84.試合

 金属と金属のぶつかりあう音が絶えず鳴り響く。

 音の主たちは立ち止まらず、場所を変えながら石畳の広場全体を戦場として動き回っていた。


「なかなか、やりますね……!」


 一人はリサエラ。試合用の刃引きした鋼鉄の片手剣を振るっている。


「運動パターンをアップデート。四肢の強度限界にはまだ余裕あり。新規連続動作を試行しマス」


 そしてもう一人はハツユキ。こちらも同じ片手剣を振るいつつ、自身の動作を検証している。


 場所はアルカンシェル前の大広場。庭園の中心に作られたこの広場は直径百メートルほどの円形になっており、戦闘にも十分に耐えうる空間となっている。

 二人はその空間を存分に活かして、所狭しと駆け回っていたのだった。


「なかなか張り切っとるのう。リサエラはやはり何を使っても一線級の動きだし、手加減されているとはいえそれに追いつくハツユキもなかなかじゃな」


 リサエラの武器攻撃職業は《グランドマスターメイド》。全武器種に適正を持つメイド系職業の、全サーバ内一人のみが習得している最上級職である。

 彼女はゲーム時代から、どんな武器でも少し試せばどう扱うのが最も適しているのかといった勘所かんどころが全てわかってしまうのだという。それはもはや、ゲーム的な職業の能力というより彼女個人の資質と言った方がいいだろう。


 そしてもう一方、自動人形ハツユキの職業は、今のところはわからないらしい。戦闘経験がないからというより、そもそもまだこの世に生まれてまもないというところが大きそうである。これから先、戦闘経験を積んでいけば、自身の方向性も見えてくるだろう。

 ただ、ハツユキはリサエラの知識を引き継いでいる部分も大きい。様々な武器を試しに握らせてみたところ、どれでもそこそこ扱えそうな様子であったので、おそらく《アームズアダプター》系統の職業に落ち着きそうな感じである。

 現在も、リサエラの知識をもとに剣を振るいつつ、動作を自分の身体に合うようにアップデートしているようだ。


 ハツユキが、剣だけでなく強靭な手足も武器として振るう。自動人形の身体は金属がベースのため殴打武器としても非常に有効である。リサエラはまともに全てに応戦することはせず、上手く回避しながら剣のみで対応している。

 この状況であれば、手数はハツユキが勝っているものの、押し引きや攻撃一つ一つの鋭さといった点ではリサエラに分があるように見える。

 時折、人間には不可能な不自然な体勢から死角めがけて攻撃を放ってくるハツユキに対して、勘と経験でそれらを回避するリサエラ。


「まだ、遅れを取るわけにはいきませんね……!」


 ハツユキが大振りで剣を放ってきた隙を見逃さず、リサエラはその腕を抱え込む。そのまま相手の力を利用して、自身もろとも後ろへ一回転。

 地面に叩きつけられたハツユキの首元に、ぴたりと剣を沿わせる。


「敗北を、確認」

「今回は私の勝ちです。またやりましょう」


 そう言って、リサエラはハツユキに手を差し出して起こす。


「おお、お疲れ、二人とも。リサエラは付き合ってもらって悪かったのう。こればっかりはわしではとても相手にならんのでな」

「いえ、このくらいであればいくらでも。城にはハツユキほど動ける人間はほとんどいませんので、いい運動になりました」

「確かに、ハツユキがここまで動けるとは予想外じゃった」

「調整いただいた筐体のおかげデス。各部関節ともに動作は高性能に仕上がっているかと思いマス」

「それはなによりじゃな。何か要望があれば言ってくれればよいが――、その前に身体の土埃を落とさねばな」


 ハツユキの身体は、先の模擬戦であちこちが汚れてしまっている。まだ服も着ておらず裸のままなので、風呂にでも入れたほうがよさそうだ。


「あー……風呂にはわしが連れて行くか。その後にでも服を選んでやらねばな」

「では……私はそろそろ夕食の準備をいたしますので、終わり次第食堂へお越しくださいませ」


 リサエラも、ひとまずシエラが害される可能性はなさそうだと判断してシエラに任せたのだった。

(実際のところはリサエラも様々な理由と欲望から風呂に同行したかったのだが、食事を遅らせるべきではないというメイドとしての判断の方が勝ったのであった)




 湯船に浸かるシエラ。隣にはハツユキが同じような姿勢で座っている。

 夕飯前の時間帯ではあるが、風呂というのはいつ入っても気持ちのいいものだ。

 実際、この城の大浴場にもたらされているお湯には、気分をリフレッシュさせるタイプの治癒魔法が織り込んであるので、効能としては向こうの世界の温泉よりも上かもしれない。


「どうじゃ、風呂は。いいものじゃろ」

「汚れの洗浄のほか、魔術回路にも熱が通って再起動していくのを感じマス。総じていえば、メンテナンスとしては有用かと」

「そういうものかのー……。まあ、人間が風呂で気分転換をするのもメンテナンスと言えなくもないか……?」


 シエラはといえば、少女の身体を持つハツユキが隣にいても特に緊張したり異性を意識したりということはないようだ。

 顔立ちは自身を参考にしたため親戚のような雰囲気だし、外装は肌の質感そのものだが局部は造形されていない、つるりとしたものである。

 そもそも見た目に関してはシエラが時間をかけて作り上げたものだ。彼女に向ける感情は異性に対するそれというよりは、大切に焼き上げた陶器に対する愛情に近いように思えたのだった。


 などと考えながらハツユキのほうをぼんやりと見ていると、ハツユキはといえば自身の胸を触って何やら頷いている。


「なるほど……お母様マスターはこのあたりが好みということデスか?」

「な……いや、そういうわけでもないが、女性らしさを主張しつつも動作の邪魔にならない、最も美しいシルエットであってじゃな。……というか、なぜおぬしのソレがわしの好みだと?」

「……言語化が難しい複雑な計算の結果、デス。――強いて言えば、私は全ての点においてお母様マスターの好みを満たす状態でありたい、と感じていマス」


 ハツユキの言葉はある意味人工生物らしい回りくどい表現ではあるが、要するにシエラに好かれていたい、ということだろうか。


「そういうもの、かの。まあ、わしはおぬしを理想のハードとソフトに仕上げたつもりだし、今日の成果は期待を大きく上回っておる。わしはもう十分におぬしが愛おしいぞ」


 親のような、姉(兄?)のような誇らしい気持ちで腕を組んで頷くシエラ。まさか、自身の創作物とこのような会話ができるとは夢にも思っていなかったので、気分が乗ってしまいこの後もつい長風呂を楽しんだのであった。

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