25.げんじつ
「いや、食べた食べた。今日はもう風呂に入って寝たい気分じゃ」
「ご一緒します、シエラ様」
背を伸ばしたシエラの発言に、リサエラが自然に同意するものだから面食らってしまった。
「いや、それはまずいじゃろ」
「……何か問題でも?」
「……知っとるじゃろ、わしが男なの……」
リサエラのプレイヤーにはあったことはないが、シエラのキャラクターメイクはよく男性陣のネタにされていたのだからリサエラはシエラのことを知っているはずだ。
「はい、『元』男性なのは存じております。ですがもうそれは過去の話……違いますか?」
「いや……違うじゃろ……な……?」
真顔で言うリサエラに、冷や汗を感じるシエラ。
もはやどちらも論理的思考ができているとは思えないやりとりである。
「私とは……イヤですか……?」
「な――」
元々クールな印象の美人なリサエラが突然見せる上目遣いは、あまりにもあざとかったがそれゆえにシエラを絶句させるほどの力があった。
そのまま、明確な否定もできないまま、シエラは大浴場に連行されたのであった。
「シエラ様、本当にお肌が綺麗ですね」
「……まあ、そりゃあ生身というわけでもないしな」
リサエラに背中を流されるというトラブル(?)もありつつ、二人はくっついて広い湯船に浸かっていた。
前述の通り、天空城の浴場は広いという言葉では表しきれないほどの広さなのだが、シエラが少し距離を取ろうと動くと、隣り合ったリサエラが完全に追従してぴったりと隣をキープしてくるので、もはや諦めた形だ。
シエラはあまりに落ち着かない。
「シエラ様にとっては、今となってはもうそれが生身ということでしょう?」
「そう言われると、まあそう言うこともできるか……唐突で、まだ困惑しておるよ。一週間も経ってないしな。リサエラのほうはどうじゃ?」
シエラが尋ねると、リサエラは複雑な顔をした。(シエラは彼女のほうを向けないので表情は見えないのだが)
「私は……そうですね、夢みたいです」
「夢?」
「はい。私は……
リサエラの声音には、言ってもいいものか逡巡して、ぽつりと漏らしてしまったような雰囲気があった。
シエラは、どこまで聞いていいものか、迷う。
「あー……まあ、《エレビオニア》などにどっぷりハマってしまうような人間は、誰でも大なり小なりそういう面はあったじゃろうな……」
「そう……ですね。…………、私の
「……ああ。わしでよければな」
シエラがそう答えると、リサエラは少しずつ話しだした。
「十年前、つまり《エレビオニア・オンライン》のサービス開始頃になりますが……私はそれよりも前から、とても病弱な女の子でした。頻繁に熱を出し、学校を休んだり……」
シエラは、初めて聞く話に驚いていた。
ギルドシェルのメンバーのことは個人ごとに程度の差はあれ多少は知っているつもりだった。
しかしたしかにリサエラについて思い返しても、完璧なメイドロールプレイに気を取られて、内面やリアルまで想像が及んでいなかった部分が多かったのだ。
「そのため、両親は身体の弱い私に少しでも娯楽を与えようと、感覚没入型のゲーム機器を買ってくれました。いろいろなゲームをプレイしてみましたが、雰囲気が一番合ったのが――」
「《エレビオニア》だった、と……。リサエラと会ったのは確か、八年前……《アルカンシェル》結成以前じゃったな」
「はい。あの頃はまだ長時間ログインしていたわけでもなかったのですが……《アルカンシェル》の皆さんに、そしてシエラ様に会えてよかったです、本当に」
《アルカンシェル》の結成時メンバーが最初に集まったのはたしか、当時の国境線を決める大規模な戦争の時だったはずだ。
シエラはその頃から既に生産職特化構成だったので、彼女の元に集まったリサエラを含む十数名をバックアップして、最終的には国境線の一部を大きく押し返すことに成功した。
その時のノリとテンションで結成されたのが《アルカンシェル》だったのである。
「あの頃は本当に勢いがあったなあ。ユーザー数はまだ最盛期でもなかったが、かなり増え続けておったし」
「はい、本当に楽しかったです。……ですが、その頃から私の病気――いえ、体質は急速に悪化していきました」
リサエラが目を伏せる。
「高校に進学できなかった私は、ほどなくして大病院の一室に隔離されました。その頃はまだかろうじて自分で歩けていたのですが……状態は、自分が思っている以上に深刻でした。原因も治療法もわからず、体調を崩す頻度は増え、少しの病原菌にも勝てず――」
「リサエラ――」
あまりにつらそうな様子のリサエラに、もういいと声をかけようとして、シエラは思いとどまった。今更止めたところで、彼女の背負うものが軽くなるとは到底思えなかった。
「それから八年間、ずっと……私はあの部屋から出たことはありません。白く静謐で、無駄なもののない無菌室は……きっと棺桶なんだろう、と思いました。現実の身体は痛み続け、身体の感覚を遮断するVRゲームをプレイしている時間は伸び、ここ三年ほどはもうほとんど二十四時間、《エレビオニア》の中でした」
「おぬしは……長くなかった、のか?」
「…………はい。今年のはじめに、先生から『長くてもあと三年』と言われていました」
「そう、か……。最後の日におぬしは言っていたな。自分は《エレビオニア》しかやりこんでいないから、寂しくなる、と……。わしらは携帯端末ゲームやらARゲームやらと移住先を話していたが……おぬしには本当に辛かったろうな。……すまない」
そんな酷な話があるだろうか。シエラはそう思い謝ったが、リサエラは首を横に振った。
「いいえ、私も結局、最後まで何も話さずに見送ろう、お別れしよう、と、かんが、えて……っ……」
言い切れず涙を流すリサエラに、シエラは彼女の背後にまわり、膝立ちの姿勢で彼女を抱いた。
「大丈夫。大丈夫だ。わしは今ここにいるし、リサエラも今ここにいる。これが現実だ。夢などでは決してない……!」
強く、断言する。
「シエラ、さまぁ……」
そうして抱きついてきたリサエラのするに任せて、シエラは彼女の頭を撫で続けていたのであった。
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