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自分の部屋に戻った棗は母から受け取った猫の荷物を簡単に整頓し、それが終わると部屋を出て、妹の柚の部屋の前に移動した。柚と書かれたプレートの貼ってある(それ以外は棗の部屋のドアと全く同じ)ドアをノックする。すると、しばらくしてドアが開いて、そこから柚が顔を出した。柚は胸に、しっかりと灰色の猫を抱いていた。
棗は灰色の猫を柚から受け取ると、柚に「おやすみ」と言って優しい顔で微笑んだ。(そんな棗の珍しい温和な表情を見て、妹の柚ははっと驚いた顔をした。でも、それからにっこりとした笑顔になって)柚は「おやすみなさい」と棗に返事をした。それから柚は棗の腕の中にいる灰色の猫に視線を向けて、「おやすみなさい。猫ちゃん」と嬉しそうな声で言った。
棗は再び自分の部屋に戻ると、灰色の猫を床の上に放して自由にしてやり、それから軽く眠気を感じたので、明かりを消して、自分のベットの中に潜り込んだ。
棗は、疲れていたのか、すぐに眠りの中に落ちていった。
そのかすかな意識の残っている間に、一度だけ目を開いて部屋の床のところを見ると、そこには猫の青い瞳が二つ、暗闇の中でぼんやりと光を放っているのがわかった。
猫は、どうやら棗の顔をじっと見ているようだった。
その綺麗な青色の光を見ながら、棗は深い眠りについた。昨日のように、……猫を抱いて一緒に眠ったりはしなかった。
それから棗は夢を見た。
よく見る夢。
自分が、親から捨てられて、一人ぼっちになる夢だ。
棗はよく夢を見た。そして、その夢の内容を(本当は忘れたいのに、なぜかいつも)きちんと覚えていた。
でも、今日見た夢はいつもと違った。
夢の中で棗はいつものように一人ぼっちではなかった。
棗の夢の中にはみんながいた。
佐伯真。木下亜美。谷川さやか。……妹の柚。……そして、心配そうな顔をして、僕の顔をじっと見ている、母。棗のお母さんは、夢の中で優しい笑顔で笑っていた。
そして、笑っている母の腕の中には、あの生意気な顔をした、まだ名前のない、灰色の毛並みをした一匹の猫がいた。
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