第十七話


 ひんやりとしながらも淀んだ空気が鼻をつき、ズキズキと痛む頭を振りながらリリアは目を覚ます。

 

 「あれ? ……ここは?」

 

 石造りで窓も何もない部屋の中に寝かされている自分に気付く。

 何かの台の上に手足を縛り付けられており、動くことが出来ない状態だった。

 どうして自分がこんなことになっているのかを思いだす。

 

 (昨日はアリアお姉ちゃんの快復祝いをして、その後マーヤさんの家に行って話を聞いて……あぁ、そっか。 あの後私逃げ出しちゃって、無我夢中で逃げたんだ。 そこから……誰かに会ったんだ。 懐かしい声だった)

 

 昨夜の事を思い返し、リリアはゼクトとアリアの事を思い出す。

 二人が月明かりに照らされながら、なにかを話しており少しだけ聞こえてきていた会話がまるで……。

 

 

 

 



 

 

 

 

  「それで、リリアお嬢さん。 話ってのは?」

 

 まだアリアの快復祝いを続けている屋敷では話辛いと思い、リリアはマーヤの家まで来ていた。

 ゼクトには声をかけようとしたが、自分が人の波に押されているのを見て良い笑顔で逃げていった。

 

 以前も似たような事があったなと少し怒りつつマーヤの家に到着し、今に至る。

 

 「じ、実は……マーヤおばさんが、おじさんを落としたテクニックを教えてほしいんです!」

 

 「…………ははぁん。 さてはあの使い魔さん?」

 

 「ぅぅぅ……そう……です」

 

 顔を真っ赤にして答えるリリア。

 まだハッキリと好きと言うには度胸が足りていない様子だ。

 

 「なるほどねぇ。 あの男をものにするのは大変だよ?」

 

 「う!? や、やっぱりそうなんですか?」

 

 「昼に少し話す機会があってね。 飄々としているというか、なんというか」

 

 マーヤは昼の出来事を思いだし、その男を思い出す。

 艶やかな容姿ながら、掴み所のない雰囲気に刃物を突き付けられても平然としている男。

 脅されても脈も乱れず、視線の揺らぎや筋肉の硬直もない。

 

 「私……その恋愛経験とかなくて、学校にも友達が一人しかいなくて。 あ、最近一人増えたんで二人か。 ……それでその……どうすればゼクトさんに喜んでもらえるかなって……」

 

 

 「…………あっはっはっは! リリアお嬢さん可愛いねぇ!」

 

 顔を赤らめて恥ずかしがるリリアの可愛らしさにマーヤは我慢できず、その体を抱き締める。

 

 「お、おばさん?」

 

 「いいかいリリアお嬢さん。 私の方法は全くあてにならないんだよ。 それでも聞くかい?」

 

 「は、はい!」

 

 「うむ。 まずはお酒を一本と眠り薬を用意するんだ。 私のおすすめはヒュプノス草の粉薬だね!」

 

 「ふむふむ……眠り薬?」

 

 「そして、それを相手に飲ませる」

 

 「え、えっと……?」

 

 「あとは寝てる隙に脱がせて相手の貞操奪えば既成事実でこっちのもんさ!」

 

 「犯罪じゃないですかーーー!!!」

 

 普段から仲睦まじい夫婦として知られているマーヤ夫妻がまさかそんな馴れ初めだとは知らず、予想外の返答に耳まで真っ赤にしているリリア。

 

 「なに言ってるんだい。 いい男ってのは常に他の女に狙われてると思わないと。 あの使い魔さんなんて間違いなく競争率が高いわよ」

 

 「あぁぅぅ……それはそうですけど……それはそうですけどぉ!」

 

 「それにヒュプノス草の粉薬は催淫効果もあるから寝ててもバッチリさ! あたしはそれで一人目を授かったからね!」

 

 「あぅあぅあぅぅ……」

 

 「想像してごらんよ。 リリアお嬢さんと使い魔さんの子供があんたの手の中にいるんだよ? 幸せに決まってるじゃないか」

 

 「……そ、それは!?  や、やばいですね。 頬がにやけてしまいます!」

 

 自分とゼクトを足して二で割ったような子供を想像し、その光景の多幸感に涎を垂らすリリア。

 

 (ゼクトさんがお父さんで私がお母さん……。 きゃーーー!)

 

 「ちなみにヒュプノス草の粉薬は非合法の薬だから、普通には手に入らない。 けど……私はあそこに生えてた何の葉っぱか分からないものの粉薬を作ってみたんだ。 ……欲しいかい?」

 

 何の葉っぱか分からないといいながらも、この流れで示される薬の招待は一つしかない。

 

 「…………おいくらですか?」

 

 「銀貨十枚でどう?」

 

 「買います!」

 

 目先の欲にリリアが負けてしまった瞬間だった。

 ちなみに銀貨十枚はゼクトのお金でもある。

 

 

 遅くなったリリアとマーヤは快復祝いという名の宴会場たる屋敷に戻ると、既に屋敷は静かになっていた。

 

 「あちゃ、本当に遅くなりすぎたね」

 

 「すいません、こんな遅くまで」

 

 「いいのいいの。 女は幾つになっても恋ばなが好きなのよ。 リリアお嬢さん……こっち!」

 

 マーヤは急に声を潜め、リリアを引っ張り気配を消した。

 何か分からず、流されるまま隠れたリリアはマーヤの視線の先にゼクトとアリアがいるのを発見した。

 

 (え? お姉ちゃんとゼクトさん?)

 

 (なんだか変な雰囲気だねぇ)

 

 ゼクト達との距離があるため声はしっかりとは聞こえないが断片的に声が聞こえてきた。

 

 

 「……ゼクトさん酷いです!」

 

 「私の乙女心を弄んで、やることやったら捨てるなんて! 私は諦めませんからね! 絶対に作ってみせます!」

 

 アリアの悲痛な叫びに、マーヤもリリアも驚く。

 普段はふんわりとした雰囲気で声を荒げる事のないアリアが声を大にしている。

 しかも台詞の内容がまるで遊びで傷つけられた女が捨てられるような台詞だ。

 最後のはきっと赤ちゃんを作るという意味だろうかとマーヤは思う。

 去ろうとしたアリアが再び戻り、今度は顔を真っ赤にしてなにかを呟いている。

 この距離では聞こえないがゼクトが溜め息をつき、何かを答えた。

  

 「わぁ! ありがとうございます!」

 

 始めて見るまるで乙女のようなアリアの表情に二人は全てを察した。

 

 「……お姉ちゃん……っ!!!」

 

 「あ……ちょっとリリアお嬢さん!」

 

 リリアは、アリアの笑顔が眩しくて。

 そして先程妄想していた子供を抱くゼクトと自分の姿がアリアと変わったように思えて、耐えきれずに逃げ出してしまった。

 後を追おうとしたマーヤだが、予想以上のリリアの素早さに追い付けず離されてしまった。

 

 「リリアお嬢さん速すぎっ! ちょっと待って!」

 

 かすかに聞こえる程度の声は頭の中が整理出来ないリリアには届かず、リリアはそのまま町の入り口まで走った。

 

 「ハァ……ハァ……、私何やってるんだろ」

 

 町の入り口付近にある岩に腰掛け、膝を抱いて座るリリア。

 

 「長い間辛い状態を助けてくれたゼクトさん……。 そうだよね。 マーヤさんが言ってたよね。 いい男は狙われるって」

 

 このままだと、アリアだけじゃなくエルレイアやセイン、ルリアだってゼクトを好きになってしまうのではと考え自分がどうするべきかを考える。

 

 「…………ヒュプノス草の粉薬……」

 

 (別に他の人がゼクトさんを好きになるのは構わない。 でも私を見捨てないで……。 私を見て……私を愛して……私の)

 

 「あぁやっと見つけたよリリア」

 

 目から光が消え、どこか後ろ暗い感情に支配されそうになったリリア。

 その瞬間聞き慣れていた、しかし近年聞くことのなかった声が聞こえた。

 

 「……え、おとう」

 

 「一緒に行くよ」

 

 振り返ったその先には何かを振り上げる誰かの姿があった。

 リリアは声を出す暇もなく、頭に衝撃を感じ意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 最後まで思い出したリリアは自分が殴られて気絶した事を思いだし、改めて自分を縛るものを見る。

 かなり頑丈な鎖でそう簡単に外れないように出来ていた。

 

 外れないか試みるが、びくともせずやがて諦めたリリア。

 どうしようかと悩んでいると、奥の方から足音が聞こえてきた。

 石畳をコツンコツンとゆっくりと音が近づいてくる。

 

 

 「あぁ目が覚めたんだねリリア。 おはよう」

 

 懐かしい声。

 大好きな人の声。

 リリアはその声の方を向き、そして悲鳴を上げた。

 

 「い、いやぁぁぁぁ!?」

 

 「酷いなリリア。 私だよ、父さんだ」

 

 「い、いや!? と、父さんはそんな姿じゃない!」

 

 リリアの目の前には、顔がグズグズに腐れて崩れている白衣の男がたっていた。

 

 「ふふふ。 色々あったんだよ。 それより、リリアが火竜を倒せるほどの英雄になったと聞いてね。 使い魔もとんでもなく強いとか。 それだけの事が出来る魔力があれば母さんを……マリーを生き返らせる事が出来るかもしれない! だから……」

 

 「ひっ!?」

 

 「リリア……キミヲ……チョウダイ」

 

 「い、いや……いやぁ!? 助けて……助けてゼクトさぁん!!!」

 

 グラーフだったものの腐り溶けたような口が、にちゃりと弧を描きおぞましい笑顔が浮かび上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「邪魔するよ!」

 

 快復祝いを終えた翌朝。

 居間やキッチン付近で寝こけていた男達を無理矢理起こして、朝ご飯を作っているとマーヤさんが凄い勢いで飛び込んできた。

 

 「リリアは!? リリアは帰ってきてるかい!?」

 

 「……どういうことですか?」

 

 「ああ……もう!? あんたが悪い訳じゃないけど、あんたのせいでもあるんだから一発殴らせなさい!」

 

 別に殴られても痛くはないけど、本気の一撃だったので避けておいた。

 さすがに理由なく殴られるのは性に合わないし、俺は大人げなくやり返すタイプだ。

 

 「いったい何の事ですか? ……ルリア様、申し訳ありませんがリリア様の部屋に行ってきてもらえますか?」

 

 「い、行ってくるーー!」

 

 自分で行こうかと思ったが、どうもマーヤさんの様子がおかしい。

 

 「……何がありました?」

 

 「……昨日の夜。 リリアはうちに来てたんだよ。 それで帰りにあんたと……アリアお嬢さんが一緒にいるのを見て……。 ……その逃げたんだよ。 ……っ! やっぱり一発殴らせなさい!」

 

 あぁ、俺のせいじゃないけど俺のせいってそういう事か。

 つまり、アリアと一緒にいてイチャついてるように見えたと。

 実際はフルーツオレに興奮してただけなのに。

 いやまぁ……言いたい事も分かるけど。

 

 振り抜かれる拳をヒョイッと避けて、覗きこんでいたアリアを部屋に引き入れる。

 

 「え!? あっ……わっ!?」

 

 「アリア様、どうやら昨日のフルーツオレの件を覗かれていたようですが、どうも私とアリア様が逢い引きしているように見えたそうで。 ただいまマーヤさん殴られそうなところです」

 

 「えぇ!? ち、違うわよマーヤ! ただ美味しい飲み物を教えて貰っただけよ!」

 

 「うそ!? だって乙女心がどうとか、最後に誰も見たことないような顔してたじゃないか!?」

 

 「あ、あれは!? そ、その……あまりにも美味しいものをゼクトさんが教えるだけ教えて、もう作れないとか言うから……」

 

 アリアの言葉にマーヤもついでに寝起きの男共もポカンとした表情をしている。

 

 「お兄ちゃん! リリアお姉ちゃんいないよ!? ……なにこの空気」

 

 「気にしなくて大丈夫ですよ。 ……手のかかる主様ですね本当に」

 

 しかし、その程度……なんて言い方しちゃダメか。

 少なくともリリアの性格で一晩以上いなくなって周りに心配をかけるような事はしないと思うが……。

 アカネはたしかホームの中か。

 最悪アイツが起きてればどうにでもなるけど、厄介事に巻き込まれてるなら早めに見つけないとな。

 

 「ミソラ……いるか?」

 

 「はーい」

 

 「見つけ出すぞ。 ナイル、エイワス! お前達は念のためにここに残って何かあったら対処しろ。 自分達でどうにもならない事態に陥ったならこれを打ち上げろ」

 

 ナイルとエイワスに信号弾を渡し、空に打ち上げる方法を説明する。

 二人は元盗賊だが話がわかる奴等で助かる。

 しっかりと使い方を理解してくれたおかげで安心して外に出ることが出来る。

 以前に傀儡符でのパワーレベリングもしているので実力的にも多少は使える筈だ。

 

 「お前達の命よりここにいる人たちの命を優先しろ」

 


 そう言い残して後を任せリリアの気配を探る。

 使い魔になってから意識すればなんとなく分かる主の反応が薄い。

 結構遠くに離れているようだ。

 

 「普段から探すような事はしてなかったが……。 悔やんでも仕方ない。 ……この辺りなら人目もないな。 いいぞ美空」

 

 町を出て、少し離れた場所に到着し。

 ミソラに声をかける。

 こういう時はミソラの能力が役に立つ。

 

 「りょうかいますたー。 戦闘モードへ移行開始」

 

 ミソラの青い目が輝き、結膜の部分が黒く染まっていく。

 着物の両手の袖口から黒い触手がウネウネと姿を現し、全身から禍々しい青いオーラが立ち昇る。

 

 『リリア様を対象に広域エリアスキャンを実行。 開始します』

 

 二重音声のような声に変化し話し方もたどたどしさが消える。触手のうち二本がアンテナのように上に向かって十メートル程伸びた後、その先端から青い波動が広がっていく。

 


 ミソラの種族は魔族でクラスはエビルカーディナルだ。

 基本的にはサポート専門で回復から支援、探索などなど完全に後衛特化である。

 いま行っているエリアスキャンはマップにいるモンスターを把握し、逃げまわるモンスターの位置を割り出す魔法だ。

 

 ちなみに体から出ている青い波動だが特に意味はない。

 設定で変身時にエフェクトがあると格好いいと思って設定しているだけだ。

 

 こうしてリアルな状態で改めて見ると格好いいと思うが、この状態のミソラは絶対に人に見せちゃいけないと思う。

 ちなみにこの状態だと機械のように事務的になるのだが、好感度が高いと実は可愛い反応をするのだ。

 

  『対象を発見。 南方に四キロ。 周辺対象物から墓地と推測されます。 リリア様は地下にいるようです』

 

 「……わかった。 ミソラ、お前がいてくれて本当に助かる。 ありがとうな」

 

 『い、いえ。 その、ありがとうございます』

 

 頭を優しくなでると無表情だが、頬を染めて目を逸らす。

 普段のミソラもいいがこの状態もめっちゃ可愛いと思う。

 

 「さて、うちのお姫様を助けないとな。 神速符」

 

 俺とミソラに神速符を使用し、速度の底上げをする。体が軽くなり世界の流れる時間がスローになったような錯覚を覚える。

 

 武器を速度特化の刀である天羽々斬あめのははきりに切り替え地を蹴る。

 

 この世界に来て初めての全力疾走。

 

 音より速く、疾走による衝撃波で大地に傷痕を残しながら走る。

 

 踏み出す足がその力を完全に前に進むベクトルにしており、地面には足跡ひとつ残っていない。

 本来なら反作用によって踏み出した力の分だけ地面にも力が加わるが、それを完全にゼロにして前に進む技。

 

 リベラルファンタジアでサムライの高速移動の手段となる『静の世界』である。

 

 

 

 道中の魔物を横切る衝撃波だけで殺害しながら進み、あっという間に到着した墓地。

 

 「ここか。 地下、というか具体的な位置は?」

 

 『お待ちください。 サーチを開始します』

 

 (……て! ……ゼクトさぁん!)

 

 ミソラが触手を伸ばした瞬間、集中していた感覚にリリアの声が聴こえた。

 

 ハッキリと分かる、奥の一際大きな墓石の下から確かにリリアの声が聴こえた。

 ミソラのサーチが終わるより速く墓石を吹き飛ばし、地下の入り口を見つけ出す。

 

 下る階段を文字通り飛ぶように駆け降り……目の前に拘束されたリリアと、それを覆うようにナニカがいた。

 

 「ゼクト……さん! 本当に来て……くれた!」

 

 「ナニカナキミハ? ジャマダブッ!?」

 

 汚い生き物が声を出した瞬間。

 自分の中で何かが振り切れた気がした。

 ナニカの汚ならしい顔面を掴み、なるべく死なないように優しく壁に叩きつける。

 アッサリ殺してしまっては怒りが納まらない気がしたから。

 

 「…………大丈夫かリリア。 いま助ける」

 

 鎖を斬り、自由になったその身体を抱き締めた。

 冷たくなっている身体が、寒さとは別の理由で振るえていた。

 あぁ……本当に無事で良かった。

 こんなことになっていたなんて。

 

 『……マスター。 今のうちに私がアレを駆除しておきましょうか?』

 

 「いや……ミソラはリリアを連れて先に上へ戻れ」

 

 「ヤレヤレ、マサカフキトバサレルトハ」

 

 人の動きとは思えないような起き上がり方で立ち上がるナニカ。

 顔面だけじゃなく身体の至るところが腐っているのか、足元に腐肉が散っている。

 

 「……あ、貴方はお父さんなの!? どうしてそんな姿に!?」

 

 「……は?」

 

 お父さん?

 オトウサン?

 ファザー?

 

 「あの声にあのペンダントは間違いなくお父さんだと思います。 でも、なんであんな……」

 

 「……まぁ俺が吐かせるからいいよ。 あんな姿を見るのはリリアも辛いだろう? 先に上で待っててくれ」

 

 「……でも……」

 

 「お前をこんな危険な目に合わせてしまって……信じてもらえないかもしれないが、必ず親父さんも大人しくさせて上に戻る。 待っててくれないか?」

 

 「……信じます! ここに来てくれたゼクトさんを信じない訳ないじゃないですか!」

 

 「ありがとう。 ……ミソラ、分かっているな?」

 

 『……はい』

 

 優しくリリアを抱き締め、ミソラに念を押しておく。

 びくりと振るえるミソラ。

 いけない。顔に出てしまっているのかな?

 リリアをミソラに渡し、二人が上がるのを見送る。

 

 「オトナシクサセル? ソレハフカノ」

 

 あぁ腹立たしい。

 汚い声が耳朶を打つたびに殺意が沸いてくる。

 不可能とでも言おうとした瞬間、腕を斬りすてる。

 

 「ナッ!?」

 

 まずは声を奪うか。

 その場から一瞬で接近し、喉仏から綺麗に切り裂き、声帯をくり抜いて声を出せないように処置しておく。

 

 「カヒュ!? ヒューヒュー!?」

 

 親父さんらしきものの腕から汚い体組織の様なものが集まり、太い棍棒のように変化した。

 その質量と膂力で叩き潰すつもりなのだろう。

 

 『一の太刀 紅蓮』

 

 肩口から袈裟懸けに焼き斬り、落ちた棍棒のような腕を完全に燃やす。

 痛みなのか驚きなのか、声を奪っているから何を言いたいのかは分からないが、俺がやることは変わらない。

 

 「動くなよ邪魔くさい」

 

 暴れながら逃げ出そうと、もがきだしたソレを見下ろし柄に手をかける。

 

 『二の太刀 狂嵐』

 

 光速の斬撃が親父さんの肉体を刻み続け、翠色に輝く風の刃がまるで斬撃の中心に向かって吸い込まれるように集まっていく。

 

 「ヒュー! ヒューヒュー!」

 

 最早肉塊となっているそれの喉から何かを訴えるように空気が漏れる音がする。

 それを見下ろし、逃げ出そうとする足に刀を突き刺し地面に縫いつける。

 

 「……とりあえず俺の気が済むまで殺し続けることにしたよ。 なぁに

 回復薬も蘇生薬もある程度は持ってきてる。 良かったな? 普通は出来ない体験ができるぞ」

 

 リリアに傷をつけ、悲しい思いをさせた。

 例えリリアの父親であろうと許すつもりはない。

 それだけで俺が動く理由は十分だ。

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