6sec 王家の秘伝



「その少年が何者なのか話してもらおう。」

王様の言葉にチコリスは頷いた。



「ここにいる男の子のおかげでわたしたちは難を逃れたのです、お父様。」

チコリスと王様が同時にイットキを見る。


「えっ、いやっ、その…」


―――どういう状況???僕そんなことしたっけ??


言葉が上手く出てこないイットキに王様から声がかかる。



「君、名はなんと言う?」


「はっ、はい!!イットキです!!」


「ではイットキ君、話してくれ。君は何者なのか。どこから来た?」

王様が問い詰めるような視線を向けてくる。




――「何者か」なんて困るキラーパスされても、高校生としか言えないんだけど…。




イットキがまたも返事に困っていると、チコリスが代わりに答える。


「お父様、イットキを質問責めにしないで下さい。まだ彼はここに召喚されたばかりなんですよ?彼はわたしが喚び出したんです。」

チコリスは王様からイットキを庇うように前に出る。




「召喚……王族の秘伝を使ったのか、チコリスよ。」


「ええ……。呪いはわたしたちから本来の時間を奪うものでした。直接呪いを受けたわたしは自分の魔力で抗ってみたけれど、残せた時間は一日でたったの二十四秒。だから時間を補うために、同じ時間感覚で生きる人間を別世界から召喚し、わたしと繋ぐことで、時間を……分けて貰ったのです。イットキは異世界人なんですよ、お父様。」


そう言うとチコリスはおずおずと後ろのイットキへ振り向く。



「イットキ、ごめんなさい。わたし、貴方の許可もなくこちらの都合だけで勝手に貴方を呼び付けて、勝手に貴方の時間を奪ってしまったわ。たぶん、イットキの起きていられる時間は今までの半分近くになっちゃうかもしれない。本当にごめんなさい。」

チコリスは申し訳なさそうに深々と頭を下げる。



 チコリスの説明でイットキは合点がいった。自分はチコリスの王族秘伝とやらの力で異世界召喚されて来たのだ。そしてあの何度か意識が飛んだ現象は、チコリス本人と近くの人間の一日を二十四時間から二十四秒ごとに変えてしまう呪いのせい。それでチコリスはイットキの時間を半分だけ彼女に足してドーピングすることで無理やり起きてられる時間を伸ばした、と。



「ねぇチコリス。この指輪…、取っちゃうとまたさっきみたいに寝て起きての繰り返しになっちゃうんだよね。それも僕らだけじゃなくたくさんの人が。」


「…………」

手に嵌めた指輪を見せて問うイットキにチコリスは顔を伏せたまま沈黙で肯定する。




「それなら……、しょーがないかな!!」


「えっ…?」


「僕のいた世界はね。どんな所にも代わりの人間がいて、みんな退屈そうに生きてるんだよ。行きたい時に行きたいところにも行けないし、言いたい時に言いたいことも言えない。」



顔を上げてイットキの言葉を聞くチコリスはうっすらと目に涙を浮かべている。



「だからみんなもっと自由な別世界に行ってみたいと願ってる。そしてもっと自由に生きてみたいとも。その願いを叶えるために、人生の若くてエネルギッシュな時間をつまらないどぶのような生活の中に投げ捨ててるのが僕らの世界の当たり前なんだ。」



そうだ、現実はもう止まらない満員電車に体を押し込めて乗っているようなもの。相手を押して席を奪い合い、立ち位置を奪い合いあっている、…永遠に。そこから自由な電車の外の世界へ降りることができるのなら、起きている時間の半分、人生の半分なんて安いものじゃないか。



「だから、チコリス。僕に、幸せになれるだけの自由をくれ。そうしたら人生の時間の半分でも命の半分でもチコリスにあげるよ。」




―――――――。




イットキの言葉聞いたチコリスと王様は答えることなく、数秒間沈黙が流れる。そして、



「おいイットキ君、父親の前で君は何を…」

「――わかった。いいよ、イットキ。」

先に声を出した王様をチコリスが遮る。







「カイロス王国第二王女チコリスの名において、わたしは貴方の求婚に応じます。」

イットキを真っすぐ見据えるチコリスの艶やかな白い頬が、うっすらと桜色に染まっていた。





――――――――――え?きゅうこん?球根?キュウコン?Qコン?



チコリスの予想の斜め上の返事にイットキの脳内予測変換機能が混乱する。――なんだ?僕は何を言った?あ、チコリスさん照れててかわいい。じゃなくて!僕なんて言ったっけ?呪いがかかってて僕の時間が必要って言われたから『人生の半分あげるから幸せな自由をくれ』、って条件言ったんだよね?あれ――?



イットキが『きゅうこん』に納得のいく字を当てはめようとしていると、広い謁見の間に聞き覚えのない慇懃な冷たい声が響いた。





「―――茶番はその辺にしていただきましょうか。」



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