33 詰将棋

 元也にこのことをどう伝えるべきだろうか。根来は頭を抱えた。大騒ぎになるぞ、どうすりゃいいんだ、どうすりゃ…、最悪、根来投げをする必要も出てくるかも知れないな、と思った。

 根来投げとは、根来が柔道の山嵐という投げ技と合気道の関節技を組み合わせて創り出した技である。白百合荘で起こった事件では、スコップを持った犯人相手に、根来がこの技を繰り出して、豪快に組み伏せたのであった。

 根来史上、最強の技と言われているが、元也があまりにも暴れたり、幸児や沙由里に危害を加えようとしたら、使わねばならないだろう。

 根来が、この技を繰り出す時、相手は関節技を食らいながら足払いをされ、そこから背負い投げにもっていかれ、最後に関節技の寝技に持ち込まれる。根来が、虎が獲物を捕らえるごとく、敏捷に相手の内側に回り込んだその瞬間、相手は空を一回転し、床に潰れているわけである。

 これほどまでに危険な技もない。何しろ関節技が決まっている状態で、背負い投げをされるのだから。体の硬い人は、ポキっといってしまう危険性がある。

 絶対に真似しないで頂きたい、とここに述べておく。


 祐介は、その血文字をじっくり眺めていたが、何か思い当たることがあったらしく、もう一度、見つめ直した。

「なんだか妙ですね。そんな訳はないのですが……」

 祐介はそう呟いてから、また考えだした。

「なんだ、何か分かったのか……?」

 根来は、元也の抑え方を考えていたので、祐介の様子の変化に驚いて尋ねた。

「一つ思い当たる節があるのですが……しかし、とてもそれは信じられない」

 根来は、祐介をまじまじと見つめた。

「お前、こんな時に勿体ぶるなよ。何なんだ、言ってみろ」

 祐介はじっと考えていたが、

「もう少し自分で考えてみます。ところで、根来さん。犯人は三枚の暗号を手に入れたようです。つまり犯人は今、暗号のことを考えていることでしょう。どうでしょうか。僕たちも犯人と同じく、暗号の内容を推理してみませんか」

「そんなこと言っても、早く、この事件を他の人間に知らせないと……」

「根来さん。これは詰将棋です。最善手は常に一つしかないとある若き棋士も語っています。犯人が次にどうさすかを予測して、それに先まわりするしかありません」

 根来は頷いた。

「確かに、これが将棋なら、犯人の連勝を阻止しなければならないな。その為には、こちらの持ち駒を見せてはいけない。ましてや、元也が暴れているのを抑えている暇はない。さあ、その詰将棋をやってみろ!」


 まず祐介は、三つの暗号文を縦に並べた。


  天狗の鼻が突き出すところ

  極楽へ向かえ

  右の手に

  青月の夜


  水無月の七つ半

  十二の穴を

  左の手に

  入るべからず


  鼻の先にある岩の

  北から数えて子丑寅

  右の手

  地獄ゆき


 意味が通らない。しかし、祐介が見て取ったのは「天狗の鼻が突き出すところ」と「鼻の先にある岩の」という文章に関連性があること。そして、三段目がみな似たような文に統一されているということであった。

 つまり一行目同士、三行目同士に関連性が見られるのである。

 すると、暗号を横に並べるのだろうか……。

 祐介は、三つの暗号を横に並べてゆく。

 どういう順番だろうか。祐介は三行目に着目した。その内の二つの文には「に」が付いている。しかし、三枚目の文だけは「に」が付いていない。ということは、これが三枚中、最後となるのではないか。

 それに「鼻の先にある岩の」という文が「天狗の鼻が突き出すところ」の前にくるはずもない。

 さて、文の流れを考えるともっとも自然なのは、この順番である。三枚の暗号文が横並びになり、各行が横並びになって、通しで読める。


  水無月の七つ半 天狗の鼻が突き出すところ

  鼻の先にある岩の

  十二の穴を 極楽へ向かえ 北から数えて子丑寅

  左の手に 右の手に 右の手

  入るべからず 青月の夜 地獄ゆき


 おそらく、これで合っているだろう。しかし、この順番……。潤一の暗号は二番目、東三の暗号は一番目、そしてたった今見つかったのが双葉の暗号だとしたら三番目となる。

 祐介場、何か引っかかったが、それは置いておこう。

「おい、暗号の並びはこの順番で合っているのか!」

「はい。そして、犯人もここまでは容易に推理できるでしょう」

「やつは、この暗号を元に埋蔵金を奪おうとするだろうな」

「問題は、この暗号をどう解くかです。時刻は十二時に迫ってきていますが、ここに書かれているように、七つ半、つまり四時には犯人は何らかの行動を開始するでしょう」

「そうだろうな……」

 根来も頷く。こちらからどのように犯人に仕掛けてゆくか。


「よし、四時までに何らかの対策を練らなければならないな。しかし、天狗岩にゆくのなら、一時間以上かかるんだから、三時までにはこっちも方針を固めないといかんぞ。それで、この暗号、どう解くんだ?」

 祐介は、じっと暗号を見つめていたが、何か考えがあるらしく、軽く微笑んだ。

「根来さん。全ては今日の四時、天狗岩の下に立った時に分かります。十二の穴……これは間違いなく、島の西側か東側にある各々十二の洞穴のことに違いありません。しかし、西側か、東側か?しかし、ここに「極楽へ向かえ」とあります。極楽は西方浄土ですから、極楽へ向かう洞穴とは、つまり東側から入って西側へ向かう洞穴のことでしょう」

 すると、根来はさも分かったように、ポンと拳を打つと、

「そうか! すると、東側にある洞穴のいずれかということになるな……」

「おそらく……」

 祐介はしかし、そこから先、何も語らなくなったのであった……。

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