第6話 アスファルトと自動ドア
「真昼さん、だいぶ髪伸びてきたよね」
下校途中のバスの中で、私と真昼さんは隣り合って立っていた。夏休みが明けてからは、こうして一緒に下校することが多かった。
「そうね……夏休み前に切って以来だから、もう二ヶ月以上切ってないかしら」
バスが揺れる度、真昼さんの伸びた黒髪が絹糸みたいに波打つ。夏休みの時はまだ肩に掛かるくらいの長さだったと思うけど、もうすっかり肩を通り越してしまった。
もちろん長い髪の真昼さんは綺麗だけど、前髪のボリュームが多くて正直ちょっと邪魔そうではある。
「まだ切らないの?」
「うーん、できれば切りたいんだけど……」
真昼さんは歯切れの悪い様子だった。
「何か切りたくない理由があるんだ」
「切りたくないというか……美容院に行くのが苦手なの。馴染みない人の前だと緊張しちゃうし、喋りかけられたらどうしようって思っちゃうし。かと言って黙ったままなのも居心地悪いし……」
見事に人見知りを炸裂していた。私と一緒にいるときはそんな感じしないけど、他の人の前だとやっぱりダメみたいだ。……あれ、なんかちょっと嬉しいぞ?
「んー、でも、いつかは切りに行かなきゃいけない訳だし」
「うん……分かってるんだけど、つい先延ばし、先延ばしにしちゃうの。はあ……気が重いわ」
長く伸びた髪の毛先を指先で弄びながら、溜め息交じりに言う。
真昼さん、重症だなあ。
なんて、他人事みたいに言ってるけど、真昼さんのこととなるとなんとかしてあげたくなっちゃう。
そうだなあ、私がしてあげられることと言えば……。
「じゃあさ、今度私と一緒に切りに行かない? いつも私が行ってるところ、女の美容師さんばっかりだし、それに、私が隣にいればあんまり緊張しないんじゃない?」
真昼さんは少し驚いたように目をぱちくりとしてこちらを見た。え、なんだろう。そこまで驚くような提案でもない気がするけど。
「そっか……一緒に行くという手もあったのね。私、気づかなかったわ」
完全に一人行動が前提の思考回路をしていた。こじらせてるなあ。でも、そんなところも愛おしく感じちゃったり。
「うんうん、じゃあ一緒に行こうよ! 行きつけのところで良ければ私が予約しておくから」
「そうね、そうしておいてもらえると助かるわ」
「了解」
私は顔のにやにやを必死に抑えながら答える。
だってなんか、一緒に美容院行くのって、友達っていうより親友って感じじゃない? ……って、勝手に一人で盛り上がっちゃう。
独占欲――なのかなあ、これ。
私、今までそういう感情を誰かに抱いたことなかったんだけど。
やっぱり真昼さんって、私にとって特別な存在みたいだ。
まあともかくそういう訳で、真昼さんと一緒に美容院に行くことになった。
残暑の厳しいこの季節。
歩く距離はそれほど多くはないけど、太陽の輝きは強烈だ。真昼さんの日傘もまだまだ健在だった。
本当はこの間、彼女に倣って一本日傘を買ったんだけど、わざと持ってこなかった。だって……ほら、ねえ。
「……みつはさん、中、入る?」
「うん」
一本ずつ日傘を差して歩くのも、もちろん悪くはない。
ただ、肩を並べて相合傘する方が、やっぱり楽しいってもんでしょう。
真っ白い腕と私の腕が、たまに触れちゃうくらいの距離で。
最初の頃のような緊張感は無くて、でも、妙な昂揚感は確かにそこにあって。
隣に並ぶと、真昼さんのすらりとした背の高さが際立つ。
こんな綺麗な人と、私仲良いんだよーって、道行く人に自慢したくなっちゃう。
「楽しいな。真昼さんと一緒に歩くの」
「……そう? 私、何もしてないけど」
真昼さんは不思議そうに首を傾げる。日傘の影がアスファルトの上でゆらゆら揺れた。
「でも……そうね。今の時期は暑いけど、もっと涼しくなったら、みつはさんとお散歩するのも楽しそうね」
「うんうん、いいね。してみたいな、真昼さんとお散歩」
他愛なく交わされる会話。
それを愛おしく感じられるのが、親友ってものなのかもしれない。
そうこうしている間にもう目的地に着いてしまった。徒歩5分くらいの距離だから仕方ない。
駅近くの通りにある美容院で、入り口側の壁は全てガラス張りになっている。店内の壁は淡いピンク色で、室内の調度はシンプルだけど全体的に小洒落た雰囲気のお店だ。
美容院の空気感に気圧されたのか、真昼さんは店の入り口の斜め前辺りでぴたりと足を止めた。恐る恐るといった感じで店内を覗いている。ふう、と大きく深呼吸をしたあと、さっきまで差していた日傘を閉じた。
ここまで来て、真昼さんはまだ少し躊躇っている様子だ。
「ほら、中入ろ、真昼さん」
「え、ええ」
私は真昼さんのほっそりした腕を掴んだ。
ほぼ無意識的な動作だったけど、いざ彼女の肌の感触が手のひらに伝わると、何故か妙にどきどきしてしまった。でも、悪くない感覚。
どきどきするのに安心するっていう、矛盾した心地良さ。
雲の上を歩いているような、ふわふわとした足元の感触。
真昼さんの手を握ったまま自動ドアを潜り抜け、彼女を引っ張るように店内へと入る。
「あ、待って……」
そんな真昼さんの声を、少しだけ置き去りにして。
あー、楽しみだなあ。
だって、これから真昼さんがもっと可愛くて綺麗になるんだもん。
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