらきらと弾けては消えていく。
「わ、花火やるの? 高校なのに凄いわね。綺麗だわ……」
真昼の視線は花火に釘付けだった。
私はそんな風に夢中になっている真昼の横顔に、また胸がきゅっと締め付けられる。
後夜祭はもうこれが四回目だというのに、今回の花火はいつもよりも儚く私の瞳に映り込む。
今日を含めるともうあと三回しか見られないと思うと、確かに高校生活も案外短いのかもしれない。
どうしよう。
心の中で、何かのスイッチを押されてしまったような感覚だった。
身体が熱くなって、脈も呼吸も加速し始める。手足が震えてしまう。
花火の音が、どんどん離れて遠ざかっていくような錯覚。
今だったら……できるだろうか。
おねだりしたら、してくれるだろうか。
私のことを、真昼はかわいいと思ってくれるだろうか――
「……真昼」
くいくい、と制服の裾を引っ張って真昼の注意を引く。
「ん? みつは、どうかし……」
最後まで言い終わる前に、私は真昼の背中に両腕を回していた。
全体的に細い身体だけど、こうして抱きしめるとやっぱり肌の感触が柔らかい。
カーディガン越しに真昼の体温が伝わってくる。それから、いつもの安心する真昼の匂い。
真昼はびっくりしたみたいだったけど、何も言わずすぐに私のことを両腕で包み込んでくれた。
やっぱり、友達がふざけて抱き着いたりしてきた時とはまるで違う感触だった。
言葉にしなきゃ分からないことも多い。でも、言葉では伝わらないことがあるのもまた確かだ。
だからこそ、私たちはこうして抱擁をする。
真昼の腕が少し緩んだので、私は彼女の顔を見上げた。
花火でちらちらと映し出される端正な顔立ちに、私は何度だって見惚れてしまう。
「そんな表情もするのね、みつは」
私の頬に左手を添えながら、真昼が言う。
「そんなって、どんな?」
「そうね……恋してる女の子の顔」
「そりゃそうだよ、恋してるもん」
「ええ。私も同じ。恋してるわ、みつはに」
真昼と視線が合うと、いつも私はそれまで知らなかった感情の渦に飲み込まれる。
それまでの人生に存在しなかったものを、彼女は与えてくれる。
私は無意識に目を閉じていた。
踵を少しだけ宙に浮かして、首を左側に傾ける。
目を瞑っていても、真昼の顔は残像として瞼の裏側に焼き付いたままだ。
「んっ……」
唇の先から一瞬だけ、未知の刺激が伝わってきた。
ほんの一瞬触れただけなのに、身体中に甘い電流が駆け巡る。
不思議な快感に包まれて、私は続きをおねだりしたくなる。
「もっと……んっ」
今度は、もう少し深めのキス。
穢れを一切知らない蕾に、私は唇を重ねる。
熱くて、柔らかくて。
小さな鼻から漏れる吐息を、肌で感じる。
ただ唇同士を触れ合わせているのに、どうしてこんなに気持ちいいんだろう……。
真昼のその先端にだけ、何か特別な薬が塗られているかのようだった。
感情の奔流に押し流されそうで、でも不思議と怖くは無くて。
好きって気持ちは、どこから溢れてくるんだろう。
何度口づけを交わせば、この想いを正しく伝えることができるんだろう……。
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