35 東三の実家

 すみれはこの日、和潤の真意に感づいていたが、実際に三等分にされた暗号があることは知らなかった。つまり想像の域を脱していなかったのである。ただ、このことによって、すみれの関心は三人の愛人の子供の方へと移っていた。

 すみれは昨日、土井刑事から東三の実家の場所を聞き出していた。そして、それが山梨県内にあると知って、現在、そこに向かっているのだ。

 今回、尾上家の人びとを島に招いたのは東三。

 すみれは考える。

 この男の真の狙いは、三等分にされた暗号の内の、残りの一つを手に入れることだったのじゃないか?

 だから、双葉と英信という二人の血縁者を呼び寄そうと思ったのではないか。

 つまりは、この二人には暗号が渡されている可能性があると思ったから。

 潤一の暗号が公開されるとあれば、暗号を持っている人間は、自分の暗号を必ず持ってくることだろう。

 つまり東三は、この集いによって、分散された暗号を集めようとしたのではないか……?


 さて、すみれは、東三の家に着いた。それはあきらかに田舎の古びた一軒家という感じだった。見れば、犬小屋があって、家の影に犬が一匹寝そべっている。ちょっと小洒落た雰囲気の若々しい秋田犬だった。なるほど、知性的な顔つきではあるが、少し頼りなさも感じられた。こちらの顔を見て、すこし小馬鹿にしたような笑いをヘラヘラと浮かべている。しばらく、見ていると飽きてきたのか、今度は、どうでもいい方向をへらへらと笑いながら眺めていた。

 犬の話はさておいて、それにしても困ったものだ、とすみれは思った。なんと言って話を聞けば良いのだろう。インターホンを押すのも抵抗がある。それどころか、よく見たら「インターホンは壊れています」と張り紙が貼ってあった。

 仕方ない、呼ぶか。

「すみませーん」

「わん!」

 反応したのは犬だけだった。家には誰もいないのだろう。すみれが諦めて帰ろうとして振り返ると、そこには野菜を担いだ粋なおばあさんが立っていた。

「大沼さんにご用?」

「ご用というわけではないのですが、ご近所の方ですか」

「そうなの」

「ちょっとお話を聞いてもよろしいですか?」

 すみれはそのおばあさんから、大沼家のことを聞いた。


 何でも、大沼家には妙子たえこという美しい女性がいた。その女性は若くしてある男性と結婚し、北一と西次という男子を産んだ。ところがその夫は事故にあって死んでしまったのだという。

 この頃に、和潤はこの妙子という女性に目をつけた。……というよりは、独り身の彼女を、気の毒に思ったのかもしれない。二人は結ばれて、妙子には男子が産まれた。この男子を、北一と西次の弟ということで、東三と名付けたのだが、和潤が引き取ることはなかった。それは尾上家の家名が傷つくということで、妙子が引き取ったのである。

 この話を聞いて、すみれはあることに気付いた。すみれはてっきり東三というのは、潤一と双葉の名前の流れで「三」の字がつけられたのかと思っていた。

 実際には、大沼家側の事情で「東三」と名付けられたというのである。


 その時、すみれは、

「東三さんの現在のご年齢は」

 と尋ねた。

「確か、三十八歳だったねえ」

 とおばあさんに言われた。三十八歳……。

 確か、土井刑事によれば、英信は現在、五十歳ぐらいだと言う。そして、英信は和潤が二十歳そこそこの時の子というから、東三が産まれた時、和潤は三十代前半だったというわけである。

 すみれは、おばあさんにお礼を言うと、すぐに路線バスに乗り、電車に乗って、潤一の実家を尋ねることにした。それは山梨の山奥のお寺であった。そもそも、潤一をジュンイツと読ませること自体、僧名臭いが、潤一の実家は実際に寺なのだった。

 その寺の名を五輪山永眼寺ごりんさんえいげんじと言った……。

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