86.登山日和

「エメラ、レベルどのくらいになったんだっけ?」


 ピリヤ山へ向かう道中、シュカがエメライトに話しかける。


「えっと、十八、かな」

「そうなんだ、私も十七だし、やっぱり二人で行動してると同じくらいになるのかな」


 ステータス画面を確認しながらエメライトが返す。


 この世界の仕組みは、シエラに言わせれば非常に《エレビオニア》的である。他人から不可視のステータス画面や、虚空に物を収納できるインベントリといった概念は《エレビオニア》に酷似していると言っていい。

 ただし、それはシエラから見たときの場合である。この世界の住人は、それらが存在することが当たり前なのだ。

 魔物と戦ったり技術を磨くことで自身の肉体能力や技能が向上し、その結果として彼女たちのレベルは上がっていく。《エレビオニア》のプレイヤーはあくまで数値としての経験値を貯めてレベルを上げ、その結果肉体の能力が向上していたが、考え方がまるきり逆なのである。

 世界がもともとそういうルールでできているのであれば、疑問を抱くものはいない。リンゴが地面に落ちるのと同レベルの法則なのだから。


 そういった理由で、この世界の人々――特に戦闘を生業とする冒険者たちは自身のレベルを戦闘や仕事の指標として重要視する。

 レベルは自身のステータス画面で確認できるほか、冒険者許可証にも特殊な常駐魔法で印字されており、仕事を受ける時の条件として設定されるのが一般的である。

 それ以外では他人のレベルや技能を確認することは不可能なため、個人情報として大事に取り扱う場合が多い。


「目標は……とりあえず三十、かな……」

「おお、エメラにしてははっきりと提示しましたな。いいじゃんいいじゃん、そのくらいあれば受けられる仕事もあんまり制限なくなるしね」

「……うん、目標はちゃんとあったほうがいいかな、って。イヴ様たちはどのくらいなのかなあ……」

「一流パーティともなると、噂話もいっぱい聞くけど結構まちまちなんだよね。国内では間違いなく最高峰だし、五十とか七十とか、九十いってるかもって話も聞くくらい」


 《白の太刀》や《黒鉄》の面々がどの程度のレベルなのか、有名人なのに反して巷には全く出回っていないのである。パーティとしての戦闘力はもとより、個々人の実力も人類で並ぶ者が少ないほどだというので、相当なものだろうという予測はできる。

 そもそも人間のレベルというのは、そう簡単に上がるものではない。

 個々人の才能、経験、鍛錬、その他もろもろの要素で長年をかけて少しずつ上昇していくものなのだ。

 冒険者の間で有名な、冒険者の教科書としてよく紹介される書物、《いざ征け、冒険者》ではこう述べられている。

『冒険者とは、十で駆け出し、二十で仕事になり、三十を目指し、四十を見ず引退するものである。才ある者だけが、その先を見ることができるであろう』

 この本の著者のバッタフ氏は齢五十、レベル三八で冒険者を引退したとある。つまり、三十までは努力でなんとかなる可能性はあるが、それ以上は才能の支配する部分が極めて大きい世界だということだ。

 今の時代はこのバッタフ氏の著書など先人の知恵も多くあるので道のりは多少楽にはなっていそうだが、実際にどこまで行けるのかは、行ってみないことにはわからないのであった。


「しっかし、このあたりは魔物が多いなあ。ずっと山まで森林続きらしいし、聞いてたよりもちょっと大変かもだね」

「……日没までには、帰りたいけど……」

「そだね。森林と夜闇と魔物の組み合わせは最悪だよ」


 話をしながらも、ピリヤ山麓の森林地帯に入ってからは結構な回数の戦闘をこなしていた。

 だいたいの魔物は動物が軽度の魔化を受けた程度の弱いもののため、エメライトの先制射撃で仕留められている。ただ、こう数が多いと面倒に感じるのも仕方のない話である。


「……インベントリの中も、結構魔物核が溜まってきた、から。収入としては悪くないと思うけど」

「ま、それもそっか。《アイシクル》ならいくら撃ってもエメラの魔力は大丈夫そうだし……。シエラさんには本当に感謝しなきゃね」


 そう言いつつシュカが思い浮かべるのは、自信に満ち溢れた少女のドヤ顔である。

 冒険者デビュー前に偶然出会った、不思議な少女。見た目からは想像もつかないが、鍛治と錬金術において誰も真似できないような技術を持っている人物である。

 もしかすると、寿命が長かったり見た目が変化しにくい亜人種の人なのかな、とも想像する。エリドソルは亜人種にも寛容な国だが、無用な軋轢を避けるために人種を明らかにしない者も多いらしい。


「本当にお世話になってばっかりだね。今度の衣装にしても、私のこれもすごくいいものだし、エメラのなんていくらするのか想像もつかないよ」

「そう、だね……。もっと立派になって、何か、お返しができるといいんだけど……」


 そう答えて、エメライトがふわりと広がる深緑色のスカートを小さくつまむ。

 無駄な装飾がなく森の中を行軍しても全く引っかからないうえに、しっかりとした素材のドレスは可憐に広がりつつも動きの邪魔になることはない。明らかに、シエラのこだわりが詰め込まれた完成度の高い衣装である。

 さらに、非常に高価だと思われる任意発動型の矢避けと魔法防御の加護の魔導具まで装備されているのだから、仮に買った時の値段などは怖くて聞けないというものである。

 かなり良い値段で売ってもらった魔法銃《白狐》も今では完全に手に馴染み、今ではもうこれ以外で戦うことを考えられないほどだ。


「そのあたりはまた、おいおいね。まだ私たちは新米なんだから、あんまり無茶をしても上手くいかないって。……おっと、だんだん斜面が増えてきたね。やっと入山、かな?」

「そう、みたい……。でも、遭遇予定地点までは、まだ……あと1時間くらいかな……」


 エメライトが取り出して確認しているのはこの付近の地図(といってもだいたいの地形と特徴を記した簡単なものだ)と、方位磁石。このあたりの基本的な道具については、この世界にもしっかりと存在している。


「じゃあ、今のうちにちょっと休憩しない? お腹すいちゃって」

「お昼には……まだだけど。間食用に、おにぎり作ってきたから。それでいいなら」

「やったー! エメラはほんと頼りになるわー」


 王都周辺のスポットの中ではかなり魔物の多いピリヤ山ではあるものの、二人の冒険は今のところ穏やかに進んでいたのだった。

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