22.地下迷宮


「……はい? 歓迎?」


 シエラはどう反応したものかわからず、ただぽかんとしてしまった。見れば、リサエラも頭に疑問符が浮かんでいるような表情だ。

 

「……調査部隊は地下迷宮入り口付近の悪魔型魔物に案内され、最奥部まで到達。最奥部で待っていた上級吸血鬼型魔物は跪き、書状をシエラ様へ託されたようです。その書状もこちらに」


 エルマが取り出したのは、謎の黒い革のような素材でできた封筒。

 それを受け取って、ひとまず鍛冶スキルで構造解析を試みる。

 

「……この革のようなもの自体が魔物系素材か。トラップの気配もなし、マジで普通に手紙なのかや……」


 封を開け、中身を取り出す。

 中身は先ほどと似た素材の白い革に、赤黒い文字で――意外に達筆だ――文章が記されていた。

 

「えーとなに……『《世界の心臓》の主たる吸血鬼の真祖シエラ・ナハト・ツェーラ様。一度ご挨拶する機会を頂きたく思います。もし機会を頂けるのであれば、いつでも問題ございません、地下迷宮までお越しいただければ幸いです』とな。なんじゃ……魔物のくせに随分と腰の低い……」

「書かれている通り、シエラ様が真祖系吸血鬼種族《オリジン・オブ・デイライトウォーカー》なのも関係しているのでしょうか。あそこのボスも上級吸血鬼型の魔物ですし」


 リサエラの話に、ふむと首をかしげる。

 基本的に、地下迷宮に湧く魔物はランダムだ。一定の高レベル帯に属するかなりの種類の魔物の中から、ランダムにポップする。

 ただ、確かにボスだけは同じ魔物で、以前よりずっと吸血鬼型魔物であった。

 仲間についていってかなりの頻度でボコしていた記憶はあるが、友好的態度を示されるようなことをした記憶はない。

 

「……まあわしをおびき出す罠だと考えるほうが自然じゃよなー。あいついいランクの核と角を落とすから重宝してたし、四桁くらいは倒したじゃろし……」

「では、私がついていきますよ、シエラ様。まともに戦っても勝てますし、そもそも彼らとは相性がいいですから」

「うむ、ではリサエラを連れて行くとするか。念の為、地下迷宮調査部隊も後ろにつけてもらえるかの」

「かしこまりました」


 リサエラとエルマが声を揃える。

 ……本当にリサエラが(元)プレイヤーなのか疑わしくなってくるほどの眷属とのシンクロ具合である。

 

 

 地下迷宮の入り口は天空城地表部の離れにある。城からしばらく歩いて、シエラたちは大仰な門の前にたどり着いた。

 

「それでは、先頭は私めが」


 かなり大振りな蒼黒色の金属製の手甲をはめたリサエラが笑顔で手を合わせる。

 ……これは、リサエラの現状最強装備、遺産級神格装備《ガントレット・オブ・ハーデス》だ。

 防具としての効果も持つが、その本質は殴ったもの全てを焼き尽くし、砕く冥界の王の篭手。

 超大型ダンジョン《大冥界の邪神》の最奥でダンジョンボス・ハーデスから超低確率でドロップするものだ。

 ギルドシェル《アルカンシェル》でも何度も挑戦したのだが、あまりの高難易度と必要なリソースの多さに、ボス装備を持ち帰れたのはリサエラの篭手ともう一人のシェルメンバーの剣のみであった。

 というわけで、この篭手はそういった由来の装備なのだが――

 

「……それは過剰ではないかや」

「いえ、私にはシエラ様をお守りする使命がございますゆえ。全ての障害を打ち砕いで見せましょう」


 気合の入った様子のリサエラを、大人げないという顔で見るシエラ。

 ボス格はともかく、この地下迷宮の魔物程度であれば、文字通り一撃で粉砕できてしまうのではないだろうか。

 まあ既にこの世界はゲームではないのだから、用心してしすぎるということもないのかもしれないので、シエラはそれ以上何も言わないことにした。

 

 リサエラが門の栓を抜き、重厚な扉を開く。

 聞き慣れた重々しい音とともに、扉が開いていく。

 

「さあ鬼が出るか蛇が出るか……と」


 階段を降りてしばらくすると、長い廊下に出る。

 迷宮内の雰囲気は、ゲーム時代と比べると心なしか明るく照らされているような感じがある。

 その通路内には、吸血鬼型の、比較的人間種に近い形状の魔物が二人跪いていた。

 

「お待ちしておりました、シエラ様、リサエラ様、及び眷属の皆様」

「主人が待っておりますので、我々がご案内いたします」


 シエラはゲーム時代にボス格の魔物以外が喋ったところなど見たことがなかった。

 まさかこんなに流暢にしゃべるとは、と少し驚いてしまった。

 

「うむ、頼む」


 ひとまず安全は保たれているので、鷹揚に頷いてみせる。

 偉そうにするのはシエラは正直なところ得意ではないのだが、こうしたほうが眷属たちの反応が良いので慣れてしまっていた。

 

 

 真面目な顔で頷いた吸血鬼型魔物二人に先導されて、すんなりと最奥部に到着する。

 途中、竪穴に備え付けられた螺旋階段を使ったのだが、そんなルートはシエラたちの記憶にはなかった。

 先導役に話を聞くと、元々存在したものの、シエラたちが見つけられなかったショートカットだということらしい。

 

「お待ちしておりました、シエラ・ナハト・ツェーラ様、リサエラ様」


 奥の玉座に座っていたのはシエラたちの記憶にある通り、ボス格の上級の吸血鬼型魔物、ヴァンパイア・ブラッドロードである。

 ただ、シエラたちが近付くと自分から立ち上がり膝をついて歓迎してくるあたり、ゲーム時代の風格を多少薄れさせる印象ではあるのだが。

 

「私は、この迷宮を《世界の心臓》より預かりし主、ヴァンパイア・ブラッドロードのブラドミーアと申します」

「なるほどそうか、個体名があったのじゃな、おぬし……。わしはシエラじゃ。シエラでよいぞ」

「ありがとうございます、シエラ様。――まずは、私から先代以前の行いを謝罪したく思います」

「……先代?」


 シエラは首を傾げてしまった。

 たかだかダンジョンに繰り返し生成されるボスモンスターにそんなに凝った設定があるとは思えないのだが……。

 

「はい。私の先代およびその配下の地下迷宮の魔族は長年、シエラ様や《アルカンシェル》の皆様に攻撃を仕掛け、無礼に接しておりました。世界の理とはいえ、許されざるべき行いでございます。世界の理から開放された私が最初にすべきことはこれまでの謝罪でございます」


 その言葉に、シエラはいろいろと納得や疑問が湧いてきて混乱した。

 

「……なるほど、つまりわしらがこれまで倒してきた千を超すヴァンパイア・ブラッドロードたちは、おぬしの先代という系譜に当たるわけか」

「その通りです」

「……そして、彼らは世界の理とやらに縛られて、戦わざるを得ない状況であったと……その世界の理とは?」

「我々魔族の魂を縛る、世界のあり方を定義する絶対の法にございます」

「これはつまり……ゲームであった頃の法則の話なのでは……?」


 考えるシエラに、リサエラがささやく。

 なるほど、ゲーム時代は魔物がプレイヤーを攻撃するのはごく当然の話だ。そうでなければロールプレイングゲームという仕組み自体が成り立たない。

 しかしそれが、魔物それぞれの意思ではなく、世界に定義付けされた法則だったならば。

 ゲームではなくなった今、彼らのように自ら思考し、プレイヤーに危害を加えないと判断する者たちがいてもおかしくはない。

 ……その意思が本物かどうかはまだわからないのだが。

 

「……なるほどな。それで、今回は何を目的にわしに挨拶をしようと?」


 その言葉に、ブラドミーアはさらに深く身体を折った。


「はっ。この度は、我々の忠誠をシエラ様に示したく思い、招待させていただきました。……何卒、栄光なる《アルカンシェル》の発展のため、我々の力を使っていただきたく」

「……ふむ……。最初に言っておくが、すまぬがわしはおぬしの話を信用したわけではない。わしの認識としては魔物は戦い、倒すものだ」

「はっ、心得ております」

「その上で聞くが、おぬしらの力とやらを、どういった形で提供しようと?」

「はい。まずは、この地下迷宮で産出する鉱物資源を我々が採掘し、提供いたします。ご存知かとは思いますが、この地下迷宮は天空城の地下であっても、地続きの空間ではありません。異界化されたこの空間はどれだけ掘ろうと一定期間ごとに《世界の心臓》が修復いたします」

「ほー、なるほど。悪くない話じゃな」


 ダンジョンという空間は基本的にこの世とは別の法則が働く世界だ。

 倒した敵はまたスポーンし、壊した壁はいつの間にか元に戻る。

 それはゲーム的な都合でしかなかったはずだが、まさかこの世界でもその法則が生きていたとは。

 この地下迷宮ではかなり様々な種類の魔化された金属が産出するはずなので、勝手に掘ってくれるというのであればそれなりに魅力的な話である。

 

「また、信頼を頂けた暁には、地上にて防衛戦力として働かせていただければと。――我々は自動的に湧き出す存在でありますので、眷属の皆様の損害を肩代わりできるかと思います」

「……なるほどな……知性ある存在とわかってしまった以上、使い捨てるような真似はわしの好むところではないが……」

「ああ、慈悲深き王よ、我々にも情けをかけていただけるとは……」


 本気で感動しているらしいブラドミーアを半目で見るシエラ。

 まともな人間であれば、話の通じる者を平然と捨て駒に使ったりはできないと思うのだが……。やはり魔物と人間とでは価値観が違うのだろうか。

 

「また、我々であれば、眷属の皆様の戦闘練習相手も務められるかと思います。魔族を相手に訓練をすれば、様々な種類の外敵に即応できるようになるかと」

「ふむ……それも道理か……。実際に知っておるのとおらぬのでは大違いよな。――よし、わかった。お主らの力、借りてみるとするか」

「ありがとうございます、シエラ様。必ずお役に立って見せます」


 ブラドミーアは今にも土下座をしそうな勢いだ。

 本気にしろ演技にしろそんなに平服しなくても……とシエラは思うのだが、眷属たちと同様、言っても仕方がなさそうだ。

 

「では、細かい条件や約定はまた使いのものを送るとするのでな、とりあえずわしらは失礼するぞ」

「はっ、お待ちしております」


 頭を下げ続けるブラドミーアからそそくさと逃げるように、シエラたちは退散したのであった。

 

 

「……彼の話、信じてしまってもいいものでしょうか?」


 城に帰ってから、リサエラがつぶやく。

 ただその雰囲気は別に深刻に考えているふうではなく、「まあ何か起こっても自分がいれば鎮圧できるしいいか」とでも言いたげだ。……シエラに読心術はできないが、九割がたそう考えているのがわかる。

 

「ま、まあなんにせよわしらにデメリットのある話でもなかろう。『世界の理から開放された』という話も気になるしな。本当であれば面白そうな話ではないか」


 そしてシエラもまた、特に深刻には悩んでいないうちの一人であった。

 役に立つなら友好的に接してよし、そうでないならまた対処すればよしという程度である。

 

「そう、《エレビオニア》の法から開放された――ん?」


 その言葉を反芻していたシエラが、ふと閃く。

 

「なるほど。……少し試してみるか」


 シエラはそう言ってにやりと笑うと、(自動的についてくる)リサエラを伴って、地下工房へ向かったのであった。

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