第二十話
実に目覚めの良い朝。
スッキリとした状態で誰よりも早く起きてキッチンへ向かう。
ホームで練っておいたパンの生地を取り出してリリアの家の竈でじっくり焼き、その間にサラダとスープを作る。
「……おはよーゼクトお兄ちゃん」
「まだ早いですから寝ておいて大丈夫ですよ?」
「んー、手伝うー」
今までこの家で家事を一手に担っていた為か、この家でルリアが起きるのが一番早い。
末っ子が一番しっかりしてるというのもどうなんだろうか。
「じゃあお皿の準備を御願いします」
「はーい。 ……よし、ちょっと目が覚めてきたー」
「先に顔を洗ってきていいですよ」
「はーい! ちょっと行ってくるー」
パタパタと走り出すルリア。
娘がいたらこんな感じなのだろうか。
意外と良いものだな。
「おはようございますゼクトさん」
「おはようございますリリア様。 ……実家だからと油断しすぎですよ」
「……んえっ?」
「胸元はだけてますよ」
男としては実に素晴らしい光景だとは思う。
シャツの前が少し開いて素晴らしいお……いや何でもないです。
「ふぁぁぁ!? ゼクトさんなんでそんな冷静に見てるんですか!? っていうか見ないでくださいよ!?」
「え? そこにエロスがあれば見るでしょう男なら」
「…………私の中でゼクトさんの評価がダダ下がりです」
「じゃあそんな事を言う人にご飯はあげません」
「ええぅ!? ひ、酷いですゼクトさん! ご飯を人質にするなんて!?」
ご飯は人じゃないけどね。
そこを突っ込むとまた愉快にいじけそうなので取り敢えず止めておこう。
いそいそと直しながらリリアはふと思い出したように口を開く。
「そう言えばゼクトさん。 昨日の夜に変な笑い声してましたけど、何してたんですか?」
「楽しい楽しいごみ掃除ですよ?」
「…………ごみ掃除?」
物凄い疑わしそうな目で見られてる。
嘘は言っていないよ?
嘘発見機にかけられても絶対に引っ掛からない自信があるくらいだ。
「ええ。 ごみが良い具合に集まっていたので爆発させて散ったものを残さず磨り潰したら綺麗になったので楽しくてテンションが上がってました」
「ごみの部分が妙に力が入ってて疑わしい感じですけど、聞かない事にします。 何だか知ったら戻れない気がします」
「懸命な判断ですね」
他愛ないことで盛り上がっているとアリアがゆっくりと歩いてきた。
…………杖の補助なしで歩けるようになるの早すぎない?
「あらあら、私が最後かしら? おはよう」
「おはようお姉ちゃん」
「おはようございますアリア様。 ダイエットか知りませんがきちんと食べてくださいね」
「……そこは気付かない振りをしてほしいなぁ」
頬を染めてむくれるアリア。
子供っぽい姿が実に可愛らしいと思う。
茶目っ気もあるしついつい苛めたくなるのは仕方無いだろう。
「アリアお姉ちゃん、リリアお姉ちゃんおはよー!」
「あらあら朝から元気ね。 おはよう」
「おはようルリア」
姉妹三人仲良く朝の食卓につく姿は実に微笑ましい。
出来ることなら親父さんもここに座らせてやりたかったが、仕方無い。
食事を並べながらついついそんな事を考えてしまった。
「ゼクトお兄ちゃん!」
「どうしました?」
朝食の片付けも済んで一段落したあと。
唐突にルリアに呼び止められた。
一体どうしたのだろうか。
「今日はね、町の学校の日なの! 一緒に行かない?」
「ほほぅ。 町の学校……」
ちょっと興味あるな。
リリアが通ってるレムナントの王立学園に入る前はそういう所で勉強するんだろうし。
あとどんな事を勉強するのか非常に気になる。
「……リリア様。 行ってきてもよろしいでしょうか?」
「え!? 行きたいんですか!?」
「…………なぜ行きたがらないと思ったんですか?」
「…………ゼクトさん勉強嫌いそうだから」
この子ちょっと苛めようかな?
絶対遠回しに俺の事バカと思ってるんじゃなかろうか?
「…………デコピンの刑ですね」
「え!? 痛ぁ!? ひ、酷いですゼクトさん!」
「よし、じゃあ行きましょうかルリアさん」
「無視!?」
「行こー!」
痛がるリリアは無視してルリアに引っ張られて屋敷を出た。
しばらくは活気の無かった町も今はかなり元通りになってきたと思う。
道行く人達に挨拶を行い、連れられてきたのは一件の古い建物。
レムナントの学園を基準に考えてしまっていたが、よくよく考えてみたらこの町は人口もそう多い方でなさそうだし、大きく作る必要はないのか。
中に入ると既に二十人程度の児童が集まっていた。
歳は十歳前後が殆どだな。
「おはよー!」
そんな集団の中に突撃していくルリア。
手を掴まれているので当然俺もその中に突撃する形になる。
「ルリアちゃん、その人誰ー?」
「ゼクトお兄ちゃんだよー。 リリアお姉ちゃんの使い魔なんだー」
「えぇー! 使い魔なの!?」
なんだこの素直な反応。
可愛らしい子供ばかりじゃないか。
とか思っていると背中に結構な衝撃を感じ振り向くと、人様の背中に蹴りを入れてるクソガ……じゃなくて二人ほど男の子がいた。
「ルリアちゃんと一緒に来るなんて生意気だぞ!」
鼻息も荒く俺に突っ掛かってくるとは。
さてはルリアの事が好きなのか?
俺の前でそんな隙を見せるとは迂闊だな。
「ふふふ。 私とルリア様は仲良しですから仕方無いですね。 ねぇルリア様」
「うん、ゼクトお兄ちゃんと仲良しなんだよ」
ルリアの無邪気な笑顔にショックを受ける男の子。
からかい甲斐があって実に面白い。
「あ、あんたみたいなおっさんがルリアちゃんに手を出すと犯罪なんだぞ! ロリコンだぞ! ルリアちゃんもそんな奴から離れた方がいいよ!」
ロリコンなんて言葉がこの世界にある事が驚きだわ。
しかし、あれか。
この世界にも幼児愛好家がいるのか。
見つけたら処分しとかないとな。
「ゼクトお兄ちゃんは良い人だよ! 私ゼクトお兄ちゃん大好きだもん!」
止めを刺され、いまにも断末魔の叫びを挙げそうな男の子。
可哀想な気もするが、ルリアの言葉では仕方がない。別に俺が誘導したわけでもないしな。
ルリアの大好き発言に周りの女子達が一斉に色めきたち、ルリアを奪い去っていった。
この年頃から女は女なんだなと思わせられる瞬間だ。出来ればルリアにはそんなものに染まらないで欲しいもんだ。
「………け、決闘だぁ!」
「別にやってもいいですが、私は竜を殺せるくらい強いですがやりますか? 大人気なく相手しますよ?」
「本当に大人気ない!? なんだこのおっさん!?」
「はいはい。 皆さん授業を始めますよ!」
俺が大人気なく手招きすると同時に現れた先生らしきお方。
四十手前のおば……じゃなくてお姉さんだ。
流石に生徒を苛めている事がバレるとリリアの評価に関わるので止めておこう。
「ちっ……命拾いしましたね」
「やべぇこのおっさん本気だ」
失礼な子供には躾が必要だからな。
例え歳が下だろうが悪いことをする子供には肉体言語で分からせるのが手っ取り早い。
「そちらは……たしかリリア様の彼氏さんでしたっけ?」
「違いますが、似たようなものです。 実は勉強風景と内容に興味がありまして。 少し拝見させていただきましたら、直ぐに退散しますのでご容赦ください」
「構いませんよ。 私としても授業に身が入りますし、子供たちにも新鮮な刺激は必要ですから」
そういってにっこりと笑う先生さん。
唐突に来たのにこういう対応が出来るなんてさすがは教師をやっているだけあって心が広いじゃないか。
というわけで部屋の後ろでルリア達の授業風景を観察していた。
自分自身が学校なんて通ったこともなかったため新鮮だ。
主に文字の書き取りや簡単な算数、この国の歴史を講義していた。
特に国の歴史なんかはなかなか面白かったので聞き入ってしまった。
時間が正午に差し掛かる前。
この学校は昼までらしく、授業は終わり帰宅する事になった。
帰る途中もテンションの高いルリアに振り回されながら屋敷に到着すると、何やら焦げ臭い。
「何の臭いでしょうか? 屋敷でも燃えてますかね?」
「え!? ゼクトお兄ちゃんそれのんびりしてる場合じゃないよ!?」
ルリアが慌てて臭いの元に走り出すと、キッチンへと駆け込んだ。
それにならい着いていくと奥から騒がしい声がする。
「お姉ちゃん、火! 火止めないと!」
「わ、わわわわ分かってる! ってリリアそれ調味料違うわよ!?」
「あわわわわ!?」
…………この姉妹は料理出来ない子達だったか。
火が大きくなりそうだったので封炎符で火を消してリリアが作り出そうとしていた何かを奪い取り紅蓮で跡形もなく燃やして二人を見る。
「え、えっとぉ…………お帰りなさい」
「アリア様。 良い笑顔で誤魔化そうとしてますけどもう少しでボロ屋敷……失礼、屋敷が炭になるところでしたよ?」
「…………てへっ」
洒落にならんわ。
可愛いから一回は許してやるけど。
「リリア様。 毒物の精製はキッチンでやるものではありませんよ?」
「ど、どどど毒物じゃないですぅ!」
「見ただけで胃が一発でやられると分かる品物でしたよ? 私が消し炭にする前に今の発言してたら食べさせてましたよ」
「ぅぅぅぅ……ゼクトさんの意地悪!」
二人を叱っている間ルリアはテキパキと片付けを行い、新しく材料を準備し始めた。
「もうお姉ちゃん達は料理出来ないんだからゆっくり待っててよ。 すぐ作るから」
「「…………はい」」
「…………実はルリア様が当主になったほうが良かったのでは……」
授業も真面目に受けて成績も良さそう。
明るく人望もあり、家事全般いける。
魔法の方は知らないが、俺がパワーレベリングを行えば少なくともレベル的には学園でも負けないだろう。
「あれ? ……実は上の姉妹は意外とおにも」
「それ以上言うと泣きますよゼクトさん!?」
「お姉ちゃんも立ち直れなくなりそうだから言わないで欲しいなぁ」
でもなぁ。リリアはコミュニケーションが下手くそで学園でも友人が少ない。
アリアは何となく天然な人特有の匂いがする。
間違いなくしっかりしてるのはルリアな気がする。
流れるような動きで作業をこなすルリアを見て不覚にもそう思ってしまった。
時は夕暮れとなり、町に静かな雰囲気が訪れる。
そんな町の一角。
夕刻から盛り上がりを見せる場所があった。
それは仕事終わりに一杯飲みに来る人たちが集う酒場だ。
そんな酒場で二人の男がこっそりと話し合いをしていた。
「なぁエイワス。 ……正直、今後どうする?」
「どうするって……あの人達についていくか逃げるかってこと?」
「あぁ。 ……俺は最初は逃げるつもりだったんだが……意外と今の生活も悪くはないと思っている。 ……訓練以外は」
「そっか。 僕も最初は逃げようかと思ってたけど、今はこの生活もありかなって思ってる。 ……訓練以外は」
二人はビルロフトを呷り、ニヤリと笑う。
お互いの意見が一致したことが嬉しいのだ。
「ただ……俺はこの町に残りたいという思いもあるんだ」
「……へぇ……どうして?」
「…………実は気になる女が出来た」
「堅物のナイルに!? どんな人さ!?」
「マーヤという女性を知っているか? あの方の娘だ」
昔から堅物で、女性関係では噂をまったく聞かず一時期同性愛者なのかと思われていたナイルの言葉になエイワスは心底驚いた。
「一目惚れ……というのだろうな。 ただ盗賊だった俺ではまだ彼女に相応しくないという想いもあってな」
「まぁそこはね。 でもそれで諦めるのはダメだよ。 それに今は盗賊じゃないんだし、リリア様……というか神兄貴の下にいれば僕達はきっと強くなれる。 むしろ告白するなら今しかないよ!」
「…………そう、だろうか」
「うん。 それに早い方がいいよ。 この町は小さいからね。 いつの間にか誰かと付き合っているなんてこともありそうだ」
「うぅむ……。 ありがとうエイワス。 俺はそういったことに不器用だからアドバイスは助かる……」
ビルロフトが進み、顔が赤くなっているナイル。
普段酒に飲まれるような事がない彼には珍しい姿だとエイワスは驚く。
「いいんだよ。 きっと神兄貴も祝福してくれるだろうさ」
「うむ…………」
「あれ? ナイル?」
いつの間にか寝転けてしまったナイルの姿に溜め息をつき、勘定をすませてエイワスはナイルを担ぎ上げる。
「…………僕なんて叶わない恋をしてるんだ。 ナイルは幸せになってくれよ」
エイワスは誰にも聞こえない声で呟き、自分が始めて愛しいと思った相手を想う。
リリアの妹であり、小さくも愛らしい笑顔の素敵な少女の事を。
…………ただのロリコンである。
三日後。
俺たちはレムナントへ戻ることになった。
正直これ以上学園を休むとリリアが授業についていけなくなってしまう。
だいたいのやるべき事は済ませてあるらしく、リリアが戻るまではアリアが代理で引き継ぐそうなので取り敢えずは安心だ。ルリアにはアリアの監視を頑張るように伝えておいた。
見送りのために町の入り口にはアリアやルリア、マーヤさんやその娘さんに屋敷で散々飲み食いしてリバースしやがったおっさん達が来ていた。
そして何故か……ナイルが見送る側に立っていた。
「ナイル? なぜそちらに?」
俺の言葉にビクりと反応するナイル。
流石に訓練が嫌になったのだろうか?
そんな奴ではないと思うが。
「神兄貴……すまない! 俺はこの町に愛する人が出来た! 神兄貴の奴隷でありながらこんな事を言う資格はないと分かっている! だが、どうかこの町で彼女を守らせて貰えないだろうか!」
すごい勢いで頭を下げるナイル。
そこには一人の男の本気の言葉と覚悟があった。
…………えっ?
いや、えっ?
ナイルの熱い台詞にマーヤさんの娘さんが超恥ずかしそうな顔をしているんだけど。
…………まじで?
まぁ多少強くなったナイルがいるなら町の守りに使える……かな?
「…………ナイル」
「はい!」
「本気なんだよな? 一生彼女を守るつもりでその言葉を吐いてるんだよな?」
「勿論だ!」
「そうか……」
ならばついでにこの町も守ってもらおう。
いや実はこの町の住民が強いと知ってはいても防衛戦力に不安はあったんだ。
ナイルに良い武器を渡して頑張ってもらおう。
「そこまでの覚悟があるならいいさ。 しっかりと相手を護れよ。 ちょっと待ってろ」
一旦ホームに戻り倉庫から一本の剣を取り出す。
一見普通の剣に見えるが、たぶんこの世界ではかなりの上物に位置する剣だ。
ギルドマスターに渡した武器よりも数ランク上だ。
銘はエスメラルダ。
風の力を秘めた剣だ。
「……今のお前にはまだまだ不釣り合いな剣だ。 ……だからこそこの剣に相応しい男になってこの町とその人を護れ。 それが俺からの命令だ」
「……神兄貴……! 俺の……命をもって応えます!」
いや、そこまではしなくて良いけど。
武器は無くすなよマジで。
ナイルとマーヤさんの娘さんは涙しながら抱き合っている。
二人は知り合ってそう長くないと思うんだが…………まぁ恋に時間は関係無いのかな?
そっちは勝手に自分達の世界に入り始めたので放っておく事にした。
それぞれに皆と別れを告げ、歩き出したとき。
トンっと後ろから抱き締められた。
「ん? アリア様?」
「ひとつ貰っておくのを忘れてました」
なんだろうかと思っていると、アリアは赤面しながら良い笑顔で俺の顔を掴む。
あれ?デジャヴ?
そんな事をかんがえていると、柔らかい唇が重なってきた。
ふわりとアリアの優しく落ち着くような匂いと、押し付けられる唇や胸に思考が飛びそうになる。
アリアはそれだけで飽きたらず舌まで使うフレンチキスに移行した。
誰もがその光景に固まる。
俺も固まる。
「お、おおおおおお姉ちゃん!?」
フリーズから戻ったリリアが慌てふためきアリアを剥がす。
「うふふふふ。 ごちそうさま」
ウィンクしながら人差し指を唇に当てる仕草は実に可愛い。
(ちょっとお姉ちゃん! 協定は結んだけど、いきなりはズルいよ!?)
(だってリリアは向こうにいる間ずっと一緒にいるんだから、これくらい良いじゃない。 ね?)
(ぅぅぅぅ……もう! もっとスゴいこと向こうでしてくるんだから!)
(あらあら。 次に会うときは子供も一緒かしらね。 その時は私も欲しいなぁ)
(…………ちゃ、ちゃんと一緒に、ね?)
(そうね、一緒にね)
アリアを引き剥がしたリリアは二人でひそひそと何事かを密談しているが、正直周りの視線が痛い。
男性陣からは嫉妬の視線だけで殺されそうで、女性陣からは好奇の視線で根掘り葉掘り聞き出されそうな雰囲気だ。
…………逃げよう。
俺はリリアがまだ密談しているのにも構わず、馬車を牽くエイワスを連れてレムナントへの道を歩き出した。
「またねゼクトさん」
「私を置いていかないでくださいよ!?」
語尾にハートマークでもついていそうなアリアが優しく手を振り、リリアが慌てて追いかけてくる。
あぁ…………最後にどっと疲れた。
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