第11話 観覧車と夕焼け
「……ね、ごめんってば真昼さん」
「…………」
観覧車乗り場の列に並びながら、私はそっぽを向いて可愛く拗ねている真昼さんに声を掛けた。さっきまでは繋いでいた手も今は離してしまっている。
夏に比べて日が落ちるのがだいぶ早くなってきたなと実感する。もう西の方の空が赤く染まり始めていた。
「……だって、みつはさんが変におどかすんだもの」
「私が悪かったってば。だから、機嫌直して?」
先ほどのお化け屋敷で、わざと真昼さんの肩を逆方向からとんとんと叩いたり、何もないのに「真昼さん、後ろ!」と叫んでみたり。つい出来心で、そんな感じの悪戯をしてしまったのだ。
まあ、本気で怒っていないことくらいは分かるので、私も別に焦っている訳ではない。
「次にお化け屋敷行くときは、もう意地悪しないでね」
「うんうん、今度からはもうしないから」
「それならいいわ」
次に行くとき。
それって、また遊園地デートしてもいいってこと?
私が気になったのは、むしろそっちの方だった。
ということは……少なくとも今日、楽しんでくれてはいるのかな。それならよかった。
お化け屋敷の中ではずっとくっついていたから、真昼さんの身体に触れていないとなんとなく寂しい気分だった。人肌恋しいってこういう感情を指す言葉なんだな、きっと。
「次の方どうぞー」
階段の先で係員の声が響いた。随分待ったが、ようやく順番が回ってきたようだ。
観覧車は一周を約二十分で回るらしい。一応人目があるとは言え、その間真昼さんとほぼ二人っきりの状態になる。
ゆっくりと動き続ける観覧車の「カゴ」に、真昼さんが先に乗り込んだ。彼女の栗色のジャンパースカートを追いかけるように、私も後に続く。
「それではいってらっしゃいませー」
係員の声と共に観覧車の扉が閉められる。遊園地内の雑踏が急に遠くなったように感じられた。
「みつはさん、どっち側に座る?」
真昼さんの声。夕焼け色に染まりながらこちらを振り向く彼女の姿は、まさに絵に描いたような美しさだった。
どうやって座ろう。普通は向かい合って座るのかもしれないけど、今日はもう少し贅沢をしたい気分だった。
「真昼さんと同じ方じゃだめ?」
「並んで座るの? 別にいいけど……じゃあこっち側にしましょう」
「うん、そうしよ」
向かって右側の席に、二人並んで腰を下ろした。
一日中歩き回ったから、足にだいぶ疲労が蓄積していた。膝に力が入らず、座るときによろけて真昼さんの肩に軽くぶつかった。そのまま彼女の方へと体重を預ける格好となる。
「大丈夫? いっぱい歩いたものね」
「ん、そうだね……流石にちょっと疲れたかな」
真昼さんの肩に頭を預けたまま、私は動けずにいた。動きたくなかった、と表現するのがより適切かもしれない。いずれにせよ疲れているのは確かだった。
「あの時と逆みたいね」
そんな優しい呟き声が頭上から降り注いでくる。
あの時。私と真昼さんが仲良くなるきっかけとなった、バス車内での出来事。
まだそれほど時間は経っていないのに、もう随分昔のように感じた。
真昼さんの天使のような寝顔を、今でも鮮明に思い出せる。たとえ目を瞑っていたとしても。
「重いのね。人の頭って」
「そうだよ、重いんだよ」
「それに、なんだかどきどきする」
「うん。私もした」
首筋の辺りからはシャンプーの匂いなのか、真昼さん自身の匂いなのか、桃のような甘い香りが強く感じられた。やっぱり、私はこの匂いが大好きだった。
観覧車は地上をゆっくりと離れ、緩やかに上昇を始めていた。
真昼さんと二人きりの時間が流れる。
この観覧車が登りきる前に、覚悟を決めなければならないなと感じていた。
私は身体を起こして、真昼さんの顔をしっかり見られるようにした。
細い身体の線、長い手足。白磁のような肌、さらさらの黒髪。つややかな唇、長いまつげ、小さなそばかす。私を捉えて離さない、透き通った黒い瞳。
見ているだけでどきどきしてしまう。傍にいると、もっとどきどきしてしまう。
そんな感情を、今までは見て見ぬふりをしていた。
でも、今日こそは、自分の気持ちを正直に真昼さんに伝えるべきだと思った。
今日を逃したら、この感情は心の奥底で鍵を掛けられて、二度と表に出てこないんじゃないかって思った。
何から話そうか。どうやって話そうか。
頭の中がごちゃごちゃで、うまく言葉になる自信はなかった。
けれど、なんとか言葉にしなければ、今日は帰れなかった。
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