第五十八話 戦いは続く(ラビエスの冒険記)

   

「みんな、気をつけろ!」

 俺――ラビエス・ラ・ブド――が叫んだのに続いて、

「次が来るわ!」

「ああ、また、お客さんだな」

 マールとセンも、声を上げている。

 俺と同じく、モンスターの出現に気づいたらしい。

 まだ俺たちは、水棲モンスターの気配には不慣れだが、それでも一度戦ったことで、何となく「先ほどの連中と似たような感覚だ」くらいは察知できるようになっていた。東の大陸で戦ってきたモンスターの気配とは、微妙に違うのだ。

 やがて。

 最初の戦いと同じように、前方から集団で泳いでくるモンスターたちが見えてきた。やはり水面から半分くらい体を出しながら向かってくるので、見間違えようがない。

「今度は、全部で四匹ですね」

「全て赤いやつ……。つまり、赤半魚人レッド・サハギィということか」

 パラとリッサの言葉に頷いて、俺は仲間に指示を出す。

「さっきと同じだ! 俺とパラとマールで、素敵船ナイス・ボートに近づけないようにしながら、敵の数を減らす! ここまで辿り着いたモンスターは、二人に任せる!」

 最後の言葉は、リッサとセンに向けたものだった。正確にはセンは俺たちのパーティーの一員ではないのだが、とりあえずイスト村に――東の大陸に――戻るまでは、暫定的に、同じパーティーの仲間として扱って構わないだろう。

 センもそのつもりのようで、

「おう、任せろ!」

 俺の指示を了解してくれている。

 基本的な戦闘方針について、全員の意思疎通が取れたところで、早速、パラが魔法を放っていた。

「フルグル・フェリット・フォルティテル!」

 彼女に負けてはいられない。俺も、呪文を詠唱する。

「ヴェントス・イクト・フォルティシマム!」


 俺とパラが魔法を放ち、マールが風魔剣ウインデモン・ソードを振るう。

 三人の攻撃により敵の数が四匹から三匹に減ったところで、残った三匹のうち一匹が、水面からガバッと体を起こした。

 赤半魚人レッド・サハギィたちは、かなり近づいてきているが、まだ素敵船ナイス・ボートに飛び乗れる距離ではないはず。それに、彼らには武器もないし、魔法も使えないのだから、遠距離から攻撃する手段もないはずだった。

 前回の戦闘から得た知識で考えると、モンスターの行動の意図がわからない。俺が少し困惑していると、

「見ろ! あの赤半魚人レッド・サハギィは、槍を持っているぞ!」

 リッサが大声で叫んだ。彼女は戦闘に参加できず、手持ち無沙汰だった分、相手をよく観察していたようだ。

 そしてリッサの言葉を聞いて、レスピラも大声を上げる。

「みなさん、気を付けてください! 槍を持っているならば、赤半魚人レッド・サハギィではありません。槍半魚人ランス・サハギィという別モンスターです。赤半魚人レッド・サハギィよりも上位種で、手にした槍から、電撃を飛ばしてきます!」

「そういうことは、もっと早く言っておけ!」

 即座に叫んだのはヴィーだが、おそらく、他の者たちも同じ気持ちだろう。

 姿形は似ているが強力で危険なモンスターがいるというなら、あらかじめ、教えておいて欲しかった。いや、俺たち冒険者の方が、レスピラに聞いておくべきだったのかもしれないが……。

 ともかく。

 問題の槍半魚人ランス・サハギィは、槍の先端をこちらに向けていた。

 それを俺が視認したのとほぼ同時に、その槍の先から、稲妻のような光が飛んでくる。これが、レスピラの言っていた『電撃』なのだろう。

「まずいっ!」

 俺は無意味に叫ぶしか出来なかったが、ちゃんと仲間の中には、こういう時に役立つ有能な冒険者もいるのだ。

「ルチェット・ムルマ!」

 モンスターと素敵船ナイス・ボートの間に、神々しい光の壁が出現する。

 リッサの特殊な魔法の一つ、防御魔法デフェンシオンだ。

 以前にリッサは「絶対の防御力を誇る、伝説の白魔法の一つ」と誇っていたし、実際に『炎の精霊』フランマ・スピリトゥの攻撃にも耐え切った『輝く壁』なのだ。その防御力は伊達じゃない。槍半魚人ランス・サハギィの電撃など、完全に防ぎきっていた。

「なんだ、これ? こんな魔法もあるのか?」

「ラゴスバットの城に伝わる、秘密の魔法らしいぞ。だが、そんな説明は後回しだ。それより……」

 リッサの魔法に守られた内側で、俺は、軽くセンに説明した。それから、仲間の顔を見回す。

「わかっているわ、ラビエス。タイミングを合わせて、あの槍半魚人ランス・サハギィに集中攻撃ね!」

 俺が言うまでもなく、マールには意図が伝わっていた。

 パラも、黙って頷いている。

 そしてリッサが、

「用意はいいな? では、いくぞ!」

 俺たちに告げてから、防御魔法を解く。

 その瞬間。

「ヴェントス・イクト・フォルティシマム!」

「フルグル・フェリット・フォルティテル!」

「はっ!」

 槍半魚人ランス・サハギィに向けて、俺とパラは魔法を放ち、マールは風魔剣ウインデモン・ソードを振るった。


 俺たちの集中攻撃で、まもなく槍半魚人ランス・サハギィは消滅した。

 しょせん槍半魚人ランス・サハギィは、一般のフィールドをさまよっているような雑魚モンスターだったのだろう。少しでも頭が回るならば、一度リッサに防がれたくらいで、電撃を放つのをめたりしなかったはずだ。

 あの攻撃を続けられたら、リッサは防御魔法を解くタイミングがつかめず、俺たちの方から攻撃するのは難しかったかもしれないが……。結局、俺たちに攻撃する隙を与えたことが、あのモンスターの命取りになったのだった。

 そして、一番厄介な槍半魚人ランス・サハギィさえ仕留めてしまえば、残りの二匹は赤半魚人レッド・サハギィだから、それほど苦労はしない。全てを片付けるまで、それほど時間はかからなかった。

「今回は、俺の出番は、完全にゼロだったな……」

 センが呟く横では、

「私は大活躍だったぞ」

 同じ武闘家であるはずのリッサが、誇らしげな顔をしている。いや、本当はリッサは白魔法士なのだから、センと同じ武闘家扱いというのが、そもそもの間違いなのかもしれないが。

「そうですね! リッサのおかげで、助かりました!」

「私も、素直に感謝するわ。ありがとう、リッサ。あなたがいなかったら、電撃を食らっていたもの」

 パラもマールも、リッサを褒め称えている。

 確かに、槍半魚人ランス・サハギィの電撃は、いかにも回避しづらそうな攻撃だった。船上の俺たちだけでなく、素敵船ナイス・ボートそのものに被害が及んでいたかもしれない。その場合、旅を続けるのが難しくなりそうだから、防御魔法デフェンシオンがなければ、俺たちは窮地に陥っていたことだろう。

 だが、あまりリッサを調子に乗らせてもいけないので、俺やセンまで何か言う必要はあるまい。ここは、女同士で上手くやってもらおう。

 そんなことを俺が考えていると、

「ところで、みなさん。あれ、どうします?」

 レスピラが声をかけてきた。

 彼女は水面を指し示している。何か細長い物体が、プカプカと浮いているようだが……。

「不思議な話だな。普通、武器は水より重いから、すぐに沈むものではないのか?」

 ヴィーの言葉で、その『長い物体』の正体を理解して、俺は叫んでしまった。

「さっきの槍半魚人ランス・サハギィが使っていた槍か!」

「そうだ。貴様たちは必死に戦っていたから気づかなかったようだが……。あのモンスター、攻撃を食らううちに、大事な武器を落としていたからな。驚いて手放したのか、それとも、武器を握る力さえ失ったのか、そこまではわからないが」

 戦闘に参加しないヴィーは、誰よりもよく観察していたのだろう。それだけでなく、宗教調査官という仕事柄、彼女には「よく観察する」という癖がついているのかもしれない。

「私も見るのは初めてですが、槍半魚人ランス・サハギィの武器は『珊瑚の槍』と呼ばれるそうですよ。びっくりするほど軽い素材で出来ているのに、しっかりとした強度を保っているという話です」

 レスピラが補足する。

 親切な解説に感謝して、一瞬、聞き流しそうになったが、あることに俺は気づいた。

「びっくりするほど軽い素材って……。そんなこと、実際に手にしてみないとわからないよな? それが話として伝わっているということは……」

「そうです。今回のように、時々、戦闘中に落とすらしいのです。それで『珊瑚の槍』を入手した冒険者がいるのですよ」

 そう言ってから、レスピラは、話を戻した。

「それで、どうします? いくら軽い武器といっても、放っておいたら、そのうち沈んでしまうかもしれませんし、それ以前に、流されていきそうですが……。もし欲しいならば、その前に私が拾い上げますよ?」


 結局。

 せっかくなのでもらっておこう、ということになって。

「わかりました。では……」

 レスピラは、川を漂う『珊瑚の槍』の方に、素敵船ナイス・ボートを近づけた。さらに、パドル――素敵船ナイス・ボートを漕ぐのに使っている道具――を『珊瑚の槍』の方へと伸ばして……。

「えいっ!」

 掛け声と共に、水を切るような感じで、ひょいっとパドルを操る。パドルの平たい部分で、上手に『珊瑚の槍』をすくい上げたのだった。

「上手いものですね」

 パラの賛辞に対して、

「水先案内娘にとって、パドルは、体の一部のようなものですから。冒険者の方々にとっての、武器と同じですね」

 少し照れたような表情で返すレスピラ。

 そして、武器といえば。

 俺たちは今、また新しい武器をモンスターから手に入れたわけだ。

「ボス・モンスターでもないのに、アイテムをドロップするなんて……。ちょっと不思議な感覚ですね」

 パラが、そんな感想を口にしている。

 レスピラは先ほど「時々、戦闘中に落とすらしい」と言っていたが、東の大陸では、ありえない話だ。少なくとも、俺たちは経験したことがない。

 だが考えてみれば、『炎の精霊』フランマ・スピリトゥと戦うまでは、ボス・モンスターからアイテムを入手できることすら、俺たちは知らなかった。それを思うと、もしかしたら東の大陸でも、普通にアイテムを落とす一般モンスターもいるのかもしれないが……。

「ドロップアイテムといえば……」

 ヴィーが、『珊瑚の槍』を取り囲む俺たちに、話しかけてきた。

「……先ほど、似たような話の途中だったな?」

 ああ、そうだ。

 赤半魚人レッド・サハギィ槍半魚人ランス・サハギィが現れたことで中断してしまったが、炎魔剣フレイム・デモン・ソード風魔剣ウインデモン・ソードを入手した経緯について、ヴィーに説明している最中さいちゅうだった。

 ちょうど炎魔剣フレイム・デモン・ソードについては話し終わったところだったから、風魔剣ウインデモン・ソードの話から始めればいいのだろう。

「そうだったな。この風魔剣ウインデモン・ソードは……」

 風魔剣ウインデモン・ソードの所有者として、俺が語ろうと思ったのだが。

「ラビエスが、風の魔王から、直接もらったのだ!」

 堂々と胸を張って、リッサが叫び出した。

 彼女の『魔王』という言葉を耳にして、ヴィーが顔をしかめる。

 無理もない。

 教会という組織の一員である宗教調査官としては、最初から「魔王なんて存在しない」という立場なのだろうし、それ以前に「口に出すのも汚らわしい言葉」と思っているのだろう。

 ならば。

 とてもじゃないが、風の魔王から幹部として勧誘された話なんて、ヴィーの耳に入れるわけにはいかない。たとえヴィーが魔王の実在を信じていなくても「それに類する存在から誘われるということは、このラビエスという男も、似たような『魔』の者なのか?」と考えるかもしれない。それこそ、教会から異端者として処罰されかねない。

「ねえ、リッサ。風魔剣ウインデモン・ソードの話は、ラビエスに任せたらどうかしら? 今は私が使っているけど、これはラビエスの武器なのだし……」

「そうですよ! なんといっても、ラビエスさんが、我々のパーティーのリーダーですからね」

 マールとパラも、俺と似たような心配をしたらしい。二人して、リッサを止めようとしてくれている。

 その間に、俺はヴィーに近づいて、小さな声で話しかける。

「リッサの言葉は、忘れてくれ。俺だって、あれが本当に『魔王』だったのかどうか、半信半疑だ。でも彼女は、魔王を自称するモンスターのことを、本物の魔王だと思い込んでいるから……」

「そのようだな」

 嫌そうな顔をしたまま、一応は納得の態度を示すヴィー。彼女にしてみれば、俺が『魔王』という言葉を連呼するだけで、不快に感じるのかもしれない。

「では……。その剣は、ウイデム山での戦いで手に入れたということか?」

「ああ、そうだ。もともと、山頂の中央に刺さっていたんだ。最初は三本あったけど、戦いの中で二本は失われて、この一本だけが残った」

「山頂の中央? つまり、あの『銀色の池』があった辺りか?」

「そう、ちょうど、その場所だ。あそこのボス・モンスターを倒すまで、あんなワープポイントなんて、なかったからなあ」

 説明しても差し支えないのは、この程度だろう。これ以上は聞かれても困るし、リッサが余計なことを付け加えようとしても困る。

 俺はマールの方に、目で合図した。意図が伝わるかどうか、少し不安だったが、ちゃんと彼女はわかってくれたようだ。

風魔剣ウインデモン・ソードの話は、もういいかしら? それなら、現在の問題に話を戻しましょう」

 マールが、うまく話題を変えてくれた。

「現在の問題……?」

 彼女の言葉の意味が、センには伝わらなかったようなので、俺が補足する。

「手に入れた『珊瑚の槍』のことだな。これ、誰の武器にする?」


 これを用いて槍半魚人ランス・サハギィが電撃を放っていたのだから、この『珊瑚の槍』は、俺たちが使っても、魔法なしで電撃を打ち出せる武器なのだろう。俺たちは、もっと高レベルなモンスターの武器だった炎魔剣フレイム・デモン・ソード風魔剣ウインデモン・ソードを扱えるのだから、この『珊瑚の槍』だって使えるはずだ。

 ならば。

 炎魔剣フレイム・デモン・ソード風魔剣ウインデモン・ソードと同様に、遠距離攻撃の出来ない冒険者に、その手段を与えてくれるアイテムということになるのだが……。

 そう考えて、俺がセンに視線を向けると、

「剣と同じで、俺は、槍も使えないぞ」

 センは、大きく首を横に振った。

 続いて、

「私もだ。使えないことはないが、先ほど述べたように、私にはラゴスバット・クローがあるからな」

 リッサも『珊瑚の槍』を拒絶した。

 炎魔剣フレイム・デモン・ソード風魔剣ウインデモン・ソードを貸そうか、という話をした時と、同じ態度だ。

「どうします? いっそのこと、魔力温存の意味で、私かラビエスさんが使いますか?」

 パラの提案は、なかなか面白い。

 前回と今回の戦闘では、俺もパラも、魔法の出し惜しみは一切していなかった。二人とも魔力温存なんて考えていなかったが、一日の戦闘回数次第では、夜まで魔力が保たない可能性もあり得る。

「そうだなあ……」

 色々と考えながら、俺が呟いた時。

「出来れば……。その槍は、私にもらえないか?」

 ヴィーが――冒険者ではなく宗教調査官である彼女が――、意外な言葉を口にするのだった。

   

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